006
人魚……人魚だ。
魚の特徴を持った、人影。人の形を持ってはいるが、それは人間ではなく、尋常ではない。およそ常識的ではない。勢い『人魚』と呼称してしまったが、その単語に思い描くような美しさとはまるで無縁の生き物が、そこに二足で直立していた。
生き物……なのか?
いや、あれは怪物だ――あるいは、怪異だ。
怪異、それは。
恐ろしいほどに悍ましい。
反吐が出るほどに醜悪な見た目だった。
身体が上下しているが、それが呼吸なのかどうかも判別できない。肺呼吸、なのだろうか、鰓呼吸なのだろうか――先ほど百目鬼と吸血鬼の話をしていたばかりではあるが、吸血鬼が人間の理性を蕩けさせるほど魅惑的な容姿で描かれるのと反対に、その人の姿をした魚は……あるいは、魚の姿をした人は、人間の正気を崩壊させるほどに醜悪な見た目をしている。
「空木くん、逃げて!」
「に、逃げてって……」
「早く! 走って! 振り返らずに!」
百目鬼が急かすように言うが、遅かった。
遅きに失した。
というか、速すぎたのだ――人魚が。その動きが。
およそ水生生物の動きとは思えないほどの速度で、怪物が突撃してくる。魚の特徴を有していても、二本の足を持っている以上、まあ、歩くことくらいはできるのだろうとは思っていたけど、いやさか、その怪物の速度は人間はおろか野生動物のそれすら超えていた。アクセルをベタ踏みしたスポーツカーのような速度だった。
不気味な唸り声をあげる、こともなく、ただ無言での突貫。
それがまた不気味だった。
迫る――その様を、僕の目は捉えることもできず、ただ、鈍く外灯を跳ね返す鱗の軌跡を目で追っていた。そして追っているうちに、その怪物は僕らに逼迫していた。
僕らに、というか。
百目鬼に。
僕らはさっきまで二人並んで歩いていたのだけど、怪物に行き会った瞬間に、百目鬼ができる彼氏のごとく僕の前に立ちはだかり、僕を庇って立っていたので――そのせいで、百目鬼が先に怪物と相対することになり、その砲丸のように巨大な拳が、彼女の顔面に向かって振り抜かれた。
バキャッ――という音がした。
ただし、誤解のないように断っておくが、その硬質で水っぽい音が鳴ったのは、百目鬼の頭からではない。
怪物の頭からだった。
相変わらず常人でしかない僕には、その尋常ではない速度での応酬を目で追うことなどできなかったけど、ただ、最終的な成果物を見た上での憶測を話すことしかできないのだが……いや、憶測の前に、ただ目の前で巻き起こった事実のみを話そう――怪物の拳が百目鬼の顔面を捉えたと思ったその瞬間、まさに瞬く間に、逆に、百目鬼の拳の方が怪物の顔面を捉えていたのだ。
クロスカウンター。
というやつだろうか?
そして、バキャッ――と。
嫋やかな少女の拳打にはそぐわない、そんな生々しいまでに暴力的な音が鳴って、そして、怪物は顔面を衝撃に歪ませながら仰け反った。
仰け反った、というのも控えめな表現だ。
正しくは、『さながらバク転のごとくひっくり返った』と表現するべきである。
そして半回転というか、四分の三回転くらいして、うつ伏せに地面に叩きつけられたその怪物の項を、百目鬼は踏みつけた。
ボキボキッ、という、まるで首の骨を鳴らすときのような音が鳴った――『のような』というか、まあ、首の骨が鳴ったのだろう。
この怪物がどういう身体の構造をしているのかはわからないし、身体の構造という概念が当てはまるのかもわからないが、人と魚の間の子なら脊椎もあるのだろうと予想するとすると、たぶん脊椎が砕けたような音がした。
わかりやすく言うなら、首が折れた。
拉げて捩れた首に繋がれた異形の頭部は、光も虚ろに虚空を見ている。人間としては大きすぎる瞳孔を、殊更に拡大して。
ありえない角度に首を傾げるその怪物の姿は、僕に、踏まれて折れた百合の花を想起させた。
「え」
と、僕は言うしかない。
それしか言うことはない。言えることはない。
――え。
である。
これは驚嘆であり、詠嘆でもあった。僕の感情のすべてですらあった。
死んだ……怪物が。
異形とはいえ、生き物が。
死んだ……いや、殺された。
僕はその光景を、画面越しに見ている。
口惜しそうに、恥ずかしそうに歯噛みする百目鬼の横顔を、僕はただ眺めている。
「湖からこんなに離れてるのに人魚が出没してるなんて……」
「…………人魚?」
「そう、人魚。人の形をした魚。あるいは、魚の姿をした人間――どちらが正しいのかは、まあ、今はわからないけどね」
それは――僕もつい先ほど哲学したばかりの内容ではあるにしても。
人魚が、人の形をした魚なのか、魚の姿をした人間なのか――言い換えて、魚なのか人間なのか。どちらも結局は人魚であるという点において、つまり、魑魅魍魎であることにおいて変わりはないし、同時に、生き物であること、生きているナニカであることは変わりないのだけど――命の価値が等価値であることなどわかっているけど、でも、魚なのか人間なのかだと印象がガラリと変わる。
殺したのが――魚か人かでは、印象がまるで違う。
「私が怖い?」
百目鬼は、寂しげな声で問う。
僕に。
「……どうしてそう思うんだ?」
「だって、それが普通でしょ? ――でも不思議だね、空木くんは、あまり怯えてる風には見えないな」
その通りだった。
僕はこの状況でさえ、彼女に怯えていない。百目鬼を恐ろしいとは思っていない。それは本来彼女に感じるべき恐怖を、彼女に抱いている友情が上回ったから――ではなく……単純に、純粋に、僕のゲーム脳がそうさせているというだけの話だった。
でも、そのことを説明することはできない。
僕が百目鬼に怯えていないことを、僕は彼女に説明できない。
僕はいつの間にか、魂が身体から離れ、浮遊して僕自身を俯瞰していた。
もちろん、比喩として。
俯瞰したゲーム画面の中で、僕という主人公キャラクターは、どうとでも取れるような愛想笑いを浮かべていた。
咄嗟に顔を手で覆う。唇は勝手に形作られていた。
作り物めいた笑みを浮かべる僕を、百目鬼が見ている。
「――そんなわけないか。そんなの、私に都合のいい妄想だよね。怖くないわけないもん。忘れて、空木くん。今日のことも、私のことも」
百目鬼はふっと笑った。
本当に綺麗な笑みだった。まるで誂えたように。
そんな作り物の表情を向けられる気分が、今やっと理解できた。
「違う。百目鬼、ごめん。今のは違う」
「ううん、なにも違わない。それであってるよ」
「なにもあってない! 聞いてくれ、僕はお前を今でも友達だと思ってる! なにも変わらない!」
「空木くん、優しさはいつだって美徳だけど、でも、時になにより残酷な側面を持つんだよ」
「いいから聞け!」
張り裂けるほどに叫んだ。
ゆっくりと後退しながら去っていく百目鬼に追い縋ろうとして、そこに転がっていた怪物の死骸に躓いて転んだ。惨めだったけど、それでも僕は立ち上がった。
立ち上がって、百目鬼の腕を掴む。
少女の細腕だった。
「怖くないって言ってるだろ。お前のことなんてちっとも怖くねぇよ。なめんな。それに、忘れろだって? できるわけねぇだろ。今夜のことは、夢だとかなんだとか後でいくらでも誤魔化せるかもしれないけど、お前のことは忘れられねぇよ。友達だって言ったろ! 僕にとって、たったひとりの……ただひとりの友達だ――ひとりしかいない友達のことを忘れる奴なんていねぇよ。それくらいわかれ、優等生」
「……無茶苦茶だね――あのね、空木くん。これは残念なことに夢じゃないんだよ。私がその気になれば、空木くんを屋根の上まで投げ飛ばすことだってできるんだからね」
「だからなんだよ。それで僕が怖がると思ってんのか?」
「……カッコつけるなぁ。ひょっとして私のこと好きなの?」
「お前のことは大好きだよ――だから、説明してくれ。全部じゃなくていい。知ってることだけでいいし、説明できる部分だけでいいから」
百目鬼は暫く懊悩したあと、振り向いて笑った。
彼女にしては珍しい、唇が引き攣った不格好な笑みだったけど、さっきの偽物の笑みよりずっとずっと素敵だった。
「敵わないなぁ。童貞くんのくせに」
「今カッコつけてるところだから、その話を蒸し返すのやめろ」
「カッコつけさせたくないんだよ、友達だから。好きになっちゃうじゃん」
言って。
言って射って。
百目鬼は唇を震わす。
「空木くん、聞いてくれる?」
「ああ。なんでも聞くよ」
「ありがとう。驚いてくれていいよ」
あのね――
と、百目鬼は一度言葉を切った。僕を見る彼女の瞳は不安に揺れている。それから祈るように目を瞑った後、意を決したように破顔した。
果たして、彼女の放った言葉とは。
「実は私、人間じゃないんだ」
それが。
心臓を貫かれるまでに発した、百目鬼小夜の最後の言葉になった。
――トン、と。
気が付いたら尻餅をついていた。
あまりにも脈絡のない展開に僕は記憶が飛んだのかと思った。
それから次に思考を過ったのは、宣言通り、百目鬼によって屋根の上まで投げられた可能性だった――ポイっと、掴んだ腕を手繰って、屋根の上まで、シャボン玉のように。
違った。
しかし近からずも遠からずだったようで、僕の身体を襲った衝撃の正体は、どうやら、百目鬼が僕を咄嗟に突き飛ばしたものだったらしい。
はて、どうして僕は突き飛ばされたのだろうか。
なにか気に障ることでもしてしまったのだろうか。和解の雰囲気ではなかったのか、キスまである展開だと覚悟していたのだけど、と思いつつ、尻餅の衝撃から回復して、百目鬼の方へ視線をやる――そして初めて、胸の真ん中から鱗の生えた腕を生やした、彼女を見た。
胸の中心、心臓の位置だ。貫通した鱗まみれの腕が止血に役立っているのか、出血の量は大したことはない。
「ゴハッ――」
百目鬼が血を吐いた――そして、無情にもずるりと腕が引き抜かれた。
百目鬼の胸元から溢れる血の量が一気に増えた。
「! 百目鬼――」
と、僕は支えを失って前のめりに倒れそうになる百目鬼の身体を支えようとしたが、間に合わなかった。その程度のことにも、僕は間に合わなかった。ぐしゃり、と、手を着くこともできないまま倒れて、百目鬼はそのまま動かない。
そして倒れた百目鬼の背後から、そいつは現れた。現れたというか、まあ、元々そこに立っていたのだけど。
人魚。
人の形をした魚、あるいは魚の姿をした人間。
神が姿を似せて人を創ったのか、人が姿を似せて神を作ったのか――いや、そんなことはどうでもいい。今はどうでもいい。
人魚が……怪物が、どうしてここにいる?
今、たった今、首を圧し折って倒したばかりじゃないのか?
まさかあれで死んでなかったなんてことが……。
いや、先ほどの怪物は死んでいた。僕の背後にその亡骸が転がっていた。やっぱり、折れた百合の花を思わせる様相で。
だから、今僕が相対しているのは、二匹目だ。
二匹目の、人魚だ。
「冗談だろ……」
悪い夢のようだ。
こんな怪物が二匹もいるなんて。
でも、僕という人間はその特性上、どうしたって現実逃避ができないわけで、この悪夢のような現状にも正面から相対さねばならない。夢だとは思えない。
百目鬼が死んだ、という事実も。
百目鬼が死んだ。心臓を貫かれて。即死だ。間違いない。その事実に悲嘆や怒りを感じる暇はないし、なんなら、冷静に受け止めてしまっている自分がいる。
「――げて……」
囁き声が聞こえた。
それはどうやら、地面に伏した百目鬼から聞こえてくるようだった。
「百目鬼? 生きてるのか?」
怪物に警戒を向けながら、百目鬼にそう呼びかける。馬鹿なことを言っていると思うし、ありえないことを言っているとも思った。生きてるはずがない。心臓を貫かれたのだ。即死は、まあ、過剰表現だったとしても、声を出すことだってできるはずがなかった。
百目鬼が、人間なら。
「に、げて………………逃げて…………早く……」
しかし、彼女は声を出していた。振り絞るように。引き絞るように。
逃げて、と。
そして、その言葉に相反するように、その細腕が僕に向かって伸びる。どういう意味で腕を伸ばしているのか――僕には、助けを求めているようにも見えた。
ただ、どうにしろ間に合わなかった。
僕はなににも間に合わない。
僕が逃げるよりも早く、百目鬼の手を取るよりも早く、怪物の足が、百目鬼の頭を踏みつぶした――頭というのはそんな簡単に踏みつぶせるものなのか、と愕然とするほどにあっさりと。簡単に。胡桃が割れるような音がした。
そしてとうとう、百目鬼は動かなくなった。
こちらに向かって伸びていた手は、力を失って地面に落ちる。
それは悪夢よりも悪夢的な現実だった。
もしもここで僕が、失意と恐怖の中、思考を手放し、現実と直面することを諦めてしまっていたら、僕は続いて振るわれた怪物の剛腕にあっけなく薙ぎ飛ばされ、ミンチになって死んでいたのだろうから、そのあたりは運がよかったというか、僕のゲーム脳が『才能』としての真価を発揮した一場面なのだろうけど――とにかく僕は、百目鬼の死を確認すると同時に逃走を開始した。間違っても闘争を開始しようとは思わなかった。
逃げる。
走り出しこそ、縺れて寄れて、情けない姿を見せてしまったが、途中からは陸上選手もかくやという姿勢で、夜の町を駆けた。疾走した。
民家に駆け込んで助けを求めるという策は、思い浮かんだが実行しなかった。被害が拡大するだけだと理解していたからだ。目指すのは交番だ。民家にある武器じゃ抵抗できなくても、拳銃ならばあるいはと思ったのである。
直線ではこの怪物に一瞬で追いつかれてしまうことは、先の一幕で容易に想像がついたから、なるべく角を曲がりながら走る。
走る。
そして、一生にも思えた実時間にして五分ほどの遁走劇の末、僕はどうにかこうにか交番に辿り着いた。
背後から迫る怪物の気配に尻を叩かれたのか、たぶん、自己ベストを余裕で更新するような疾走だった。火事場の馬鹿力というか、人間、追いつめられるとなんでもできるのだな、と――そんなことを思いながら交番に駆け込んだ。
「助けてください! なんだかよくわからないけど、襲われているんです!」
いきなり怪物がどうこう言っても対処はしてくれないだろうと、そんな気を利かせて、まるで暴漢にでも襲われているかのような態度で交番に駆け込んだ僕だったけど――でも、そんな気遣いはたぶん無用だった。
たぶん、というか……まあ。
無用で、無駄だった。
「は――?」
交番に駐在さんがいなかったのである。
駐在さんだったものはいた――というか『あった』が。
駐在さんはとっくの昔に肉塊になっていた。
その代わりのように、交番の中を真っ赤な血の海の染めて、その海の中こそ本来の住処だと言わんばかりに、巨大で、強大な人魚が、堂々と蟄居していた。
三匹目、である。
絶望というものを、僕は十七年というそれなりの期間の人生の中で幾度か味わってきたつもりだったけど、それらはすべて子供騙しだったと断言できてしまうくらい、この状況は絶望だった。
そして当たり前のように、その怪物は僕に向かって襲い掛かる。
「……っ!」
僕は弾丸のような速度で向かってくるその巨体を、ただの直感で避けた――つもりだった。
だけど、その巨体のどこかしらが、身体を投げ出すように前転した僕の脚に掠ったらしい。
「ぎゃっ――」
というのは、僕の悲鳴だったし、そして効果音でもあった。
その鱗まみれの皮膚に触れた僕の右脚が「ぎゃっ」と、持っていかれた。
ズボンが、皮膚が――そして肉が。
一瞬にして削られて、僕の右脚は、まるで強烈な酸でもかけられたかのように、骨がむき出しになっていた。
「――ッッてぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!」
大声で叫ばなければ、意識が飛んでしまう気がした。
それほどの激痛。
もはや痛くないのではないかと脳が錯覚してしまいそうなほど、痛かった。
ただ、痛がっても叫んでも、怪物は僕の事情など斟酌してくれない。
僕と交差して、交番の外に、夜の闇の中に突っ込んでいった人魚が、帰ってくる。のしのしと。悠然と。
僕は立てない。
立てないことをわかっていて、あの怪物は悠然と歩いているのだろう。むかつく話だが、理には適っていた。
僕はことここに至っても現実逃避しない。
最後まで生き足掻く、生き汚く足掻くために、せめてなにか奴に投げつけてやろうと、手で周囲を探る。
その手が、掴んだ――希望を、そして拳銃を。
銃には詳しくないから名前はわからない。
回転弾倉が付属しているから、たぶんリボルバーというやつなのだろう。
僕は創作物の知識に倣って撃鉄を下ろし、引き金をひと思いに絞った。
ガキンッ――と。
ビギナーズラックか、弾丸は一発で怪物の眉間を捉え、そして、硬質な鱗に阻まれて跳弾した。交番の天井に弾痕を残す。
「……スーパーマンかよ」
呆れて、怒る気持ちにもなれなかった。
一応、無駄だとは思いつつも、拳銃に込められた残りの五発を全部打ち尽くしてみたが、内当たった三発も、全部が全部弾かれた。
怪物が迫る。
首を掴まれて、持ち上げられる。
野生動物は、しばし獲物をいたぶって遊ぶことがある、というトリビアを思い出した。
「……お前、改めてこうして近くで見ると、とんでもなく気持ち悪いな」
言ってみた。
まあ、辞世の句みたいなものだった。
そして、その拳が僕の鳩尾に突き刺さる――文字通り突き刺さる。皮膚を食い破り、横隔膜を破壊して、背中まで貫通した感触があった。
これに関しては、本当に痛くもなかった。
喉奥からなにかがせり上がってきて、耐え切れずに吐き出すと、それは血の塊だった。思ったよりも赤くなくて、どす黒い色をしていた。
拳が引き抜かれる。
身体の真ん中に空いた穴から、血が噴き出る。
「………」
どういった仕組みなのかは理解していないけど、急速に意識が遠のいた。
目を瞑ればそのまま死んでしまう気がして、瞬きもしなかった。
怪物が、ニィと嗤う。
本当の本当に気色の悪い笑みだった――から、その首がいきなり刎ね飛んで、ゴトリと地面に墜落したとき、その光景を瞬きすることもなく眺めていた僕に最初に去来した感情は、ざまあみろ、だった。
「リンネ!」
そんな声が聞こえた、気がした。
既に僕の視界は霞んでいて、耳は遠くなっていて、だから、気のせいだったのかもしれないけど、きっと気のせいじゃなかった。
僕を掴んでいた怪物が死んで、地面に放り出される。
呼吸の仕方もわからなくなっていたが、その必要はなかったのが幸いだった。
誰かが僕に近づいてくる。
その気配だけを感じる。
「………………ご…ん……おそ……………もう…………やん」
なにか言われた気がして、返事をしようと思ったが、喉に血が詰まっているせいでできなかった。
冷たくなっていく身体、遠のいていく意識――それらを、僕はやっぱり、画面越しに見ている。
そしてゲームの電源が引っこ抜かれるように、僕は命を落とした。




