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花神と守り人  作者: 神山雪
背徳の聖女の遺産
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3.彼と彼女と彼らの事情 05



 大きな花束を抱えながら、ミルカ・マイヨールは思いを馳せる。

 優しい色の花桃。花桃より少しだけ濃い色のまつばかんざし。ライラック。グラジオラス。花海棠。これらの色のあるものを中心にし、白を基調とした鈴蘭水仙と姫林檎、スイートアリッサム、そしてカスミソウでまとめてみた。カスミソウが薄いカーテンのようになっていて、それだけでも落ち着いた華やかさを演出している。――悪い出来ではないけれど、もう少しインパクトのある色があってもいいような気がする、とか。なけなしの金を奮発して薔薇も入れればよかった、とか。

 東南の港町のディーターからダラスまで、文字通り金欠だったので列車が使えなかった。……明確に言えば列車を使うだけの賃金は持ち合わせていたが、それでは今抱えた花束が買えなくなってしまったのだ。そうすると、ミルカがダラスに来る意味の半分が無くなってしまう。――残りは銅貨三枚になった。

 聖アントニオ教会を中心に放射線状に道が形成されていて、八つの司教区に分かれている。そんなダラスの街は、現在は地元民だけではなく観光客や巡礼者で賑わっていた。目的は一つ。一週間後に迫った聖ガブリエラ祭だ。皆考えることは同じ。観光客も、巡礼者も。そして――

「きれいな花束ですね。聖人祭にお越しですか?」

 いきなり横から声を掛けられた。

 黒を基調とした質素な服に、頭巾で髪を完全に隠すスタイル。深いしわを刻んだ老年の女性は、間違いなく修道女だった。

 教会の隣の露店だった。その修道女は、アレイス教に関連する書物や雑貨を売っている。

 修道女の言葉に、身体が反射的にはねてしまう。ダラスで目立つ行動をしない方がいい。肝に銘じていたのだが、いざその道を歩んでいる人に声をかけられると、身が縮む思いだった。

 ――修道女が販売している中には、『聖ガブリエラの涙』を模したペンダントも入っている。

 一目でレプリカだと分かるもの。透度の高い宝石を、磨き上げて作ったようだ。本物はもっと綺麗だ。聖人祭前で安くなっており、丁度銅貨三枚分だった。

「は、はい。この季節のダラスは、聖女様の祭りでとてもはなやぐので、一度来てみたかったんです」

 会話の流れと気まずさから、ミルカは修道女にレプリカの『聖ガブリエラの涙』の代金を払っていた。これで本当に無一文だ。……何となく修道女が、必要以上にじろじろと顔を見ているような気がする。その目が笑っていない気がする。どうかわたしの考えすぎであってほしい。

顔に深く皴を刻んで、修道女が礼をいう。

「今年来られて幸運でしたね。最近、『聖ガブリエラの涙』が発掘されたのですが、知っておいでですか?」

「い、いえ……」

「今年の聖人祭で初めてのお目見えだとか。ただ……」

「ただ?」

 修道女の顔が途端に渋い色になった。ミルカにとっても気になる情報なので、会話が早く終わって欲しいと思いつつ、鸚鵡返しに尋ねてしまう。この修道女はよくしゃべるなとも考える。

「……いえ、気になさらないでください。ただ、発掘されたのはいいのですが、それと引き換えに聖女様の石像が真っ二つに割れたという話も同時に噂で聞きましてね。嘆かわしいことです。……これだから遺跡探索者など信用できないのですよ」

 やさしい声音から打って変わって、忌々しげな声で修道女が呟いた。この修道女にとって、ガブリエラは信仰のよりどころの一つなのだろう。

 遺跡探索者。

最近知り合った、あの青年たちの職業だ。作るご飯がおいしくて、気まぐれで優雅な猫みたいなアザエルさん。変な人らしいけど、頭が良くて誰よりも仕事熱心なヴァシリーさん。そして……王子様。

 誰が壊したのだろうか。この三人のうち誰かかもしれないし、全く別の誰かかもしれない。

「綺麗なカスミソウですね。きっと聖女様もお喜びになるでしょう」

 修道女はミルカの抱えた花束の中で、一番花数が多く、一番目立たない花に目を付けた。

 それもその筈だった。

「あなたに神と、神の子と、聖女様のご加護がありますように」

 修道女の祝福をうわの空で受ける。誰が……誰が壊してくれた(・・・)のだろうか。

 嬉しくなった。ミルカは、石像を壊した、顔の知らない遺跡探索者に対しての感謝の念でいっぱいになった。

 軽い足取りで、目的の場所へと向かう。



 抱えた花束を控えめに飾るカスミソウ。白く美しいこの花の意味は、「清い心」「無邪気」「親切」――そして「切なる願い」だ。

 それは、アレイス教の絵画ではよく、聖ガブリエラの象徴として描かれる花だった。


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