第104黒 最後の授業
――だが今、リュシアンの目の前に映る光景がそれは間違いだったというように告げる。
「……そうか。俺は選択を間違っていたようだな。」
リュシアンの大盾が砕け散る。
ドォォォンッ!!
それと同時に展開していた結界の破片が、雨のように回廊へ降り注いだ。
リュシアンが膝をつく。
鎧は割れ、血が床へ流れる。
だが、その目だけはまだ死んでいなかった。
「……教官」
リディアが息を呑む。
「……強くなったな」
リュシアンは静かに息を吐く。
昔と変わらない、訓練場で何度も聞いた声で――
「私は、貴方を……」
リディアの瞳が揺れ言葉が詰まる。
恩師であり尊敬していたリュシアンを敵として斬った。
その迷いを見抜いたように、リュシアンは小さく鼻を鳴らす。
「気にするな」
「……!」
「騎士ならば、時に相手を斬ることは必要なことだ。
それがお前の信じた正義ならば、迷う必要はない」
その瞬間、礼拝堂の奥から警報音が鳴り響く。
ギィィィィンッ!!
重い駆動音と無数の足音。
リディアが振り向くと通路の先から、
大量の教団兵と魔導機械兵が迫る。
『侵入者を確認!』
『殲滅行動ヲ開始』
リディアが剣を構える。
「っ……!」
だが体力も減り、相手は多勢に無勢――
このままでは敗北は必至だ。
(…この数では…くっ…万事休すか…)
リディアの額から汗が流れる。
そんな時、リュシアンが静かに立ち上がった。
血を流し砕けた盾を支えながら――
「……教官、その傷では無理です!」
「黙れ」
リディアが目を見開く。
リュシアンは、ゆっくりとリディアの前へ出る。
その姿に教団兵達がざわつく。
「リュシアン様……!?」
「な、何を……」
リュシアンは答えず、ただかつての弟子へ背を向けたまま口を開く。
「行け」
「……!」
「ビションは奥だ」
「ですが!!」
リディアが叫ぶ。
「行けと言っている!!」
轟く怒声に回廊が震える。
昔と同じ、訓練場で響いていた教官の声だ。
リュシアンは静かに続ける。
「お前には、まだ守るべきものがあるのだろう?」
「賊の味方をなさるおつもりですか?ならばあなたも共に粛清するのみだ!!」
教団兵達はリュシアンを敵と定め、武器を構える。
それでも、リュシアンは退かない。
「ならば進め…」
するとリュシアンは砕れかけた柱へと近づく。
この柱は回廊を支える基盤の一つだ。
「まさか……!」
リディアの目が見開かれる。
「フッ…」
リュシアンが小さく微笑む。
「最後くらい、教官らしい事をしてやる」
「ま…まさか!!…まずい止めろォォ!!」
教団兵が叫び、魔導機械兵の砲撃が放たれる。
ドゴォンッ!!
だがリュシアンは砲撃を真正面から受けながらも、柱へ拳を叩き込む。
「ぐっ…うぉおおおおお!!!」
《聖盾崩撃!!》
バギィィィィンッ!!!!
柱が砕け天井に亀裂が走り、教団全体が揺れる。
「教官ッ!!」
リディアが叫ぶ。
リュシアンが振り返り、まっすぐに弟子を見る。
「お前は守れ。それでこそ――騎士だ」
次の瞬間、天井が崩壊した。
ドォォォォォォンッ!!!!
瓦礫が降り注ぎ、魔導機械兵が押し潰される。
辺りには教団兵達の悲痛な叫びが響き、
その中心に立つリュシアンの姿が、崩落の中へ消えていく
「教官ッッ!!」
伸ばした手は届くことはなく、瓦礫が後ろを阻む。
リディアは唇を噛み締め、溢れそうになる涙を必死に抑える。
だが、止まらない。いや――止まれない。
教官が命を懸けて、切り開いてくれた道を無かったことには出来ないから――
リディアは剣を握り、崩れゆく回廊へ深く頭を下げた。
「……ありがとうございます……教官」
小さく震える声で。
彼女はもう振り返らず、奥へ向かって駆け出す。
”守るべきもの”のために、それが教官の最後の教えでもあるのだから――




