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花神と守り人  作者: 神山雪
背徳の聖女の遺産
13/14

3.彼と彼女と彼らの事情 04


『 聖樹信仰概論


 1)第一大陸の原始から始まった思想の一つ。二千年の歴史を誇るアレイス教よりも古いとされている。

2)世界は樹であり、それ自体が神であると崇める思想を指す。その世界であ樹を“聖樹”とあらわす。

3)もしくは、人間にとっての桃源郷に永遠に存在するとされている一本の樹。


 世界に人間が、衣食住による人間らしい生活を営むようになったのは、恐らく一万年以上前である。生で肉を食らい、草と動物の皮の服を身に着け、洞穴で生活をしていたが、ある一定の時期から、火を使うことを覚え、布を織ることを覚え、定住するための家を建てることを覚えた。

 人間にとって、恐るべき事象は自然だった。災害や天候によって人間は、生活だけでなく、生死さえも左右されていたからである。何時死ぬか、何時すべてを失うか分からない中で、人は何かに向かって祈ることを覚えた。鼓動が消えた亡骸を、埋めることを覚えた。

 祈りの対象は当初は自然だった。これ以上雨が降らないように。これ以上、強い風が吹かないように。身の回りの誰かが失われないように。

 しかし人間は、だんだんと自然そのものではなく、自然や天候、人の命すらも操れるもの――その自然を超えた、目に見えないものに対して祈るようになった。それがすなわち、人間にとっての神であった。

 神を崇めるために、人が行ったのは壁画に画を描き、祈りの言葉をみずからの湧き出た信仰でもって書くことだった。こうしてカミの象徴が多々描かれた。

 その中でも最も多かったのは神としての樹であった。樹は、人間よりも長い年月を生き、自然と共に在るものであった。こうして、生命そのものをあらわす象徴として描かれるようになった。

 樹は生命である。樹は自然と共に在り、全ての生物の営みに関わる。埋葬された死した人は、土の中に埋められ、新たないのちとして誕生する。このようにして生命は、一つの世界を形成する。――その生命の循環が世界であり、その循環をつかさどるものが、世界そのものである樹木である。すなわち、世界とは一本の樹である。

 そうして、樹が一つの宇宙を現し、世界そのものであるという信仰が、人間の中で生まれた。これが、今から8000年前だと推測されている。それは時間が経ち、アレイス教が成立するより以前に聖樹信仰として知れ渡るようになった。

 このようにして最古から存在していた思想だが、現代の第一大陸では廃教となってしまっている。それは大陸暦1200年から行われた排斥運動がきっかけと言われている。当時の第一大陸は、アレイス教の宣教運動が盛んに行われ、同時に他宗教者にとっては「(アレイス教に)改宗するか否か」を迫られた時代でもあった。1200年代の100年間で、アレイス教は第一大陸全土に広がった。

 同時に、聖樹信仰をはじめとする多思想の多くは排斥されてしまった。』



 ――ヴァシリーから借りた資料にはいろいろ長ったらしく書いてあったが、つまり聖樹信仰というものは、樹が神だ、世界そのものが樹であると主張する思想である。

「あんまりぴんとこないよね」

 これはさきほどまで共に資料を眺めていたアザエルの言だ。そして、同じような感想をクラウも抱いた。

「一本の樹ねえ……」

 世界の共通認識としては、この世界は球体であり、その球体に降り立った二足歩行の生命体が人間の祖先である。その先入観は、少なからずクラウの中にも存在していた。樹が神であると言われても、確かにぴんとこない。

 人間が神という目に見えないものを想像した上で描くならば、限りなく人間に近い似姿になるのではないだろうか。知っている神話の類を思い出しても、それ以外の姿は考えられない、とでも言いたいように、大体の信仰では人間に似た姿になっている。

 その常識から逸脱した、世界、または神のすがたを説いた思想。

 三日間、アザエルと共に資料を睨んでいた。付け焼刃の知識で、ないよりまし程度のものだ。ヴァシリーに言わせれば、聖樹信仰に関する一般知識は簡素な概要のみが記されるにとどまっているようだ。……それについて何故、ヴァシリーやミルカが知っているかが甚だ疑問であるが。概論には『壁画にカミの象徴のとして描かれ』とのくだりがあるが、肝心の壁画は一枚も載っていなかった。画の有無は重要なもので、文面だけだとイメージが掴みづらい。一番説得力のある資料がないのは痛かった。

 世の中には色んな思想があるものだ、と思いつつ肩と首をゆっくりと回す。座学は嫌いではないが、じっと座っているのに我慢の限界を覚える。

 窓の外から見える空は、茜色。道理で腹が減るはずだ。アザエルは数時間前、ちょっと用があるからと言って外に出ていった。

行きつけの弁当屋で二人分の飯を購入する。麦と米が混ざった鳥弁と海苔弁。鳥弁のほうが少しいいお値段だ。勿論、アザエルの分が海苔弁だ。

「――ん?」

 弁当屋の帰り、ここ数日でなじみになった少女を見つけた。

「ミルカ?」

 この数日間、ミルカはアパートとヴァシリーの仕事部屋を行き来していた。何故かアパートの一室を使っていて、飯時になると何故かクラウの部屋に現れる。どうせ使っている部屋がないのだからこのアパートにいればいい、と提案したのはヴァシリーだ。管理人にも話を通したらしく、然るべき料金を払ってくれればいいと言っていたそうだ。

 ミルカは、弁当屋の先にある花屋から出てきたところだった。さまざまな種類の花を両腕に抱えている。どこか寄る所があるらしく、アパートとは真反対の道を歩き出した。

 少女が両腕に抱えた花束は、春らしい、淡い色彩で統一されていた。無秩序といえる種類の多さだが、うまくまとまっている。白のカスミソウ。鈴蘭水仙。クラウにわかるのは、それだけだ。他は、見覚えがあっても名前が出てこない。山暮らしをしていても花の名前には疎いものだ。

 ただ、淡い色彩は確かにまとまりがあって綺麗なのだが、今一つ印象に残らない。綺麗と言えば綺麗なのだが、もう少しインパクトのある色があってもいいと思う。例えば、この間起きたときに目に映った赤い花のような。それだけでしまりが出てくる。

 そういえば、あの少女について知っていることは実は結構少ないということに今更気が付いた。聖樹信仰というものの知識を持つ、フライパンを持ち歩く少女。それだけで、何故旅をしているのか、何をして生計を立てているのか。――その、人があまり知らないであろう聖樹信仰という知識を何故持っているのか。そういったことは全く知らない。知ったところで、自分に関係があるかと問われればそうでもないと思うのだが……。

 未知の知識。未知の思想。それを知っている少女に、興味が沸かない筈がない。弁当を片手に、そのまま少女の歩く先をたどってみた。

 後ろのクラウに気付く様子がない。これじゃまるっきりストーカーだ。

 聖アントニオ教会を中心にして、放射線状に道が広がっている。教会よりも高い建物を作ってはいけない決まりがあるので、全体的に建物の高さは統一されている。見上げて視界に入るのは、やはり教会の高い、神への祈りが届くような尖塔だった。

 オレンジ色の西の空が、徐々に藍色に染め上げられていく。橙色と藍色の空の間で、弱弱しく星が瞬き始めた。――そろそろ鐘が鳴る頃だ。


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