019
「――というのが、ここまでのあらすじだ。どうだ百目鬼、およそ信じられねぇだろ」
そして始まった五周目。
僕は予定通り十八日の夜に葛霧には声をかけず、百目鬼に電話をして、こうして十九日の朝からふたり揃って喫茶店でサボタージュを決め込んでいるのだった。ちなみに、百目鬼は相も変わらず制服姿だ――僕はいったいどういう状況になれば、こいつの私服姿を見ることができるのだろう?
「うーん……まあ、信じろと言われて素直に信じるのは難しい内容かな、さすがに」
と、百目鬼は注文したウインナーコーヒーを手の中で弄びながら答える。
このウインナーコーヒーなる飲み物も、見るのは三度目だ。いい加減胃もたれしてくる頃合いである。
「『セーブ&ロード』ね……で、五周目か――うん、それは頑張ったねのお疲れさまだね。こういう場合、どうやって労うのが正解なのかな?」
「三周目のお前は、ポールダンスで労ってくれると言っていたぞ」
「嘘を吐くその舌、引っこ抜いてあげようか?」
目がマジだった。
僕も僕で時間移動による捏造を持ちネタにしようと画策しているところではあるが、百目鬼も百目鬼で舌を引っこ抜く云々を鉄板ネタにしようとしているのだろうか――というか、嘘吐きの舌を引っこ抜くのは鬼ではなく閻魔様の役割ではなかったか?
まあ、どうでもいいか。
「嫌だな百目鬼、ちょっとした冗談じゃないか」
「嫌なのはこっちだよ、絶対にね」
咄嗟に阿ってみたが、百目鬼は冷たく言い返してきた。
痺れる言い回しだぜ。
「まあ……だから、そういう軽口がさ――言い換えて、言葉が軽いところがさ、空木くんの言葉を軽々には信じられない理由なんだけど。私だって友達のことを信じてあげられない自分が情けないけどさ……空木くん、信じてもらえない自分のことも、情けないと思ってほしいな」
「恥ずかしいとは思ってるよ」
「はあ…………口だけは立派なんだから――確認するね? 今の話、冗談じゃないんだよね?」
「おいおい、知ってるだろ? 僕は冗談なんて口にしないって。唯一口にすることがあるとすれば、マイケル・ジョーダンの名を呼ぶときくらいなものだぜ」
「ぶっ飛ばされたいのかな? 鬼の怪力で」
「怖ぇよ」
ちょっと冗談を言っただけじゃないか。
どんだけ余裕ないんだよ、こいつ。
「余裕があり過ぎなんだよ、空木くん――ちょっと、追い込まれてる人間には見えない。四回も死んでいる人のそれじゃないよ、空木くんの態度」
「うん……まあ……」
それはたぶん――たぶんというか確実に、僕のゲーム脳が多分にして影響しているのだと思うけど、そのことを彼女に説明するのも躊躇われる。
別に僕のゲーム脳について百目鬼に説明していもいいのだけど、単純に面倒だ。既に『セーブ&ロード』とか普通に頭のおかしい情報を詰め込んでいるにも関わらず、君の友達は現実をゲームだと認識して生活していますよ、なんて、どんな顔して言えばいいのやら。
「とにかく、信じられないのはわかるけど、もうそれについては信じてくれとしか言えない」
「信じてくれ、か……嘘はないって、空木くんは言うんだよね?」
「言うだけなら、僕は人生で一度も嘘を吐いたことがないと言える」
「どうして簡単に信じさせてくれないかな……空木くんが真摯に嘘はないって言えば、私はすんなりと信じるし――そのことを空木くんだってわかってるでしょ?」
「友情を笠に着て信じさせるなんて、友情の悪用だろ――いつだったかこんな議論をしたけど、僕はお前との友情を本物だと思ってる。だから、悪用はしたくない」
「……私は、空木くんに自分の正体を隠してたんだけど」
「友達だから、隠し事くらいするだろ。借りを作ることもあるし、恩を返せないことだってあるはずだ。迷惑をかけることもかけられることもあるはずだ。それでいいし、それが普通なんだよ――でも、どうしてもお前がそれで納得できないなら、百目鬼、僕は既にお前の正体を知ってる。だから、僕らはもう友達なんだ、本物の友達なんだ――って、そういう風に納得しておけ」
表情ひとつ変えずに、僕は詭弁言った。
口八丁手八丁――それは僕という異常者が人間社会に解け込むために獲得した特技のひとつだ。十何年も欠かさずに磨いてきたこの技は、結構な腕前であると自負している。嘘を吐いてはいけませんと教えていくれる大人が、僕にはいなかったのだ。
「じゃあ、空木くん――友達だから、空木くんのことを信じてもいいんだよね?」
真っ直ぐに、百目鬼は僕を見つめた。
それを受けて、僕は肩を竦めて答える。
「僕の長所を知ってるか?」
「嘘を吐かないこと?」
「いや、下半身を見ただけで女子を特定できることだ」
「最低だよ」
「厳密には、ヒップのラインと太腿の太さと膝裏を見て判断している。百目鬼、お前の下半身も、既に空木データバンクに登録済みだぜ」
「死んで」
「死んでもループするだけだけどな――つまりだ。僕が嘘を吐いてるかどうかなんてどうでもいいじゃないか。これはお前が僕を信じるか、信じないかの話なんだから。信じる信じないの話に、騙す騙されるの話を持ち込むなよ。友達を信じるなら、騙される覚悟で信じてくれないと――じゃないと、友達甲斐がないだろ?」
呆気に取られたような、百目鬼の顔。
ああ、そりゃあ、いい見世物だろうさ。
こんなことを言うのは初めてだ。こんなことを思うのも初めてだ――つまり、やっぱり口先三寸の言葉でしかない。
だけど、百目鬼――本心だとも思うんだよ。
信じるか信じないかはお前次第なんだ。
だけど、信じるなら疑わないでほしい。
だって、僕らは友達じゃないか。
「……わかった、信じるよ。今度こそ、友達として信じるよ。その信じられない話を。騙されたと思って、騙されてあげる」
「ありがとう。お前のそういうところが、僕は大好きなんだ」
「友達としてね」
そう、友達として。
僕のたったひとりの友達として、百目鬼を選んでよかったと思う。常々思う。そして、そう思わせてくれる百目鬼のことが、僕はいつだって大好きだ。
「じゃあ、百目鬼が僕を信じてくれて、正式に仲間になってくれたところで――作戦会議に移ろう」
「今夜は人魚を三匹倒すだよね? で、明日の夜は龍を倒す――その……吸血鬼の葛霧さん? との合流はどうするの?」
「夜になってからだけど、あいつがどこにいるのか、大体の場所は把握してる。だから合流は問題ないと思うが……問題は、どうやって血を飲ませるか、だよな」
「それから、龍をどうやって倒すか、だね」
血を飲ませる方は、まあ、その場のノリというか、なんやかんやでなんとでもなりそうなイメージがあるが、しかし、龍をいかに倒すかに関しては――そればっかりはノリで解決する問題とは思えない。
「葛霧は深夜になれば龍を倒せる自信があるとか言ってたけど……でも、深夜になる頃にはとっくに百鬼夜行が始まっちゃってるんだよな」
「うぅん……」
「人魚の行軍をなんとか足止めして、深夜までどうにか時間稼ぎしたいところなんだが――百目鬼、なにか、人魚を効率的に退治できる方法とか、あるいは一時的にでも退ける方法とか知らないか?」
それは、明け透けに言うと、水無月が二周目の世界で使っていた結界なるものを、百目鬼も張れないかと思っての言葉だったのだけど、しかし、その期待は百目鬼の、
「結界術を望んでるなら、それは無理だよ」
という言葉によって、粉々に打ち砕かれた。
「人魚はそもそも邪悪な怪異というわけでもないから、別に退治された伝説があるわけでもないんだよね。日本に残る風説では、ほとんどの場合に食材として登場する怪異だから――まあ一応、聖徳太子がお寺を建てて人魚を成仏させたっていう伝説はあるにはあるけど……」
「聖徳太子が?」
「聖徳太子は知ってる?」
「さすがにそれくらいは知ってるわ。ふざけんな――いや、でも、人魚伝説と縁があるとは知らなかったな。人魚のために寺を建てたのか?」
「滋賀県繖山の頂上にある観音正寺っていうお寺をね。昔は人魚のミイラを保管してたらしいけど、火災で焼失しちゃったんだっけかな?」
「はあん……寺を建立して成仏、ね――いや、その情報は有用ではあるけど、さすがに今から明日の夜までに寺を建てることはできんな」
「それに、そもそも人魚じゃないんでしょ?」
そうだった。
そもそも人魚じゃないのだ、あの怪物どもは――人魚ではなく、龍の眷属。
「龍殺し、か……百目鬼は『神殺しと同義だ』とか言ってたけど、まあこの際、神だろうとなんだろうと殺すしかないとして……龍ってどうやって殺すんだ?」
「龍殺しは日本でも海外でも英雄譚だよ。つまり、本来は英雄にしかできないことなの。それこそ、私の先祖の仇である藤原秀郷とかは、龍殺しの逸話を持っていたかな? まあ、とにかく、特別な人間が特別な武具を使って為すようなこと」
「勝てないのか? 葛霧は深夜なら殺せるって言ってたけど」
「それも怪しい話だよ。さしもの吸血鬼とはいえ、龍に勝てるかどうか」
「でも、弱点とかあるんだろ……ほら、なんだっけ? 逆鱗? とかなんとか、龍にはあるって聞いたことがあるんだけど」
龍の喉の下には一枚だけ逆さに生えている鱗がある。
それが龍の弱点であり、それに触れると龍が激しく怒るため、目上の人を激しく怒らせることを『逆鱗に触れる』と言うそうだ。
そんな使えないトリビアが使える場面かと思ったのだけど、しかし、百目鬼はゆるゆると首を振った。
「逆鱗っていうのは『触ると龍が怒る場所』というだけであって、別に『弱点』ではないんだよ。そもそも、逆鱗っていうのは中国で生まれた中国の龍に適応される言葉で、日本の龍にその理屈が適応されるかは、とても微妙なところかな」
「……葛霧がスーパー強い吸血鬼で、龍なる生き物をけちょんけちょんにしてくれることを期待するしかないってことか」
「あるいは……」
と、ここで百目鬼は言葉に詰まる。
珍しくも口幅ったい彼女の口吻に、僕は首を捻って続きを促す。
「龍を倒すことを諦めるという作戦もある」
「諦める? どういうことだ? ――ああ、もしかして、明日の夜までに町の人全員を町外に避難させるとか、そういう話か? それこそ無理だぞ」
「違う違う、そうじゃなくて――龍が人を襲っているっていうことは、龍はこの町の人に対して怒っているっていうことでしょ? なら、その怒りを鎮めて百鬼夜行をやめてもらいましょ、っていう、そういう作戦」
「やめてもらう……」
「つまり、説得」
「説得ね……ここまで来てそんな温い決着、観客も冷めること請け合いだけど、でも、まあ、平和的といえば平和的だよな。でもって、平和に勝るものなしだ――説得……交渉か……まあ、適任は僕だろうな。口から先に生まれてきたような人間だ、僕は」
「いや、そういうことじゃなくてね」
「?」
「だから――」
と、百目鬼は言いづらそうに目を泳がせる。
それから、意を決したように僕の目を見て、真っ直ぐ見て、言った。
「人身御供だよ」
「……人身御供って」
「生贄のこと――人の命をひとりぶん差し出して、差し当たって一年間、この町の人間を襲わないでくださいってお願いするの。それが日本の習わしなんだよ。悪しき風習とも呼ぶべきね」
ああ、なるほど。
それはたしかに言いづらいだろう、彼女にとって。
ひとりの人間を犠牲に大勢の人間が助かるなら、それこそ最良の選択なのではないだろうか、なんて、僕みたいな非人間的な人間は思ってしまうけど、でも、百目鬼のようにどこまでも人間的な非人間は、積極的に選びたい選択肢だとは思わないはずだ。
悪しき風習。
僕に至っては、まったくそんな風には思わないのだけど、しかし、客観的に考えて、小の虫を生かして大の虫を助けることが必ず賛同を得られる考え方でないことも理解できる。
「でも、それしかないならそれを選ぶしかないことだってあるよな――人身御供っていうのは、どんな人間を捧げるべきなんだ?」
「……一応、習わしとしては、未婚の処女を捧げることが多いかな」
「決め方は?」
「……伝説では、人身御供になるべき人の家の屋根には白い羽の矢が立てられるみたいだよ」
「文字通り、白羽の矢が立つってことか」
「文字通りっていうか、原義なんだけどね」
百目鬼はウインナーコーヒーを口にした。
しばらく口をつけていなかったそれはホイップクリームがコーヒーに完全に溶けてしまっていて、冷めていたのか、百目鬼は「温っ」と呟いた。
それから、真っ赤な舌で唇をチロリと舐める。
妙にエロティックな仕草だ。
「自分で言っておいてなんだけど、やっぱり人身御供作戦は反対。生贄なんて許容するべきじゃないよ。生贄も犠牲も……空木くんだって、妹ちゃんが生贄に選ばれたら、納得できないでしょ?」
「半々だな」
「半々なんだ……まあ、いいけど――でも、やっぱり生贄作戦は実行したくない。せっかくのループ能力なんだから、完全完璧なハッピーエンドを見たいじゃん」
まあ、それはそうだ。
妹のことなんざ嫌いだが、だからといって、好き好んでデカいだけの蛇にくれてやるつもりはない。
「じゃあ、やっぱり、戦って勝つしかないってことなのかもな」
「頑張って戦うよ」
「ああ、僕も頑張って応援する――差し当って、まずは今夜の人魚討伐からだな。作戦名『三匹の人魚・リベンジ』だ」




