1-⑧ 『ギリ許す』
「黙っててごめんね?」
今、アオイはアイオに城の案内をしてもらっている最中だ。
どうやら、アオイはここに住むことになったらしい。
『レヴェルト』専用の巨大住処があったらしいのだが、潰れてしまってなくなったそう。
そのため今は皆この王城に住んでいるとアイオから説明を受けた。
いろいろ言いたいことはあるが、屋根のあるところで暮らせることにまずは感謝だ。
本来なら今日は野宿のつもりだったので、かなりのランクアップだといえる。
「いや、急に『君も秘密組織に入らないか?』とか言われた方が怖かったから大丈夫だ」
「はは、それもそうだね!」
この色に来る直前の対立からは、かなり関係は回復した。
しかし、何も2人でごめんなさいし合ったというわけではない。アオイが冷静になって、勘違いに気づいたというだけの話だ。
その勘違いは二つ。
まず一つは、あの男たち五人組のことだ。
彼らは、かなり前からこの町で悪さを働いていた極悪犯罪グループで、『レヴェルト』にも駆除依頼が来ていたらしい。
それでもあんなに残酷に殺さなくても、と思わないこともなかったが、それを口に出すほどアオイも子供じゃない。命令に従っただけのアイオに非はないのだから。
二つ目は、今でも少し思うところもある。
アイオの脅しについてだ。
今思い返しても、あの発言は許しがたいものだ。アオイの恩人だと分かっていてのあの脅しはさすがに非人道的すぎる。
しかし、アイオの言い分も確かに納得できる部分もあった。
『あれくらい言わなきゃ、君は腕を千切ってでも逃げたでしょ?』
比喩ではない。確かにアオイは本当に、何をしてでも逃げようと思っていた。
アイオにはアオイをここに連れてくるという使命があり、アオイはあの言葉を言われなければ死んでもついていかなかった。
アイオの立場になってみれば、あの脅し方は最適だったと言える。言いたくないが。
結婚云々の話については考えないことにした。アイオもあれ以降言ってこないし。あれも、おびき寄せるための罠だったのだろう。
といった感じで、とりあえずはアイオのすべての行動に納得は出来たのだ。ギリギリだか。
もう何があっても、あんなことは言うなとに二十回くらい言った。『言わないよ!』とアイオは笑っていたが、その感情が分からないのがまた。
でも、さすがに『Aio0002』を見ていた時に見ていたアイオへの視線ではない。それはさすがに。
「君が『レヴェルト』に入ってくれてうれしいよ。断ると思ってた」
「つっても、そんなたいそうな大義名分があるわけじゃないぞ。正直今でもやっていけるのか不安だ。他にどんな人がいるのかも知らないし」
「みんないい子だよ? 連れてきた子は知らないけどね。あ、そうだ。『レヴェルト』について君はあんまり知らないでしょ。私が説明してあげるよ」
言われてみればそうだ。エルゼロードの簡易的な説明しか聞いてないアオイは『レヴェルト』についてほとんど知らない。自分が入っている組織のことだ。ちゃんと知っておかなければ。
「『レヴェルト』は君も知っている通り秘密組織だよ? 世にその存在のことはほとんど知られていないし、国の関係者でも相応の立場を持っている人しか知らない。もちろん他国の人間も知らないよ」
「こんな城に住んでてバレないのか? あいつらいつも見るけど誰だ?みたいな感じで」
「それはないね。『レヴェルト』のメンバーに魔法のエキスパートがいるんだけど、その子の魔法で正体がばれないようにしてもらってるんだよ。すごいでしょ?」
なるほど。ここでも魔法が出てくるのか。
転移魔法に、認識改変魔法とは。アオイの想定より、魔法とはとんでもないものらしい。
火で攻撃するとか、風で攻撃するとか、その程度だと思っていた。
「次は何をしている組織なのかだよ。大体は陛下の言った手通りなんだけどね。公にはあまり出せない事件や事故を解決する。その説明だけだったらあんまり想像できないでしょ?」
「そうだな。公に出せないということは、スパイ活動とかか?」
「それもなくはないね。現に今も隣の国に潜入してる子がいるよ」
潜入捜査か。
憧れるけど、自分には絶対にできないだろうと心の底から思う。嘘とかつけないし。
「基本的には一つの事件に一人が担当するんだ。人手が足りないから仕方ないね。それにみんなもあんまり群れたがらないし」
「一人!? そんな簡単な仕事なのか?」
「いや、『レヴェルト』以外の人が100人集まっても解決できないような事件ばかりだ。その子たちが解決できなかった問題を私たちに回されることが多いね。ほんと、もっと頑張ってくれよって思うんだけど、仕方ないね」
その言葉を聞いて急に心配になってきた。
アオイは自分に一般人100人分の力があるなんて到底思わない。それどころか一般人0.5人分程度だと自分を評価してる。
「でも、安心して。君には私が付くから」
「どういうことだ? 一人でやらないといけないんじゃなかったのか?」
「特例としてリーダーと陛下に認めてもらったんだ。君が死んだらショックで立ち直れない私が、泣きついて頼んできたのだよ。だから、これから私と君は一緒に行動します。バディってやつだね」
「バディか」
正直助かった。
男としてなんだか情けないが、さすがに一人でそんな大事件を解決できる気がしない。
いずれは一人でやらなきゃいけない時が来るのだろうが、新人のうちは頼らせてもらおう。
「でも、私に甘えてちゃだめだからね。君にもきっちり働いてもらうつもりだよ。2人で支え合ってこそのバディさ」
「あぁ、望むところだ。上司にこき使われる方が俺の性分に合ってる」
けっしてそういう性癖というわけではない。
指示を出してくれて、それに従うほうが楽というだけだ。勘違いすんな。
「その意気さ。今するべき説明はこのくらいかな。あ、それとほかのメンバーとは仲良くすると良いよ。行動は一人だけど、組織は組織だ。信頼関係は作っておいた方がいい」
「分かった。見かけたら声をかけてみるよ」
「うん。そうしてくれ。それじゃあもう寝ようか。きょうはもうくたくたでしょ。部屋に戻ってゆっくりするといいよ」
そうして、アイオとは別れた。
先ほど案内された、別棟にある自分の部屋に戻る。
見慣れない城内を首を振り回しながら自室に戻る道中。
「ふぁー、こんなに長時間ベットから離れたのは久しぶりだ。足が痛ぇ」
そうつぶやいて足を少し引きずって歩いているアオイ。
「おいおい、大丈夫かよ兄ちゃん」
突然、正面から歩いてきた女が声をかけてきた。面識はないはず。
「はい、大丈夫です。ちょっと疲れただけというか、久しぶりに歩いたので……。すみません心配をおかけして」
「心配か……」
アオイが頭をかきながら恥ずかしそうに身の丈を話すと、女は意味深そうにつぶやいた。
「? どうかしました?」
「んや、なんでもねぇ。気にしないでくれ。それより見ない顔だな。どこのもんだ?」
その言葉にびくっと体が跳ねる。先ほどアイオと話しているときに『もちろんだけど、正体は隠さないといけないよ。君はもう秘密組織に所属してるんだからね』と言われたばかりだ。
帰ってからうまい嘘を考えようと思っていたが、まさかこんなに早くその機会が来てしまうとは思っていなかった。
頭をフル回転させ考える。うまくこの場を逃れられるうそを作り出す。
城の職員は少しおおざっぱすぎて逆に怪しまれる。
庭師とか?いやこの汚い身なりで庭師はさすがにない。料理人も同じ理由で却下。
どうしよう。どうしよう。
もう違和感としか感じないくらいの間は空いている。
何も出てこない。ちょうどいい役職、ちょうどいい仕事、
「スンスン」
「!? 何をしてるんですか? そんなに臭いですか俺!?」
女が急にひらめいたかのように目を見開いたかと思うと、アオイの首筋に鼻を近づけて匂いを嗅いできた。
急に美人が近くによって来たことと、体臭を嗅がれたことによる羞恥心で、顔を真っ赤に染めながら後ろに飛び跳ねた。アオイもれっきとした思春期男児。そういったことにはまだ敏感なお年頃なのだ。
しかし、女はそんなアオイのリアクションに気にもくれず何かを考えているそぶりを見せている。
その反応に違和感を感じたアオイは尋ねた。
「どうかしましたか?」
「——兄ちゃん、話すロボットって見たことあるか?」
「!?」
一瞬心臓が止まった。
話すロボット。
間違いない。確実にアイオのことだ。
電子レンジもストップウォッチさえないこの世界で、アイオのほかに話すロボットどころかロボットがいるはずない。
「やっぱりそうだ! あんたがうちの新人か!」
怪訝な顔から一変。
ぱっと笑顔になった女がアオイの肩をバシバシとたたいてくる。
どういうことだ?
うちの新人ということはこの人も、
「あなたは『レヴェルト』の方ですか?」
周囲を入念に確認して、女の耳元に近づき、蚊のような声で問うた。
この可能性しか考えられない。
『レヴェルト』のメンバーだとすると、アイオのことを知っているのにも説明がつく。
「ちょ、そんなに耳元で話すなよ。恥ずかしいじゃないか」
今まで強気だった女が、両耳を抑えて体を縮める。
かわいいぞ、この人。うん。かわいい。
「そうだ。私は『レヴェルト』所属!!、アルフィルド、むぐっ!」
「ちょっと!声が大きいですよ!!」
城内に木霊するほどの声量で名乗る女。そのかっ広げた口を両手で塞いで強制的に黙らせた。幸いにも周りに人はいなかったが。
何をしているのだこの人は。秘密組織じゃないのか。こんな人がいて大丈夫なのか。
疑問が止まらない。『レヴェルト』に対する不信感がさらに深まった。
「おぉ!えらいぞ!ちゃんと教えられてるんだな」
どうやら試されてたらしい。してやられた。
それにしても、こんなリスキーな方法で試さないでほしいものだ。寿命が何年あっても足りなくなる。
「どんだけびっくりしてんだよ」
「しますよそりゃ! 誰かが聞いてたらどうしたんですか!」
「ははは!」
アオイの必死の抗議に女は高笑いする。
いや、冗談じゃないのだが。
「では、改めて。私はアーフィルド・ドレイクだ。立場的にはお前の上司にあたるが、私はそんなもの気にしない。呼びたいように呼んでくれ」
女の名はアーフィルドというらしい。
黒と青色の少し乱れた髪と吊り上がった目は、失礼だがこの人に合っている。
背丈はアオイ以上に高く、年上の綺麗なお姉さんという印象を受ける。
アオイの上司ということは例の生き残った十人のうちの一人ということだろう。
「俺は、三神アオイって言います。年は今年で17か18。未熟者ですがよろしくお願いします」
アオイも自己紹介をして頭を下げた。
俺って今何歳だったっけ?
時間と期間の感覚が崩れたアオイにとって。自分の年齢を覚えるのは至難の業だった。
たしか18だったような。いや、17か?
考えまくったが、そんなに重要でないことに気づいて切り捨てた。
「ってやっぱ若いな! いいかミカミアオイ、よく聞け。お前も気づいたころには小汚ぇおっさんになってるんだ。勝ったと思うなよ! じゃあな」
?
何の話だ?
何にキレているんだこの人は。
そう言って帰ってしまったアーフィルドを黙って見つめることしかできなかった。
本当に何だったんだろうあの人は。
『レヴェルト』、この国の最高秘密組織に所属している人なんて、エリートばかりだと思っていたのだが、間違っていたのかもしれない。今のところ、二分の二が普通じゃない。
本当にこの組織でやっていけるのだろうかと早くも後悔し始めている。
まぁ、多分たまたまだろう。
今すぐにその答え合わせをすることは出来ないが、アイオによると明日の早朝に『レヴェルト』全員が集まる集会があるらしい。
何をするのかというと、そこで全員に任務が振り当てられるんのだとか。
楽しみ半分、心配が半分だ。
……少し見栄を張った。心配が8割だ。
10割に行かないのは、アイオがいるおかげ。
知り合いが一人いるだけでずいぶん体が軽い。アーフィルドは知り合いと言えるほど話せなかったし。
と、そんなことを考えていたら、部屋の前までたどり着いた。
この棟は、城の従業員が寝泊まりするためのホテルのようなところだという。
先が見えないほど長い廊下には、気持ち悪いくらい等間隔にドアが配置されている。ちなみにアオイの部屋は、二階の一番奥の部屋だ。
高校の教室も二階の一番奥で、気だるく登校していた時のことを思い出した。
「お邪魔しまーす」
誰もいるはずのない部屋に挨拶をして入室。
お世辞にも広いとは言えない部屋だが、かなり綺麗だ。思わず「おぉー」と思わず感嘆の声が漏れてしまったほど。長年、いわゆる「汚部屋」という場所に住んでいたアオイにとっては天国のような空間だった。
部屋の左奥には大きめなベット(セミダブルくらい)が置いてあり、タンスにソファーなど、一人で暮らしていくには十分な家具がそろっている。今度こそはきれいに保とうと心に誓った。
隅々まで見物したいところだが、今日に限ってはそんな元気はもう残っていない。
死んだようにベットに倒れこんだアオイは、五秒と経たずに眠りに入ったのだった。




