1-⑦ 『流れ星に乗る』
「ついてきてほしいところがあるんだよ」
もちろんいい予感はしない。
しかし、彼女のこの能天気で元気はつらつな声を聞いたら、先ほどまでのことを忘れそうになる。
「ついてきてくれるかい?」
「あぁ、わかった」
反抗なんて出来るはずがない。
今のアオイは、一人の死なせてはいけない人の命を握らされている。
力があればどうにかなったかもしれないが、今のアオイでは彼女に手も足も出ないだろう。
「ありがとう! どこに行くかは秘密だよね。転移魔法を使ってその目的地まで行くんだけど、一つ問題があってね」
「問題?」
「そう、問題。今から行う転移魔法はとても高位な魔法なんだ。発動は私がするんだけど、魔素含有量があまりにひくい人と一緒に行く場合、もしかしたら違う場所に一人で飛ばされてしまうかもしれないんだよ」
転移魔法か。
確かにこの世界の魔法に全く知見のないアオイでも、かなりの魔法だということが分かる。
「俺の魔素含有量を測りたいということか」
「そう! 物分かりがよくて助かるよ。もし君のそれが低かったら、歩きで行かないといけないんだけどね。かなり遠い場所だから大変だ」
「どうやって測るんだ?」
血液検査とかだったらいやだ。何年もしてないし。怖いし。
「いろんな測り方があるけど、私の場合は触れるだけでわかるよ。楽でいいでしょ?」
久しぶりにアイオの発言に納得できた。
触れるだけで測れるとは。彼女の言い方的に誰にでもできるやり方じゃないのだろう。
何もされないと良いのだが。
「じゃあ、どこでもいいから私に触って?」
「ど、どこでもいいって、」
困った。
仮にも異性だ。どこを触ったとしてもなんだか変な感じになってしまう気がする。何気なくアイオを見ていた視線もやり場を失ってしまった。
「あ、ごめんね、恥ずかしいよね。じゃあ私から触るよ」
そう言ってアイオは、自分の手のひらをアオイの心臓のある位置に当ててきた。
恐怖からか、はたまた別の感情からか、びくっと体が跳ねてしまった。
アイオは目を瞑っている。
何が起きているのか、視覚的には何もわからないが、おそらく測定中だろう。
そして、しばらくしてアイオが目を開けた。
「うん。問題ないね」
「結果はどうだったんだ。もしかしてかなり才能のある方だったり、」
「うーん、下の上くらいかな」
アオイの魔法の夢は途絶えた。
下の上とは、また面白くない。
どうせ適性がないのなら、魔法適正ゼロの逆天才みたいな感じがよかった。
そんなうまくはいかないか。
「それってどのくらいなんだ?」
「日常生活で不便はないと思うよ。戦闘では使えないね」
まだ希望を捨てられないアオイの最後の抵抗はあっさりと吹き飛ばされた。
ま、まぁいい。まだ俺には剣の才の可能性が残っている。絶望するにはまだ早い。
はぁ。
「そうかよ」
「じゃあ行こうか。万が一のことがあっても、私がどうにかするから安心して。行くよー?」
黒い輪っかのようなものが二人を囲む。
なんか想定よりも悪そうな色だが、そういうものなんだろう。
理由はないが、目を瞑る。
飛んだことはないが、バンジージャンプを飛ぶ前も多分こんな気持ちだ。
「3、2,」
アイオのカウントダウンが始まった。
できれば5からがよかったが、そんなこと言ってる場合じゃない。
「1,」
「0」
……
…………
……………………
「もう目を開けていいよ」
アイオの言葉通り、目を開けた。
明るい。
暗いところから転移魔法を使ったので、目が慣れてなくて、ちかちかする。
だんだん目が慣れてくると、そこがどこなのかが見えてきた。
「城?」
室内だった。
しかし、ただの家ではこのような感想は出ない。
見上げれば首が痛くなるほど高い天井。
首を回すと、どこを見ても真っ白な石でできた美しい壁。
遠い昔の記憶だが、体育館がこのくらいの大きさだった気がする。
その空間を囲むように立った柱はどんな大木よりも太い。
ここを城と形容せずにどこを城と呼ぶのか。そんな空間だった。
「ここは城だよ」
城なのかよ。
予想が当たってしまうと、なんだか逆におもしろくない。
ついでにもう一つ予想しよう。
何の城なのかだ。
この国のことは何知らないが、王国なのだろうか。
もし王国ならば、ここは王城か?
あまりというか、一回も城という場所に入った経験はないが、ここは城の中でもかなりいい部類のものに見える。
よし決まった。予想は王城だ。
答え合わせをしよう。
「ここは何の城なんだ?」
「王城だよ?」
王城なのかよ。
もうやめよう。
当たってしまう予想は好奇心を殺してしまう。
「戻ったか、Aio0002」
話していると、奥の方から謎の老人が出てきた。
謎と言ってしまったが、その正体は考えてみればわかる。
「はい、陛下。ご命令通り」
国王だ。
頭に冠をかぶっているし、周りに異常な人数の護衛が配置されている。
白くて長い顎髭を生やし、白くて生地の薄い装いをしたその姿は、誰もが思い浮かぶ典型的な王様の姿だ。
「え、あ、あの、こんにちは。俺は、あ、私は三神アオイって言います。」
「あぁこんにちは。私はエルゼロード・グレーテン。この国——グレーテンの国王だ。よろしくね」
身近に王様がいる生活をしてこなかったアオイは、高貴な人に対する正しい挨拶を知らない。
とりあえず、普通の挨拶をしてみたはいいものの、護衛の人たちがぎろっと睨んできたので、たぶん間違えたのだろう。
「陛下、ちょっと待ってもらってもいい? この子と話があるんだ」
「構わないよ」
敬語を使え、敬語を。王様だろ?
しかし、アイオの無礼極まりない態度にも、エルゼロードは慈悲深く返す。そのくらい寛大でないと王というのは務まらないのだろう。この人は、ちゃんとなるべくしてなった王のようだ。
「私はこの国の秘密組織なんだよ」
アイオがこっちを向いて話し出したかと思うと、さらっと彼女の正体が明かされた。
「秘密組織?なんだその中二病みたいな組織は。かっこいいな」
「そうでしょ? それで何をしている組織化って言うとね……。うーん、何してんだろ」
「法を守っていては対処できない、綺麗事を言っていたら解決できない。そんな事件の解決を担当する。それがこの子たち、『レヴェルト』だ」
「そう! それ!」
自分のことなのに曖昧なアイオの説明をエルゼロードが補足してくれた。
こんな奴雇って本当に大丈夫か?
「この子の正体は分かったけど、俺に何の関係があるんですか? あんまり言っていいのか分からないんですけど、俺この国に来てすぐですよ? そもそも、こんなお城に立ち入っていいんですか?」
アオイは王様と話した方が話が円滑に進むと踏んで、直接彼に話を聞くことにした。
「もちろんだとも。この城は基本的にいつでも誰でも立ち入り可能だ。わたしは国民を信じているからね。」
そんな状態で、王様が存命なのは素晴らしいことだ。国民性の悪い国だったら、一瞬で暗殺されてしまうだろう。この国の安全性は確認できたのはよかったが、まだ質問の答えは返ってきていない。
「君、ミカミ君には『レヴェルト』に入ってほしいんだ。今日はそのお誘いをするためにアイオ君に君を呼んでもらった」
「ちょっと待ってください。どうして俺が!?」
「少し前に、とある大事件があってね。100人近くいた『レヴェルト』が10人に減ってしまったんだ。あれは悲惨な事件だった。この国にとっても、私にとってもそれはかなりの損失だった」
エルゼロードの柔和だった顔から柔らかさが消え、代わりに怒りと悔しさの色が出た。国の関係者が90人も減ったんだ。どんな事件だったのか気になるが、今は聞かないでおこう。
「私も出来れば、このような船の部品交換のように簡単に、構成員を入れ替えたくはないのだけどね。どこからこの情報を知ったのだか知らないが、とある犯罪組織の動きが活発になってきているのだ」
たしかに秘密組織が半壊して事件が増えるのはおかしい。
抑止力的な大々とした組織ならそうなってもおかしくないが、彼女らは秘密組織だ。
確かに不審、そう思ってもおかしくない。
「こうなれば、『レヴェルト』の構成員を増やすしかない。しかし、前までのような大部隊ではなく、少数精鋭の組織にすることにした。そこで生き残ったアイオ君を含む十人に、それぞれ一人ずつに『レヴェルト』に加入するにふさわしい人を連れてきてもらっているのだよ」
なるほど、それで『レヴェルト』であるアイオが俺を推薦しているというわけか。
——————いや、全くなるほどじゃない。
なんで俺?
どうして俺?
どこを見て俺?
何を見込んで俺?
おとりとしての俺?
ふさわしくないよ俺?
身体改造でもされるの俺?
「どうして俺がって顔をしてるね。驚いたでしょ!」
なんで、やってあげた感出してるんだ。その褒めてほしそうな顔を今すぐにやめろ。
「当たり前だろ! どうしてこの国に来たばっかりの俺が、秘密組織に、」
いや待てよ。なんかかっこいいな。
異世界転生をして早々秘密組織に所属、
——最高に主人公みたいで、かっこいい。
おそらくここで断り、アイオと離れて一人で生きていくと、前までの生活に逆戻りだ。
何かを変えないと。
変化を嫌った人生だったから、何も変わらなかったんだろ。
「いや、やらせてくれ。エルゼロードさんからしたら何の信頼もないかもしれないけど、頼む! 絶対に役に立って見せるから」
頭を下げた。
そのくせに敬語は抜けてしまうといった馬鹿具合に自分でも笑ってしまいそうになったが、顔を引き締める。
何の役にも立たないかもしれない。というか、たぶんその辺の人を適当に引っ張ってきた方がアオイより役に立つだろう。
自分で言ってしまうが、アオイをここで採用する合理的な理由は一つもない。
秘密組織に大事そうな戦闘能力だってないし、コミュニケーション能力もない。おまけに社交性もないし、真面目でもない。列挙し出したらきりがないが、組織行動をするうえで致命的な事ばかりだ。
だからこそ、今のアオイには頼み込むことしかできない。
頭を下げて願うことしかできないのだ。
「顔を上げておくれ」
エルゼロードの声色は変わらず穏やかなまま。
しかしまだわからない。彼のような人物は断るときも優しいだろう。
アオイは頭を上げ、エルゼロードの目を見つめる。
「この場は一応面接という体で設けたものだ。そのために今日限りは城を空けておる。しかし、初めて会った君のことをほんの数分で測ることなんてできないだろうし、したくもない」
確かにそうだ。
どのような採用基準なのかは知らないが、この場でそんなに重要な役職を決めるなんてことは出来ないだろう。
しかし、ならばどうやって?
今日一日では決めないということだろうか。
「しかし、わたしには絶対的に信用できる判断基準があるのだよ」
なんだ?
アイオのように見ただけでその者の強さが分かるのだろうか。
「そこのアイオ君だ。いや、正確には『レヴェルト』といった方がいいだろうか。彼女らは、私が家族のように信頼を置いている存在だ。疑う必要さえありやしない」
エルゼロードと『レヴェルト』の関係は思った以上に近いらしい。
それなら、先ほどのエルゼロードに対するアイオの態度もぎりぎり頷ける。
「君は彼女——アイオ君が連れてきた。それ以上の理由は私にはいらない。十分な活躍を期待しているよミカミ君。無茶はしないように」
エルゼロードはそう言い終わるとニコッとこちらに微笑み、この場を後にした。
本当になってしまった。まだその実感は全くと言っていいほど湧かない。
——秘密組織『レヴェルト』か。
頑張ろう。単純で簡単な意気込みだが、それしか言えない。
何もない自分に降ってきた、何者かになれるチャンスだ。無駄にするわけにはいかない。
変わるんだ。変わらなきゃ。
そう拳に力を込めて意気込んだアオイを、アイオは微笑ましく見ていた。




