1-④ 『鉄の人間』
「ごちそうさまでした」
「はい、お粗末様」
これ以上ないくらいきれいに食べきったアオイとアイオに店主もどこか満足げだ。
2人に関しては、膨れたお腹をさすっている。
おいしかった。
そんな一言で片づけていいはずがない。
間違いなくアオイはこの店の味を一緒忘れないだろう。
「あ」
「どうした?」
急にアイオの顔がサッと青くなった。のっでも詰めたかと思い、心配げに見つめるとどうやらそうでもないらしい。どうしたのだろうか。
そして、彼女から衝撃の事実を告げられる。
「お金がない」
「!?」
完全に盲点だったその事実を思い出し、アオイの顔色も一瞬で青くなった。
「どうする!?さすがに払わないのはまずいし、そもそもそんなことしたくないぞ」
当然だ。
特にアオイにとっては、この店に人も渡さず帰るなんてありえない。
二人が、青ざめた顔で見つめ合っていると、
「金は結構だ」
キッチンでフライパンを振っている店主が後姿のまま言ってきた。
顔が見えないので、より一層不安になる。怒らせてしまったのだろうか。しかし、何の文句も言えない。金も持ってこないで店で飯を食うなんてありえない行為だ。
「本当にすいません! 必ずお代は後から持ってきます!」
思わずアオイは叫んでしまった。
あんな料理を食べさせてくれて、お金を払わないなんてできない。
携帯電話があったなら、電話番号を渡したいのだが、この世界にはそんな文化すらないだろう。
おいていくような高価なものも持っていないし、信じてもらうしかない。
椅子よりも低く頭を下げたアオイに合わせ、アイオも一緒に頭を下げた。
テーブルで飲んでいる客も全員が静まり返り、こちらに注目している。
「……」
店主からの返事はない。
視界は地面しか映っていないので、今彼がどんな表情をしているのかもわからない。
やはり許されるわけがないか、とそう思って顔を上げると、首だけ振り向いた店主と目が合って、
「いいもん見せてもらったんだ。お代なんて受け取れないさ」
彼の目には涙がたまっていた。
何の涙かアオイにはわからない。でも、その感情が怒りではないことは確かで、
「行こう」
「おい! ちょっと!」
戸惑っているアオイの腕を引っ張られて、店の外に出た。
「おい、何すんだよ!」
「あそこに留まっていても、お金は湧き出てこないよ。それにあの店主さんもあれ以上顔を合わせたくなかったんじゃないかな」
「お前は、あの人がなんで泣いていたのか分かるのか?」
アイオに問う。今アオイの心の中に刺さっている最大の謎だ。
名の涙の正体は、
「君は知らない方がいいかもね」
その言葉に何も返すことが出来ず、そのまま宿までの道を歩き出した。
お金は、稼いで必ず返しに行く。それは絶対だ。
しかし、いまアオイが悩んでいるのはそこではない。
——俺はそこまで墜ちてしまっていたのか。
ロボットであるアイオでさえも理解できる人の感情を、人間である俺が理解できないのだ。
これじゃあまるで、俺の方がロボットだ。人の気持ちも理解できない冷たい鉄のロボットだ。
感謝を伝えたい相手の感情さえも推し量ることが出来なかった。
アオイの握った拳の力が増し続ける。
アオイは後悔した。自分の人生のすべてを後悔した。これは誰かのせいにしていい問題じゃない。そして、放っておいていい問題でもない。
「アイオちゃん」
「どうしました?」
「どうすれば、人の気持ちが分かるんだ?」
絶対にロボットにするべき質問でないことは分かっている。
しかし、今のアオイに頼れる相手は彼女しかいない。
ここで答えを聞くのは行けないとも思った。
自分で探して、自分で見つけるべきものだということは分かっている。分かっているのに……、
「」
アイオは初めて返答をしなかった。




