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1-⑥ 『勘違い』

 予想外の出来事にアオイは目を開けた。

 とは言ったものの、腫れた目はそんなに開かない。


 しかし、そんな痛々しい目を見張ってでも確認しないといけない状況だった。


「し、んでる?」


 見えたのは、あの五人組の死体だった。


 それもただの死体ではない。

 一人は、全身が爛れて泡を吹いた死体。

 一人は、首から上がなくなった死体。

 一人は、四肢が分かたれた死体。

 一人は、平たくなった死体。

 一人は、焼け焦げた死体。


 全員が全員、普通の死に方をしていなかった。

 それは明らかな悪意、隠しきれない殺意を持って為された殺人だった。



 そして、その犯人も一目でわかった。



「ア、イオ、ちゃん?」


 そのキューティーな衣装を血で汚した少女がそこに立っていた。

 その顔は、満面の笑みで、


 アオイの大好きだったその笑顔が、恐ろしいものに見えて、


「ひ」


 潰れた喉が思わずかすれた音を出した。

 それと同時に後ろに一歩後ずさってしまう。


「心配したんだよ。大丈夫だった?」



 やめろ。こっちに来るな。



 アイオが一歩近づくごとに、アオイも一歩後ずさる。

 自分の感情に鈍いアオイでも分かる。今、自分は恐怖している。目の前の得体のしれないロボットに恐怖している。


「どうして逃げるんだい? もう怖くないよ? 安心して」


「な、んで、殺し、たんだ」


「なんでって言われてもな。うーん、君を殺そうとしていたからかな」


 どうしてへらへらしているんだ。どうしてこの状況で笑うことが出来る。

 人を殺したんだぞ。五人の命を奪ったんだぞ。


 わからない。このロボットのことが分からない。分からないから、怖い。


「殺さ、なくてもよかったはずだ! こんなことが出来る力があれば、俺だけ連れて逃げることだって、できた、はずだ! なんでここまでする。ここまでして何になる!」


 喉の痛みなんて気にせず叫んだ。

 命を助けてもらった相手に言うことではないことくらいわかっている。でも、言わずにはいられない。聞かずにはいられない。


 しかし、それを聞いたアイオの表情は変わらなかった。


「そうだね。確かに誰も攻撃せずに君を助けることは出来た。ごめんね。気に障ったのなら謝るよ」


 ちがう。そうじゃない。

 求めているのは謝罪ではない。


 半歩ずれてかみ合わない会話がもどかしい。


「お前の心を聞いているんだ。なぜ殺すという選択をした! 死んだんだぞこいつらは! 死んだら何もできない! おいしい飯も食えないし、やらなきゃいけなかったことだって出来ない! こんな奴らにも家族がいたかもしれない! どうしてそんな簡単に命を奪えるんだ!」


「君にも家族がいる。彼らはそんな君を殺そうとしてたんだよ。自分たちは家族がいるから殺されたらいやだけど、家族がいる人は平気で殺す。そんな人、殺した方がいいと思わない?」


 だから、その顔をやめろ。当然のことみたいに言うのをやめろ。


 アイオの理論は間違ってはいない。

 端的に言うとこうだ。人を殺すような奴は殺しても問題はない。

 日本人にアンケートを取ったら、8割は納得しそうな思想だ。


 アイオの考えは間違っていない。

 間違ってないけど、間違っている。


 何がとは言えないが、確実に間違っていると言い切れる。


「まずは傷の手当てをしよう。このままだと君は死んでしまう」


「触るな!」


 腫れた頬に優しく当ててきた手を振り払う。


「お前みたいな命を何とも思ってないやつに助けられるくらいなら死んだ方がましだ!」


 唾を飛ばして、アイオを突き放す。

 死んだ方がましは言い過ぎたが、こんな奴に助けられたくないのは本心だ。


 今は、昔好きだったアニメのキャラクターだというバイアスさえ完全に消え切っている。

 アオイが今彼女を見る目は完全に化け物を見る目だ。


「帰ってくれ」


「……」


「俺は一人で生きていく。もとよりお前と一緒に行動する意味なんてなかったんだ。一人で幸せに生きてくれ」


 痛む体を何とか無理やり立たせ、壁を伝って出口の方へ向かった。


 確かに今思えば、アイオと一緒にいる意味はなかった。

 かわいい子ととなりを歩ける背徳感はあったが、もうそんなこと考えられない。


 

 さて、これからどうしようか。

 外はすっかり真っ暗になっており、街灯が町を照らしてくれている。

 あの男たちが異常だっただけで、見た感じ町の治安はかなり良さそうに見えた。

 宿を借りれればと思ったが、お金がないのだった。今日は野宿だな。


 ずっと、引きこもっていたんだ。たまには外で寝るのも悪くな、



「結婚しようって、言ってたじゃん……」



 ——は?


 聞き間違いだろうか。殴られすぎて頭がおかしくなってしまったのか、意味の分からない言葉が聞こえてきた。


「結婚しようって言ったじゃん!」


 アオイの周りが緑に光り出した。空気が揺れ、大気が揺れる。

 その矢先、


「体が、」


 体から灼熱の痛みが消え、視界がクリアになっていく。

 折れていた足も、腫れていた目も、なくなった歯も、ずたずたの口内も、折れた骨も、すべてが修復していくのを感じる。


「何をした!」


 喉も回復しており、思ったより大声が出てしまった。


「治癒魔法だよ。どう? 直ったでしょ? まだ痛いところがあるの?」


 勝手に何してくれてんだ、と言いそうになったが、それよりも治癒魔法の圧倒的な力への驚愕が勝ってしまった。


 壁から手を離してみたが、普通に立てることが出来る。

 怪我を負っていた事実さえ忘れるほどの回復力だ。


 魔法というものは初めて肌で実感して、頭が真っ白になってしまった。


「あの言葉は嘘だったの?」


 感情が読み取れない。振り返れば、アイオと会ってから一度も彼女が感情を表に出したことはなかったが、今はより一層分からない。


 怒っているのか、悲しんでいるのか、声色と表情から読み取れないのだ。


「知らない! ついてくるな。俺はもう一人で生きていくんだ。お前にかまってる暇はない」


 嘘だ。

 転生をした時の出来事だ。覚えていないはずがない。


『喜んで』

 耳元で囁かれたその言葉が、脳で反芻される。


 結局あのことについて一度もアイオと話していなかった。いや、意図してその話題を避けていたといってもいい。


 それをこの大一番で切り出されてしまったのだ。

 動揺せずにはいられない。


「逃げないで」


「離せ」


「逃げないのなら、離してあげる」


 完全に歩けるようになったアオイは、走ってこの場から去ろうとしたが、アイオに袖を掴まれた。

 アオイが怒気を孕んだ低い声で断ったが、アイオは引かない。顔を見ても動揺の色は伺えず、さすがロボットといったところだ。


 これは話しても無駄だ。

 そう考えたアオイは思い切った行動に出た。


「離せって言ってんだろ!」


 掴まれていない右手でアイオの顔を殴ったのだ。


 ロボットだから躊躇はない……わけがない。

 残念なことにアイオの見た目にロボット要素はない。アオイにとっては、自分より年下の女の子だ。それも超絶かわいい。


 痛みの引いた心臓に再度激痛が走る。もちろん物理的な痛みではない。


 鈍い音が鳴り、衝撃でアイオは首が回った。


 感情が理性を上回ってしまい、かなりの力で殴ってしまったので、アイオの右頬は赤くなっている。


 痛い。



「君が逃げないというまで、何をされても離さないよ」


 だから、笑顔で言うな。自分を殴った相手だぞ。


 その反応にやり場を失ったアオイは、もう一発彼女の顔面に拳を打ち込んだ。


 痛い。手だけじゃない。何もかもが痛い。


「手の骨が折れちゃうよ?」


「黙れ!」


 もう二発、打ち込んだ。アイオの頬は赤みを増すばかり。


 しかし、表情は変わらない。それどころか頬を緩めてアオイを見つめる。


「話が進まないね。じゃあこうしよう。」


 アオイの掴んでいる手を離して、顔の前でぱちんと手をたたく。


「私のいうことを聞いて。」


「なんでお前のいうことなんて聞かなきゃ、」


「聞かないのなら、そうだな〜、」


 アオイの言葉を無視して、アイオは言葉を続ける。


「まずは、あの店主さんを殺すよ」


 ——

 ————




 ——————————?


 

 聞き間違いではない。

 自分の耳を疑いたかったが、絶対にそう聞こえた。



 体が動かない。

 怒りでそうなっているわけではない。

 何をされるかわからない。その恐怖が体を固めた。


「な、にを、言って、」


「ようやく落ち着いたね。ありがとう、言うことを聞いてくれて」


 言葉が出ない。

 これから、何をされるのかわからない。

 今すぐこの少女から離れたい。でもそれは許されない。


 下手なことを言えない。なぜなら今アオイの生死はアイオによって握られているからだ。


 今はアイオの言葉を怯えながら待つことしかできない。




 

 あの男に殺されておけばよかったと心の底から思った。

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