#26 説得/交錯
Side:Yuki
「黒部…君……!」
少し吐きそうになりながら、私は彼に向き直る。
黒部君が余裕の表情で、こっちに歩み寄ってくる。
右掌から少しだけ、黒い煙が漏れていた。
さっきの攻撃、黒部君が?
黒部君ができるのは、怪人を生み出すことだけなんじゃ…?
「凄いでしょ?ポイント貯めて、僕自身をレベルアップさせたんだ。おかげでこういうことができるようになったんだよ」
黒部君はそう言って、隣の建物に向かって右掌を向ける。
すると、手の中心に真っ黒の球ができた。
黒部君がそれを、一気に放つ。
黒い球は建物に当たって…。
“ボカァアアアアアアアアン______!!!”
「ッ!?」
爆発…した。
何これ。
こんなの、いつの間に…。
呆然とする私を見て、黒部君は愉快そうに笑っていた。
「どう?今の。“ダークボール”っていうんだ。姫路さんに当てたのもこれだよ。馬鹿共を一掃してさぁ、その他にもいろいろできるようになったんだ。今の僕なら、きみと同等以上に戦えるだろうねぇ」
とても楽しそうに、黒部君は語る。
その中で、私は聞き逃がせないところを見つけた。
「……馬鹿共を一掃って……どういうこと?」
「そのまんまだよ。ここを焼き払って壊してみたら、ポイントをたくさん貰えてさぁ。それで一気に強くなれたし、眷属も増やせた。最初からこうしてれば良かったよ」
「………」
なんで…。
この火事を起こしたのは、黒部君自身なのに。
たくさんの人が怪我をして、泣いてるのに。
死んでしまった人も居るのに。
それなのに、どうしてそんなに楽しそうなの?
「黒部君…何、言ってるの…?自分が何したのか、解ってる?」
「え?いやだから、馬鹿共を一掃してポイントゲットしてレベルアップしたって____」
「人が死んだんだよ!?」
私は震える声で、叫んでいた。
やっぱり、事の重大さが解ってない。
「黒部君の怪人が救急車を吹き飛ばして、何人も巻き込まれた。それだけじゃない。この火事で逃げ遅れた人も居る。…人が、死んでるんだよ?ねぇ黒部君、あなたは、何も思わないの?」
「は?姫路さんこそ何言ってんの?何も思うこととか無いけど?」
私になりに、頑張って言葉を紡いだ。
だけど黒部君には、やっぱり届いてない。
「この繁華街に居る奴らなんて、ホストとか風俗嬢とか、チンピラとか薬中とかばっかじゃん。何ならたまにヤクザなんかも出入りしてるし。解る?まともじゃないんだよ。どいつもコイツも社会に必要無いんだよ。だから死んだってどうでもいいだって。理解した?パードゥン?」
黒部君は芝居がかった仕草でそう言い切った。
多分だけど、黒部君は自分の考えを、完全に正しいと思ってる。
だけど、やっぱり私には理解できない。
いや、理解しちゃいけないんだ。
「ここの人は、悪い人ばかりじゃなかった!良い人達も居た!皆、一生懸命働いてた!」
私はこの繁華街のお店にも、お花を配達しに来たことがある。
ホストクラブのお兄さん達は明るい顔をしていて、常にお客さんを笑顔にすることを考えてた。
ガールズバーのお姉さん達も皆優しくて、ママのお花をたくさん褒めてくれた。
ヤクザのおじさんは怖かったけど、私が配達中に様子がおかしい人に襲われた時、身を呈して守ってくれた。
黒部君が言うように、悪い人も居るのかもしれない。
だけど私は、繁華街の良い人達をたくさん知っているんだ。
「それに、どんな理由があったとしても、人を殺していい理由にはならないよ!」
コンパクトを受け取ってからたくさん痛い思いをしてきたけど、私は、私自身が傷つくだけなら良いと思ってた。
だけど、誰かが傷ついたり、ましてや死んでしまうのは見過ごせない。
「黒部君…。警察に行こう?今なら、まだ間に合うから!」
ここに至るまで、私の言葉は全部黒部君に跳ね除けられている。
だけど私は、諦めきれなかった。
このままだと、黒部君が本当の化け物になってしまうと思ったから。
初めて話した時、黒部君は私と仲良くしてくれるって、言ってくれた。
だから、手を伸ばす。
仲直りしたいから。
「姫路さん……」
黒部君は目を丸くしていた。
同年の男の子が見せる、純粋な表情。
いろいろ考え過ぎて、暴走しちゃっただけ。
黒部君だって、本当はこんなことになるとは思ってなかった筈だ。
……そう、信じたかった。
「……ホント、お花畑だね」
突然、黒部君の右腕が、紐状の何かに変化する。
真っ黒でぬらりと光るそれは、まるでタコの触手みたいだった。
それが、私の身体に絡みつく。
「う”あ”っ…!!……がっ…!」
触手が容赦なく、私の身体を絞め上げる。
力が、強過ぎて、振り解けない…。
骨が軋む音がする。
痛い…。
胸が、潰れそう…。
それでも私は、必死に前を向く。
視線の先で、黒部君が悪辣な笑みを浮かべていた。
「ヒャハハ!姫路さんってホントに頭の中がお花畑だね!あっ、家がお花屋さんだからかぁ!」
「黒、部……君…!」
「僕はこの世界の支配者になるんだ。馬鹿の命の1つや2つで、大袈裟なんだよ!」
触手の力が、さらに強まる。
私はそのまま、持ち上げられた。
激痛に襲われる中、触手がしなる。
そして私は、思いっ切り空中に投げ出された。
“ゴガン!!!”
私はどこかの建物の壁に、背中から激突した。
しかもそこは、3階の高さ。
体が重量に従って落ちていく。
私はそのまま、地面に叩きつけられた。
その上から、瓦礫が容赦なく振り注ぎ、私の体を傷つける。
「由希!」
ルルちゃんが、うつ伏せに倒れる私を心配する。
今ので、耳がおかしくなっちゃったのかな。
傍にいる筈なのに、ルルちゃんの声が、少し遠くに聞こえる。
「僕がやってるのはゴミ掃除だよ。警察に行こうとか、人聞きの悪いこと言わないでくれる?」
黒部君がクスクスと笑いながら、こっちに歩いてくる。
その声を聞いて、私は思う。
ダメだった。届かなかった…って。
「うっ……ギッ…!」
痛む体に鞭打って、私は立ち上がった。
耳鳴りがして、ふらつく。
頭を切ったみたいで、額から血が垂れてくる。
腕も脚も、露出した肩も、打撲痕や切り傷、火傷だらけ。
血を拭いつつ、私は前を見た。
黒部君を中心に、怪人達も近づいてくる。
逃げ道はどこにも無い。
こういうの、四面楚歌っていうんだっけ。
「姫路さんさぁ、前に僕と仲良くなりたいって言ってたよねぇ?」
ふと黒部君が、こんなことを言う。
覚えてて、くれたんだ。
「僕としても姫路さんと良好な関係を築きたいんだよねぇ。だからさぁ、一緒に来てよ。僕と仲良くなりたいんなら、僕に合わせてくれないと」
黒部君はヘラヘラしながら、そう言ってきた。
そう…。
そうなんだ…。
黒部君、そう思っててくれたんだ。
仲直りしたいのは、私だけじゃなかった。
だけど、私はそれに答えることはできない。
黒部君が、間違ってるから…。
「……!」
私は何も言わず、神器の剣を呼び出した。
柄を両手で握って、構える。
やっぱり軽い。
重症のこの体でも、問題なく振れそうだ。
「ふ〜〜ん?そうか。残念だよ」
黒部君は悪そうに笑うと、怪人達に、私を指差して命令する。
「お前ら。姫路さんを倒せ」
車の怪人、それからマッチの怪人達が、一斉に襲い掛かろうとする。
私は、1人で全員倒すつもりでいた。
厳しいけど、それしかない。
そう思っていた矢先…。
“ヒュン!ヒュン!ヒュン!”
何かが怪人達に向かって降り注いだ。
棒状の何かが地面に刺さって、それを中心にパキパキと音を立てながら氷が生まれる。
さらに、黄色い光の塊が、車の怪人にぶつかった。
「ッ!!?」
不意を突かれた車の怪人は、思いっ切り吹き飛ばされた。
黄色い光の塊…だと思っていたものが、その場に着地する。
それは、チャイナドレス風の衣装を纏った女の子だった。
「由希先輩!お待たせしました〜!」
女の子は私を見て、元気にそう言った。
この顔、この口調…。
私はハッとした。
「……もしかして、国仲さん?」
「そっ!檸檬ちゃんで〜す!って先輩ボロボロじゃないですか〜!大丈夫ですか!?」
金髪を2つのお団子にした国仲さんが、慌てたようにそう言った。
私は微笑みを浮かべ、首をゆっくり縦に振った。
「由希さん!なんて怪我!」
少し遅れて、青い巫女風の女の子が、弓を携えて駆け寄ってきた。
この物腰の低い仕草…。
間違いない。
「御子柴さん…!」
「遅れてしまい申し訳ありません!火を消しながら進んでいましたので…!」
御子柴さんは本当に申し訳無さそうに、頭を下げた。
「そんな!気にしないでください!」
私はどうにか御子柴さんの頭を上げさせる。
「とにかく、助かりました…。御子柴さんと国仲さんが来てくれていなかったら、どうなってたか…」
「私達だけではありませんよ」
御子柴さんが視線を向ける方…。
その先に、こっちに向かって走ってくる影が2つ。
「由希!!」
変身した穂香ちゃんが、こっちに走ってくる。
一緒に走ってきてるのは、周道さんだ。
協会のシスターさんのような、緑を基調とした衣装を着ている。
「穂香ちゃん!」
「由希!……ッ!」
私の姿を見た穂香ちゃんが、ビクリと肩を震わせる。
顔が青ざめていた。
そうだった。
私今、大怪我してるんだった…。
「穂香ちゃ……ッ!?」
大丈夫だよって、言おうとした。
だけどその前に、穂香ちゃんが抱きしめてきた。
黒部君の触手とは違い、その抱擁は優しかった。
「ごめん…!ごめん、由希!もっと早く来てたら……」
「穂香ちゃん…。大丈夫だよ。来てくれてありがとう」
私はそう言って、穂香ちゃんの背中をポンポンと叩いた。
心強い。
穂香ちゃん達が一緒なら、私はまだ頑張れる。
「ちょっと先輩達〜!いちゃいちゃしてる暇があるなら手伝ってくださいよ〜!」
国仲さんに怒られちゃった…。
電気を纏ったキックで、マッチの怪人を次々と倒している。
「チッ…。集まりやがって…。メスガキ共が」
黒い煙になって消えていくマッチの怪人達を見て、黒部君が苛立つ。
私と穂香ちゃん、国仲さん、御子柴さん、周道さんを同時に相手するのは、やっぱりきついみたい。
このまま畳み掛けたいところ…。
だけど黒部君は、予想外の指示を出した。
「マッチ共!お前らは散らばれ!火の手を広げるんだ!」
黒部君の命令通り、マッチの怪人達は皆、左右デタラメな方向に走り出した。
「何のつもりです!?」
御子柴さんが怒鳴る。
すると黒部君は、口角を上げてこっちを見た。
「ほら。あいつら捕まえないともっと燃えちゃうよ?僕の相手してる場合かなぁ?」
「黒部君……!」
またこんな卑怯な手を…。
だけど、追わない訳にはいかない。
でもその間に、黒部君が何をするか解らない。
どうするべきか決め倦ねていると、御子柴さんが口を開いた。
「マッチの怪人達は、私と穂香さんで追いかけます!由希さん、翠さん、檸檬さんは、黒部君さんを…!」
そうか…。
見たところ、御子柴さんは氷を操れるし、消火ができる。
穂香ちゃんも炎を操れるから、なんとかできるのかも。
私達は御子柴さんの作戦に乗った。
「できるだけ早く戻ります!」
「由希、頑張って!」
「うん!穂香ちゃんも気をつけてね!」
ここは1本道。
御子柴さんが左に、穂香ちゃんが右に駆けていく。
そして私は、再び黒部君と向き合う。
国仲さんと周道さんも一緒だ。
それに対し、車の怪人が戻ってきて、黒部君の隣に付いた。
「人数減ったのはラッキーだな。緑女も弱そうだし」
黒部君はそう言って嘲笑う。
馬鹿にされた周道さんは、持っている杖を強く握る。
「わっ…私だって…、戦えるんだから…!」
声は震えているけど、はっきり言い返した。
「そうそう!ウチらナメたらどうなるか、見せてやンよ〜!」
周道さんに触発されたのか、国仲さんが黒部君を指差し、堂々と宣言した。
「周道さん、国仲さん、一緒に頑張ろう!」
私はそう言って、剣を構えた。
なんとしても勝って、黒部君を捕まえてみせる。
「はぁ…。いいなぁ、姫路さん達は。剣とか杖とか、強そうな武器ばっかりで」
黒部君は頭を掻きながら、右手を翳す。
またあの黒い球が飛んでくる。
そう思ったけど、違った。
黒い煙が集まって、棒状の形になる。
「僕のはこんなだよ」
納得いかないような感じで、黒部君はそれを手に取る。
煙が晴れて現れたのは、黒塗りの金属バットだった。




