表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/25

018

「それで大慌てで戻ってきたん? ――なんちゅうか……ご愁傷様? お疲れ様?」


 ()()()()()――夜。

 前周と同じように僕の血を吸った葛霧は、僕の膝の上でそんなことを言った。曖昧な表情をしながら。いかにも胡乱というか、なにか言いたげな口調だった。


「そやかていきなり包丁で自分のこと刺すなんて――びっくりしたと思うよ、その世界の私も。どんだけ妹のこと好きなん、リンネ」


「うるさいな。殺すぞ」


「死なんて」


「じゃあ、キスで黙らすぞ」


 というのはもちろん冗談だったのだけど、しかし初心な葛霧は頬を染め、大わらわで僕の上から立ち退いた。

 夜の月に照らされて凛と立つ彼女の姿は、僕に一本の月下美人草を思わせた――なんていうことは、もちろんない。そこまでリリカルな男子じゃない、僕は。そもそも月下美人草なんて見たこともない。『月間美人』という()()は見たことがあるが。僕の広辞苑のカバーの中身は、一時期の間ずっとそれだった。

 ちなみに、僕の大切な『月間美人』は妹の折紙に発見されて、それはそれは大変なことになった。当時はマジで冷や汗を滝のごとく流したものだが、今ではいい思い出だぜ。


 それにしても……ドレスだ。『月間美人』にも登場しなかった、ガチの西洋ドレスだ。

 葛霧あにめという少女を飾るにあたって、これほどの一品はないだろうという、まさしく誂えたかのような逸品だ。

 前周の僕はこれをジャージ姿に着替えさせようとしていたけど、それはまったく余計なお世話だったのかもしれない。赤は女の攻撃色――葛霧の戦闘服は、この赤いドレスで構うことなどないのかもしれない。


「そやけど実際、ちょっとびっくりしてる――サヨが死んだときは平然と『最良の選択を~』とか言うてたのに、妹が死んだらすぐに自殺を選ぶんやから、意外やわ」


 僕から距離を取って、また優位も取り返した葛霧は、意地悪にニマニマと笑いながらそんなことを言ってくる。

 うるせぇな。ガチでキスしてやろうか。

 僕が唇を尖らせて近づけば、悲鳴を上げて逃げるくせに。


「百目鬼のときと折紙のときじゃ、状況が違うだろ。百目鬼が死んだときは、僕は死んだってもう一度戻れる確証はなかったんだ。逆に、折紙のときは確実に戻れる自信があった。死んでほしいくらいの妹だけど、さすがに家の中で死なれたんじゃ寝覚めが悪い。すぐに自殺するのが最良の選択だったんだよ」


「そうかな? 最短ではあっても最良とちがうと思うけど――どうせやり直すんやったら、湖の龍がどんな感じなのか、最低限それだけでも見てから戻ったらよかったんちゃう? それせなんだせいで、私とサヨは龍に初見で挑まなあかんのやけど」


「……理屈っぽくて嫌な感じだな」


 ロジカルマンか、お前は。


「いや、責めてるんとちがうで。妹が死んだから慌てて、冷静さを欠いて、無我夢中で戻ってきたって、普通のことやし。ただ、どんなときでも冷静ぶってるリンネも、妹のことに関しては例外なんやなって思ただけ」


「……あいつのことは嫌いだよ」


 なんとか、それだけ言っておく。

 言い返したというか、言い訳をしたみたいな構図になってしまったが、まあ、構うまい。空木倫禰という人間は、ひとりで完結した存在だ。僕は僕であり、僕でしかない。僕が妹を嫌っていると言うのなら、思っているのなら、それが事実なのだ。


 折紙のことは嫌い。

 大嫌い。

 死んでほしいとすら思っている。


 ただ、人魚に殺されるのは別だ。それは……そう、納得がいかない。あいつを殺すのは僕の役目なのだ。ぽっと出の人魚ごときに横取りされては敵わない。


「まあ、とにかく、対策を練ろう」


 と、僕は立ち上がる。

 高揚した精神、浮足立った心、纏まらない思考が、段々と収斂されていく感覚があった。時間が経って落ち着いてきたのか、あるいは、吸血にそういう作用があるのか。


 制服の尻についた土埃を払っていると、葛霧が「対策?」と首を捻る。

 相変わらず鈍い。


「四匹目の人魚への対策だ――本来、あの時間軸、あの場所に人魚が現れることはないんだ。妹が襲われることだってない」


「それってどうなん? ほんまに? だってリンネ、一周目も二週目も、あの夜以降、家に()んでないろ?」


「たしかに家には帰ってないけど、でも、玄関が破壊されてたら近所の人がさすがに気づくだろうし、警察だって呼ばれるだろうし、そうなったら僕に連絡が来てないのは不自然だ」


 だから本来は、つまり一周目と二周目の世界線では、僕の家に人魚が襲撃してくるなんてことはありえないはずなのである。

 そもそも四匹目の人魚だって、いるはずがないのだ。

 いるはずのない人魚がいたということは、未来が変わってしまったということである。


「考えられるのは三パターン――僕のループ能力が厳密にはループじゃないか、敵の龍も僕と一緒にループしていて行動を変えてきているパターン、そして、僕の行動のせいで未来が変わってしまったパターンだ」


 前ふたつの可能性は、できれば考慮したくない。

 何故って、そうなればほとんど詰みだからだ――いや、まあ、詰みは悲観しすぎかもしれないが、しかし、僕だけが時間を行き来してやり直しできるという優位性がなくなってしまうことになる。

 だから、それは考えたくない。


 考えるべきは三パターン目だ。

 僕の行動のせいで未来が変わってしまったパターン。バタフライエフェクトとは言わずとも、なにかもっと直接的な原因で、四匹目の人魚が現れたと考える――とすると。


「いや……逆か?」


「逆?」


「四匹目の人魚は、現れたんじゃなくて――殺されなかったから生きていた、のかも。ああ、そうだ。たぶんそうなんだ……二周目の世界では、僕の家を襲う前に殺されていたはずの人魚なんだ、あの腐れ人魚野郎は」


「ん? どういうこと?」


「二周目と三周目の世界で、行動を変えたのはお前だけだ、葛霧――だから、二周目の世界では、二十日の夜にお前も人魚を狩っていたんだよ。二十日の夜に出没する人魚は最初から三匹じゃなかった。四匹……いや、それ以上いたんだ。で、葛霧はそれを狩っていた。僕と百目鬼はお前が討ち漏らした三匹を殺しただけなんだ」


 それで、辻褄が合う。

 考えても見れば、十九日の夜、葛霧は本来どこでなにをしていたのだろう、という疑問があるのだ。夜しか活動できない彼女は、逆に考えれば、夜には絶対に活動しているはずなのである。


「本来はそのはずなのに、僕がお前に未来の記憶を授けてしまったせいで、未来が変わってしまったんだ。百鬼夜行は二十日から始まってたんだよ。お前がそれを防いでいてくれただけなんだ」


「つまり……私のせいってこと?」


「いや、僕のせいだ――僕のせいだけど、これはまだ取り返しがつくミスだ」


 僕のループ能力の前に、取り返しのつかないミスなんてない。

 ミスったならば、やり直せばいいだけの話なのだから――ゲームみたいに。


「まあ、私が明日の百鬼夜行を止めたらええだけの話やもんね。討ち漏らした三匹は、同じくサヨに倒してもろたらええし」


「いや、それは無理だ」


「なんで?」


「未来の記憶を持ってしまっているお前は、もう二周目の世界のお前とは別人だ。行動はどうしたって変わるし、行動が変われば、討ち漏らす人魚も同じじゃなくなる。このまま二十日の夜を迎えるのは、不確定要素が多すぎるんだ」


 それこそバタフライエフェクトみたいなものだ。

 二周目の世界で葛霧がどこで人魚狩りをしていたのかわからないし、わからないのは今の葛霧も同じ。未来の記憶が影響して、別の場所に行ってしまっては人魚狩りはできないし、それどころか、戦闘スタイルが少し変わるだけでも未来が変わってしまうのだ。


「そやけど、それなっとーしたらええの? もう血ぃ飲んでしもたし、忘れろって言われても忘れられやんのやけど」


「……まあ、忘れてもらうしかないだろうな」


「せやから、忘れられるものちがうんよ」


 葛霧は腰に手を当てて「話聞いてた?」とばかりに頬を膨らませる。

 やっているのが美少女じゃなかったら、ただの痛々しいジェスチャーだが、彼女がやると映えるのだからやるかたない。所詮は世の中見た目が十割だ。


「いや、忘れさせるのは簡単だ」


「どうやって?」


「普通に、今この場で僕が自殺してやり直せばいい。お前に血を飲ませなければ、お前は未来の記憶を得ることはできない。から、二十日の夜の夜も二周目の世界と同じ行動をしてくれるはずだ。で、討ち漏らした三匹は百目鬼が殺す。つまり、二十日の夜までは二周目とまったく同じ行動をする――この方法を取れば二十日の夜はやり過ごせる」


 逆にそうしないと、二十日の夜を確実に乗り越える方法がない。

 いったい何匹の人魚がどこに出没するのか、僕は知らないのだ。知らないことは対策のしようがない。


「そやけど、ほいたらリンネ――このタイミングで私に吸血されなんだら、私がリンネに協力できやんよ? この十九日の夜を逃したら、次、私とリンネが会えるのは二十一日の夜――サヨが死んだあとになる」


「それより先にどうにかして会えないか? ――昼に活動できないお前は、昼の寝床というか、(ねぐら)があるはずだろ。二十日の夜を乗り越えたあと、僕がお前に会いに行けばいい。お前の塒はどこだ?」


「塒っていうなら、乙女の寝室を――ていうか、それはまだ決まってない。昼の内はどこに隠れるか、今から探そうと思っててん」


 となると……。

 となると、だ――やはり、今から葛霧に塒を決めてもらって、過去に戻ってそこを訪れるのはやっぱり不可能。未来の記憶を持っている今の葛霧が、未来の記憶を持っていない葛霧と同じ場所を塒に選ぶかどうかわからないからだ。


「……過去に戻って、で、葛霧に話しかけず、こっそり後をつけて塒を特定して、二十日の夜が過ぎてからお前に会いに行くっていうのはどうだ?」


「無理とちがうかな? 私、そこの角を曲がってリンネから見えやんくなったら、霧になって町を散策するつもりやったし」


「あ、そう……」


 霧になれるのか……まあ、なれるよな、吸血鬼なら。

 というか、なるほど――二周目の世界で、角を曲がったばかりのはずの葛霧を僕が見失ったあれは、そういうトリックが隠されていたのか。

 ミステリフリークとしては、とても許容できないトリックだが。

 ミステリに中国人を登場させてはいけないって、知らないのか?


「じゃあ、やっぱり葛霧を二十一日の夜までに見つけるのは難しそうだな――なら、取れる選択肢は大まかにふたつ。このまま葛霧が未来の記憶を持ったまま二十日の夜を迎えて百鬼夜行を『なんとかする』か、やっぱりやり直して葛霧に未来の記憶を与えず二十一日の夜を迎えて百目鬼とふたりで『なんとかする』か、だな」


「どっちにしろ『なんとかする』しかないんやな」


 二十日の夜を確実に乗り越えて二十一日の夜に詰むか、二十一日の夜を乗り越えるために二十日の夜で詰むか。

 人生は選択の連続なんて言葉があるけど、まったくそんな偉そうな言葉は、こういう究極の二択を経験してから口にしてほしいものだ。

 そしてもしも僕がきちんと主人公なら、ここで溢れんばかりの秘めたる才覚を発揮して、第三の選択肢なるものを編み出すことができたのかもしれないけど、残念なことに僕は僕という凡庸なる人生の凡庸なる主人公でしかないわけで、もちろん、第三の選択肢など掴みとることはできない。だから、人生で迫られた究極の選択を、僕は真面目に選択しなければならないのだ。第三の選択肢などというズルは、僕の人生には用意されていない。


 さあ、考えろ。

 どっちを『なんとかする』んだ、僕。


「……考えてもみれば、二十一日の夜の方はなんとかできそうな気がする――不用意に湖にさえ近づかなければ、百目鬼が僕を庇って命を落とすことだってないんだ」


 思えば、僕は二周目の世界の時点でそれなりに惜しいところまで行っていたのだ。

 僕なんて人間を庇わなければ、百目鬼がもしかしたらそのまま湖の龍を討伐していたかもしれないくらいには――いや、まあ、僕が死ねば世界が巻き戻ってしまうので、もちろん、その仮定に意味はないのだけど。


 忸怩たる思いだ。

 僕自身には戦闘力がないくせに、戦闘班は僕のことを守らないといけない(僕が死ねば世界が巻き戻ってしまうから)なんて、この空木倫禰とかいう男、お荷物以外の何者もないではないか。

 一番厄介なのは有能な敵ではなく無能な味方だ、なんて言葉があるが、もっと厄介なのは無能な自分だということがよくわかる。


 いや、とにかく。

 自己嫌悪はあとにして、とにかく。


「二十一日の夜の百鬼夜行――こっちですべての決着をつける」


「なあリンネ、どうでもええこと言ってもええ?」


「どうぞ」


「『夜の百鬼夜行』って『頭痛が痛い』みたいに意味被ってんで」


「本当にどうでもいいことを言うな」


 さて、あまり長居してもつまらない。

 そろそろ行くとしてよう――過去に。

 こうして葛霧と知り合ったこと、血を吸ったこと、共に戦ったことが全部なかったことになってしまうなんて名残惜しいが、甘えたことばかりも言ってられない。


 夜は仄か。

 こうして葛霧と語らったこの十八日の夜のことを、僕はきっと忘れないだろう。


「じゃあ、葛霧――僕を殺してくれ」


「……わかった」


「また、二十一日の夜に」


「うん。そのときの私によろしく」


 と、僕らは再会の約束をして――それから、僕は死んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ