第107黒 因縁の再会――偽りの救済者ビション=ヴァルテス
――聖灰教団最深部。
巨大な礼拝堂にも似た空間、だがそこに神聖さはない。
白い柱に無数の魔導回路、天井を覆う巨大術式。
都市全体へ張り巡らされた結界の中心であり
その姿はまるで、“光そのものを管理するための神殿”のようだ。
その中央で、純白な豪華な法衣に身を包んだ――聖灰教団大司祭”ビション=ヴァルテス”。
がゆっくりと振り返る。
「……来ましたか、リィナ」
落ち着いた静かな声が響く。
まるで、最初から分かっていたように。
リィナが立ち止まり、二人の間に沈黙が流れる。
「……久しぶりね」
感情を押し殺した声でリィナが口を開く。
「フフッ…随分と遠回りをしたようですね。」
ビションは微笑む。
「ええ、あなたのおかげでね。でも…ようやくここまで来れたわ。」
リィナの目が細まる。
「私を殺す為ですか…?勇者だったあなたが、随分と変わりましたね。」
「変わったのは…あなたの方でしょ?」
「そうでしょうか?…私は昔から光を信じているだけですよ」
ビションは穏やかに答える。
その言葉にリィナの脳裏に過去が過る。
かつて、白百合の勇者と呼ばれていた頃――
共に戦った仲間達に焚火を囲み、未来を語っていた夜。
『また徹夜?』
『余計なお世話よ、勇者様。天才は忙しいの。
それにあなただって起きているじゃない!』
ウィザーが魔導書を抱えて強気に笑う。
その隣で、ビションは静かに紅茶を飲んでいた。
『フフッ…頑張るのは結構ですが、お二人とも無理はなさらぬよう。』
穏やかな笑みを浮かべる。
誰よりも優しく、命を大切にする男だった。
そんな男がどうして……
リィナの瞳に、静かな怒りが宿る。
「信じてた。……あんたが私を裏切り、帝国に寝返るまではね…」
「正義に犠牲は必要ですよ。」
「正義?その結果が、この地獄?」
リィナの脳裏にこれまで観た惨状が浮かぶ。
命を命と思わない醜悪な施設や実験、人の尊厳さえも踏みにじるような非道な数々を。
「ええ。すべては秩序のため、正義のためです」
ビションは頷く。
「……狂ってる」
「そうでしょうか?」
静かな目。
「感情だけでは世界は救えませんよ、リィナ」
その瞬間、リィナの魔力が爆発する。
黒い魔力が覆い、闇が奔る。
「《多重展開》――」
空間に、無数の魔法陣が浮かぶ。
複数の属性同時詠唱――本来なら不可能な、超高位並列魔法。
天才魔導士ウィザーだけが使えた技だ。
ビションの目が、僅かに細まる。
「これはまた……懐かしいですね」
次の瞬間、轟音と共に魔法が一斉に放たれる。
だが、
「《聖光防壁》」
純白の光が広がり、全ての魔法を受け止める。
ドォォォォン!!衝撃で空間が軋む。
だが、ビションは動かず、涼しい顔で魔法を防ぐ。
「ウィザーの術式……彼女は本当に優秀でした。」
光の壁越しに、ビションが呟く。
「その名前を口にするな!!」
リィナの殺気が増す。
「何故です?」
ビションは静かに笑う。
「貴方が殺したのでしょう?」
一瞬、空気が凍る。
「……黙れ」
「仲間だった者を討つ、それが勇者の行いですかね?」
ビションが静かにだが、淡々と傷を抉る。
リィナの瞳が揺れ脳裏に蘇る。
魔法協会での最後の戦い、ウィザーの寂しそうな横顔。
『ねぇ……もし、違う選択をしてたら…』
あの瞬間――確かに自分の手で仲間を殺した。
「ッ……黙れ!!!!!!」
黒い魔力が荒れ、床が砕ける。
リィナが剣を抜き、ビションの光壁を叩き斬る。
ギィィィン!!
火花と魔力、二人の殺意が真正面からぶつかる。
《黒百合斬!!》
闇の花弁を伴う高速斬撃が奔る。
「《聖光多重結界展開》」
だが、ビションの周囲へ、幾重もの光陣が展開され、
斬撃が相殺される。
「……何故」
リィナが低く呟く。
「何故、あんたは裏切った?」
ほんの僅かに、ビションの動きが止まる。
「……今さら、それを聞きますか?」
「答えなさい!」
剣を光壁を押し込む。
「仲間だったでしょうが……!」
その言葉にビションの瞳が、僅かに揺れたように見えた。
「……仲間だったからですよ」
リィナの目が細まる。
「……何?」
「私はあなたとの旅の中で、理解してしまったのです」
ビションが静かに後退しながら、光陣を展開する。
「人は、あまりにも簡単に死ぬ…昨日まで笑っていた者が、今日には骸になる。
救えなかった命が、あまりにも多すぎた…」
ビジョンの脳裏に過るのは間に合わなかった命、失った仲間達。
「私は怖かった。どれだけ戦っても、どれだけ救っても…人は死ぬ。
だから私は、死そのものを否定しようと思った」
リィナが睨む。
「……死者蘇生」
「ええ。帝国にはその技術があった。」
ビションは頷く。
「その為に、人を踏みにじったの!?」
リィナの怒声。
「ええ…。大いなる救済の前には多少の犠牲はやむを得ない…
例えそれが、神への冒涜であろうとも、……救える命があるなら私はそれを選ぶ」
「……ッ!!」
リィナの魔力が荒れ黒い魔力が礼拝堂を揺らす。
「堕ちたわね……」
「それは、貴方もでしょう?リィナ」
ビションは静かに笑う。
「復讐を抱え、闇を纏う…その姿は最早、勇者ではありません。」
「それでも、私はあんたみたいに人を道具にはしない!!」
リィナが睨み返す。
ビションが小さく目を伏せる。
「……そうですか。ならば…」
静かに右手を掲げ、空間に巨大術式が浮かぶ。
白と黒、光と闇が混ざり合う異質な魔法陣。
「それは……」
リィナの顔色が変わる。
「貴方に見せて差し上げましょう。私が辿り着いた、“救済”を」
魔法陣が怪しく輝き、空間が軋み辺りからは死臭と冷気が漂う。
その魔法陣の中から、ゆっくりと一つの人影が現れる。




