1-③ 『温もりの味』
「まずは落ち着いて話をするために、宿を借りようか!」
常にテンションの高いアイオの快活な声が町に響いた。
あまりの声の大きさに、通行人は苦笑いだ。
今歩いている道はかなり幅が広いのに、それでも歩きにくいくらい人が多い。
「あ、すみません」
肩にとんと衝撃が走った。
振り返れば、子連れの羊の獣人がペコっと頭を下げていた。
アオイも何か返そうと思ったが、人と話すのが久しぶりすぎてうまく言葉が出てこなかったので、会釈だけになってしまった。
どうやら、この世界は人間だけの文明ではないらしい。
気にして周りを見てみると、モグラ、猫、スカンクなど様々な獣人が普通に歩いている。さすがに人間のほうが数は多いが、思ったよりその数は多い。エルフとかドラゴンとかもいるのだろうか。少し先に巨大なライオンの獣人がいたが、さすがに怖いので、あれには近づかないでおこうと心に誓った。
「アイオちゃん、なんか武器持ってる人が多くないか?そんなに殺伐とした街なの?」
「うん。戦いが起きることは珍しくないね。でも、基本的には行政がきっちり管理してるから安全なはずだよ。法律もあるしね。君も乱暴な真似をすると捕まっちゃうから注意してね。」
歩いていて気になったことをアイオに質問する。
全員ではないが、腰や背中に武器を身に着けている人が多い。鎧や装甲を着ている者もちらほらいるので、アイオの言うことは間違っていないのだろう。
しかし、どの程度の力を持っているかわからないが、法治国家なら安心だ。歩いていて、急に後ろから刺されるみたいなことは多分起きないだろう。
「アイオちゃんもやっぱり戦えたりするの?」
アオイの見ていたアニメの中のアイオは、かなりの戦闘能力を持っていた。
足からジェットを噴射し少しの間なら飛ぶことだって出来るし、魔法だって使える。しまいには、体の中に隠してあった剣のようなもので戦うこともあった。この目の前にいるアイオも同じなのだろうか。
「やっぱりとは失礼な。このかわいい美少女を見て、戦えそうに見えるのかい?どっからどう見てもか弱いロボットだよ」
予想外の返答が返ってきて少し驚く。
てっきり、原作と同じくこのアイオもバリバリの戦闘ロボットなのかと思っていた。
「いやちょっと待って、さっき自己紹介でなんちゃら戦闘ロボットって言ってなかったっけ?」
「げ」
「げ?」
アイオが苦虫を噛み潰したかのような顔をする。
アオイもその反応を見て、同じような顔をした。
「ま、まぁ戦えないこともないかもね。勘違いしないでくれよ。隠し事をしたかったわけじゃないんだ。乙女の恥じらいというかなんというか、そんな感じだ」
そういうことらしい。
頭に手を当て、困り眉で笑う彼女の笑顔を見ると、問い詰める気はなくなった。
今更だが、アイオは全然ロボットっぽくない。
動きもぎこちなくないし、外見を見ただけではこの子がロボットっだなんて思いもしないだろう。
しかし、話し方は何というか、少し変わっている。
本当にアニメのキャラクターのような言い回しや、話し方をするのだ。
良く言うとかわいいが、悪く言うと不自然だ。
人間のようなリアクションもするし、見た目も人間そっくりなのだが、その話し方のせいでどこか人間味を感じない。例えるなら、一昔前のプリクラの指示音声のようだ。
アオイにとっては、会話もできるし、かわいいから何でもいいのだが、やっぱり少し違和感は感じる。
「何かあったら守ってくれよな。かっこ悪いが、俺は殴ったことより、殴られた経験のほうが多い。戦闘力はほとんど皆無だと思ってくれ。」
「任せてよ!なんでも頼ってね!」
アオイ特製の自虐ネタは、完全にスルー。
その優しさの塊のような発言は、頼もしいが期待していた反応とは違った。
アイオの行こうとしている宿まではもう少しありそうだ。
「こんなに歩いたのは久しぶりだよ。腹が減って倒れそうだ」
「そうなのか。じゃあ、少しそこの店で休憩しよう!」
「ごめん、男の俺が情けなくて」
「仕方ないよ。お腹が減ってはなんやらって言うくらいだし、我慢する必要はないよ。ほら行こう」
そうして、どこまでも優しいアイオが指をさした少し古めな居酒屋のような場所に入った。
「ごめんくださーい」
アオイの少し先を行ったアイオが右手を挙げながら、大きな声で挨拶をする。
それに呼応するように、キッチンのような場所から暖簾を開けて店主であろう人物が出てきた。
「おっと、かわいいお客さんが来たね。お嬢ちゃん、一人で来たのかい?」
「ううん、2人だよ。ほら来た」
「そうかい。それじゃあこっちにおいで」
アイオの三倍以上の体躯を持った人間のおじさんだ。
そんな大きな体から放たれる威圧感を、帳消しにするほどの柔和な笑みを浮かべたこの男の案内で、カウンター席に座った。
背の高い木の椅子に座ったアイオの足は宙ぶらりんだ。
「久しぶりに店なんて入ったな。なかなかいい雰囲気の店だ」
まるで木の中に作ったのかと思うくらい、すべてが木でできた店内は、引きこもりのアオイにとっても心地の良い空間だった。すこし薄暗いが、そこに窓や天井から日の光が差し込んでいて、それも美しい。
「いい店だろ」
「あ、すいませんまじまじと」
「なに、構わない。なんせ、こんな店に入ってくるお客さんなんて、年老いた爺さんか、酒臭いおっさんだけだからな。誰も気にしないさ」
確かに寂れた老舗のような雰囲気をまとっており、種族はさまざまだが、店内にも店主が言うような人しかいない。アオイたちのような若い客は物珍しいのだろう。
「じゃあ、注文を聞こうか。何か食べたいものはあるか?」
「うーん、私たちこの町に来てまだ日が浅いの。だから、あなたのおすすめを頂戴」
「おう。承知した」
店長はアイオのむちゃぶりな注文にも、笑顔で気前よく受けてくれた。
そう言うと、身を翻しキッチンに向かっていった。
「いい人だね、あの店主さん」
「そう、だな」
だめだ。どうしても疑ってしまう。
アオイにこびり付いていまだに取れないよくない癖だ。
どんなにいい人に見えても、あの店長のようにどこから見ても優しそうな人でも、どこか裏で別の思惑があるのではないかと勘繰ってしまう。あのやさしい顔をした店主が、醜悪な表情になるのが思い浮かんでしまうのだ。
これは間違いなく、高校にいたあの美女と家族に付けられた呪いだ。
直さないといけない癖だと分かっているのだが、人と話したりしていると、どうしても心臓が荒ぶってしまう。
「どうしたの?顔色が悪いよ」
「いや、何でもない。今落ち着いたよ」
「?」
なぜだかアイオと話していても、その動機のようなものは発生しない。
彼女がロボットだと知っているからだろうか。
理由はどうあれ、アイオと話していると気が楽になるのは事実だ。当の本人はきょとんとした顔をしているが。
「すごい火が上がってるね」
「どういう原理で燃えてるんだ?あれ」
このカウンター席からだとキッチンで作っている様子が見える。
アオイが知っている電化製品のようなものは見当たらない。
おそらくそんなに文明が進んでいない証拠だろう。
竈やカセットコンロのようなものの上に鍋や窯を置いて、そこで調理をしている。
しかし、その火が不自然に燃え上がったり、弱まったりしている。まるで、店主の心を読んでいるかのようなタイミングで。
「あれは魔法だね」
「やっぱりこの世界には魔法があるのか!」
「すごい驚くね。そうだよ、この世界のとって魔法というものはなくてはならないものだ。こうやって料理屋さんは火属性魔法を使うし、大工さんは風魔法に頼らないとやっていけない。もちろん、騎士さんみたいな戦う人にとっても、魔法というものは戦闘において重要になってくる。あまりに便利なものだから、最近じゃ学校で魔法の授業なんかもあるらしいよ」
なるほど。
この世界での魔法は、わりとポピュラーなものらしい。
確かに料理人からすると、手から火や水が出てきたらそれはもう便利だろう。
そんなことよりも、気になることは、
「魔法って俺も使えるのか?」
アオイだってれっきとした男の子だ。
部屋で一人呪文を唱えたこともあるし、友達と魔法ごっこだってしたことがある。
憧れていないわけがないのだ。
「ちょっと、そんなに近づいたら椅子から落ちちゃうよ?」
あまりの興奮から、アイオ側のお尻の半分が宙に浮いていた。アイオからお叱りを受け、座り直す。しかし、視線はアイオを向けられたまま、返答を待っている。
「魔法は基本的に誰にでも使えるものだから、君にも使えると思うよ。どのくらい使えるかは調べてみないと分からないけどね」
「ほんとうか! ちなみにどのくらい使えるのかっていうのは、」
「魔法は、魔素という体内にあるエネルギーを使うんだよ。そしてその魔素の量は、生まれた段階からほとんど変化しないんだ」
「なるほど。才能にかなり左右されるということか」
「そうだね。才能が九割、いや十割と言っていいね。でも安心して。魔素含有量がゼロの人は歴史上数えるほどしかいない。全く使えないってことはないと思うよ」
その言葉を聞いて肩の力が抜けた。
憧れの魔法が自分にも使えるという事実に、うれしさと安堵が込み上げてきた。
とはいっても、さすがに特訓なしでは使えないだろうから、今はまだ我慢だ。本当は今すぐにでも使いたいが、優先順位はきっちり守る。
と、そんなことを話していると、料理が届いた。
「うわぁ」
そんなありきたりなリアクションが思わず零れた。
こっちの世界ではなんというのかはわからないが、前の世界で言うシチューのような料理だ。
木目の入った気の器の中に浸された白い海には、具材が液面に浮かんでくるほど入っている。
一番最初に目に入った肉は、見ただけで崩れそうなほど煮込まれている。
湯気が上がっており、それが微かに吹いているそよ風によって臭いになって鼻を支配する。乳製品のまろやかで優しい香りに、中に入った肉の確かなうまみの匂いが混ざり合ったことで、食欲の注がれる香りに進化している。鼻よりももっと奥の、脳を刺激する匂いだ。
思わず無意識にスプーンを握っていた。
「「いただきます!」」
目の前にいる店主に向かって手を合わせ、元気よく食前の挨拶をすると、アオイは勢いよくそれを掬った。
木のスプーンと木の器が勢いよくぶつかり、カコッと気持ちのいい音が鳴る。
そのまま、具と汁を同時に掬ったスプーンを口に突っ込む。
「——」
言葉にならなかった。
まだ口に入っているというのもあるが、そうでなくても言葉が見つからない。そもそも、言葉はいらなかった。
何年かぶりに食べた、人の温もりだ。
カップ麺や出前を食べ続けたアオイにとっては、その味は単なる美味しさで測れるものでもなかった。
二口、三口と口に運んでいく。
今のアオイに話す余裕はない。
四口、五口と無言でかきこんでいく。
周りのことなんて見えない。今はこの料理のことしか見えない。
本人さえも気づいていない頬を伝った涙は、店主の優しい瞳だけに映っていた。




