#25 束の間の平和/火災
Side:Yuki
「こんにちは〜!『花姫』です!ご注文のお花をお届けに参りました〜!」
「あらぁ〜、なんて綺麗な」
私はいつも通り、フラワーギフトの配達をしていた。
今日訪れたのは、最近オープンしたばかりのお寿司屋さん。
お寿司屋さんの店長さんと言えば、厳しそうなおじさんのイメージがあったけど、ここの店長さんは優しそうなお姉さんだった。
なんでも自分のお店を出すのが、長年の夢だったとか。
「お店に彩りが欲しくて、つい注文しちゃったのよ〜。まさかこんなに可愛らしい店員さんが届けてくれるなんて〜」
「そんなぁ。言い過ぎですよ〜」
「あなたおいくつ?お名前は何て言うの?」
「姫路由希です!14歳で〜す!」
「あら。その歳でお母さんのお手伝い?偉いわね〜」
「いえいえそんなぁ〜。楽しくてやってるだけですよぉ〜」
私はほっぺを紅くしながらそう返した。
可愛らしいって言われた上に、褒められちゃった。
口角が勝手に、へにゃっと上がる。
「それでは、私はこれで!今後とも『花姫』をよろしくお願いします!」
「ありがとう由希ちゃん。気をつけてね〜」
大将さんは優しく手を振って、見送ってくれた。
自然と足取りが軽くなる。
私は隅に停めていた自転車に乗って、ゆっくり走り始める。
今日の配達は、お寿司屋さんで終わり。
あとはもう帰るだけだ。
「ルルッ!由希、嬉しそうル!」
「え〜〜?そうかな〜〜?」
パーカーのフードに収まっていたルルちゃんが、声をかけてきた。
指摘された通り、ニヨニヨが止まらない。
ゆるゆるの笑顔のまま、自転車を漕ぐ私。
もしかして、はたから見たら危ない人かな。
「そういえば、ルルちゃんずっと私の家に居るよね?みんなのお家には行かないの?」
「ルルっ!由希のお家が1番居心地が良いル!由希のお部屋、綺麗で良い匂いがするル!」
私のお家はお花屋さんだ。
自室にもお花を置いている。
そしてとにかく、整理整頓。
それがルルちゃんにウケたみたいだ。
「他の皆のお家って、どんな感じ?」
「ルル〜…。まず、海の部屋は綺麗だったけど、お家自体広すぎるのと、空気が重いのとで落ち着かなかったル」
御子柴さん、確かに名家の人っぽいもんなぁ。
厳格な家柄なのかも。
「それと、檸檬の部屋は散らかってて居心地悪かったル。檸檬も結構夜更かしするから、ルルも寝付けなかったル」
悪いけど、イメージ通りだったかも…。
国仲さん、やんちゃそうだし…。
「翠のお部屋は、由希と同じくらい居心地良かったル。でも、翠よく落ち込んだりしてて…。しばらく一緒に居たら、1人にしてほしいって言われて、追い出されちゃったル」
周道さんは、落ち込みやすい感じに見える。
今度会ったら、話しかけてみよう。
ストレス発散になるかもしれないし。
…いや、ルルちゃんが追い出されてるくらいだし、ダメかな。
「あとは穂香と麻由美だけど、2人とも「来ないで」って言ったから、どんなお部屋か解らないル」
「そうなんだ…」
穂香ちゃんとマユちゃん…。
2人とも、意外と保守的みたいだ。
私はあんまり気にならないけど、やっぱりプライバシーとかあるもんね。
一応私は、2人のお家に上がったことはある。
最も、穂香ちゃんのお部屋に来たのは小学生の頃だけど。
ちょっぴり散らかってたけど、少年漫画が並んでいたり、トランプとかオセロとかあって、楽しかった思い出がある。
今はどうしてるんだろう。
お願いしたら入れてくれるかな。
マユちゃんのお部屋には、たまに入れてもらってる。
ものがきっちり整理されて、女の子らしいお部屋。
お化粧の道具もあって、マユちゃんは何度か私にメイクを施してくれた。
お化粧とかには疎かったけど、可愛くなることの楽しさを、マユちゃんは教えてくれた。
今度は私のお家にも来てほしいなぁ。
穂香ちゃんとマユちゃん、招待したら、来てくれるかな…。
「私ね、パジャマパーティーっていうの、やってみたいんだ。夜に皆で可愛いパジャマを着て、お菓子食べたり、お話したりするの」
「いいル!楽しそうル!ルルも参加したいル!」
「もちろん!」
私はノリノリでOKを出した。
ルルちゃんに合うパジャマってあるかな。
裁縫とかやったことないけど、作ってみようかな。
そんな呑気なことを考えている時、ふと思い出してしまう。
黒部君との、戦いのことを。
あのファミレスでの話し合いから、5日経った。
私と穂香ちゃんが戦って以来、怪人は出てきていない。
そもそも黒部君も、学校に来なくなってしまった。
あれに懲りてくれてたら一番良いんだけど、それはない…よね。
もしかしたら、どこかで力を蓄えているのかもしれない。
手が付けられなくなる前に、なんとかしないと。
だけど、黒部君がどこに居るのか解らない。
やっぱりお家かなぁ。
でも住所解らないや。
黒部君のクラスの先生に訊いたら、教えてくれるかな。
そんなことを考えていると、ルルちゃんの頭の結び目がピョコンと跳ねた。
同時に、ルルちゃんがフードの中から飛び出す。
フワッと浮いて、私の顔の傍に付いた。
「由希!悪い気配がするル!」
「悪い気配!?」
ルルちゃんは怪人の気配を感じ取ることができる。
怪人が出たら、頭の結び目が動くんだ。
「どっち?どこから?」
「ルルッ!あっちの方だル!」
ルルちゃんは短い手で、気配がする方を指した。
「………ッ!?」
その方角を見て、私は目を見開いた。
遠くの空に、灰色の煙が上がっているのが見える。
その下にあるのは、確か繁華街…。
もしかして…火事……?
「早く行かなきゃ!」
「他の皆も呼ぶル!」
「お願い!」
私は煙が上がっている方へ向かって、急いでペダルを漕ぎ始めた。
街の人達が逃げていく中、私はそれに逆らうように進む。
普段はやらない立ち漕ぎで、とにかく急いだ。
繁華街に到着したところで、私は急ブレーキを掛ける。
まるで、地獄みたいだった。
火が上がってる建物は、1つだけじゃない。
もう10件以上燃え上っている。
先に到着していた消防車が放水しているけど、火が収まる気配はない。
救急車が来ていて、怪我人が運び込まれているけど、足りてない。
地面に何人も寝かされていて、救急隊員の人達は応急処置に追われていた。
そんなマズい状況なのに、逃げずに見ている人が、何人か居る。
中にはスマホで撮影している人まで居た。
「ここは危ないから!逃げなさい!」
私も野次馬の1人だと思われたのだろう。
駆けつけた若いお巡りさんに、私は押しの蹴られた。
ルルちゃんによると、怪人はこの先だ。
多分怪人を倒さないと、この火事は収まらない。
どうしようかと思っていた…。
その時だった。
“ドカン!!!”
もの凄い衝突音が、その場で鳴り響いた。
信じられない光景が、私の目に入る。
消防車が、跳ね上がった。
「あっ____!!」
そのありえない現象に、体が固まってしまう。
消防車は横倒しになって、滑るようにこっちに迫ってくる。
「危ない!!」
私はお巡りさんに抱えられる。
そしてお巡りさんは、必死に横へ跳んだ。
“ギィイイイイイイイイ_______ガン!!!”
鼓膜が破れそうになるくらいの音が響いた。
私は恐る恐る、お巡りさんの胸の中から顔を上げる。
消防車は、後ろの電柱にぶつかって止まっていた。
その電柱は折れて、救急車の天井を押し潰していた。
一斉に鳴り響く悲鳴。
消防車に巻き込まれた人達が、地面に倒れていた。
足がありえない方向に曲がっている人…。
血溜まりの中心に、うつ伏せで倒れている人…。
何人かの頭が割れていて、何かドロっとしたものが血に混じって出ていた。
消防隊員の人も、建物の壁に寄りかかるようにして倒れている。
制御を失ったホースが、その隊員さんに容赦なく水を浴びせ続けていた。
「うっ…ぷっ………」
その凄惨過ぎる光景を目の当たりにして、私は吐気を覚えた。
これまで生きてきて、人間の死体を見ることなんてなかった。
こんなにグロテスクで、残酷で、悲しいものだったなんて…。
見たくなかった。
こんなの、知りたくなかった…。
「きみ、大丈夫かい?」
私を座らせたお巡りさんが、心配そうに声を掛けてくれた。
この人が助けてくれなかったら、私も消防車に吹き飛ばされていた。
死んでたんだ…。
「……ッ!!」
歯を食いしばりながらも、なんとか起き上がる。
ショックを受けてる場合じゃない。
私はこの人達を助けるために、ここに来たんだ。
消防車が吹き飛ぶなんて、普通じゃない。
そう思った通り、前からゆらりと大きな影が出てきた。
「うおっ!何だあれ!?」
お巡りさんが驚きの声を上げる。
私達の前に姿を現したそれは、メカメカしい見た目をしていた。
人型だけど、身長は多分、3、4メートくらい。
ダイカクより大きい…。
胸から肩に至るまで、車のフロントで武装されていて、両手はタイヤになっている。
よく見ると、足首にもタイヤが付いていた。
全身機械みたいになってるけど、顔の部分は人間みたいだった。
真っ黒で、目と口しかない。
両目からは強い光を放っていて、口は裂けそうな程大きい。
これを一言で表すなら、“車の怪人”…かな。
多分だけどこの怪人、車が元になってる。
車の怪人は、恐怖に歪む人々の顔を見て、ニタリと笑った。
「ばっ…化け物だ……!」
お巡りさんは震える声で、そう呟いた。
「由希…!」
フードの中から、ルルちゃんが呼びかけてくる。
「………うん!」
私は深呼吸をしながら、前に出た。
「ッ…!きみ、ダメだ!逃げるぞ!」
お巡りさんが遅れて、手を差し伸べてくる。
だけど私は、その手を掴むことはなかった。
ゆっくり振り返って、笑ってみせる。
「助けてくれて、ありがとうございます。私は大丈夫ですから」
私はポケットからコンパクトを取り出す。
そして、中のムーンストーンに触れた。
いつもの白く温かい光が、私を包む。
お巡りさんも、周りの人達も、皆唖然としていた。
光が晴れてそこに居たのは、白いオフショルダーのドレスを纏った私だ。
「あれは、私に任せてください!」
私はお巡りさんにそう告げて、走り出した。
「やるよ!ルルちゃん!」
「由希!頑張るル!」
私とルルちゃんは、一気に駆けていく。
その先に居るのは、車の怪人だ。
怪人は迎え撃つように、タイヤの手を振り降ろした。
だけどそれは見えてる。
「んっ___!」
私は右サイドに跳ねる。
“ズドン!!”
1テンポ遅れて、タイヤが地面に落ちた。
アスファルトが割れて、クレーターができる。
「こっちだよ!」
「付いてくるル!」
私達は燃える上がる繁華街の中へ飛び込んでいった。
怪我人が多い。
あそこで戦ったら、巻き込んでしまう。
だったら、繁華街の方がいい。
私の思惑通り、車の怪人は追いかけてきた。
「ハァ…!フゥ……!」
私は早くもバテてきていた。
ほぼ全ての建物から、火の手が上がっていた。
熱い。
熱波で肌が焼けそうだ。
それに、煙…。
火災の時に出る煙は吸っちゃダメだと、防災訓練の時に教わった。
いくら変身しているとはいえ、吸い続けたらマズい筈。
だから私は、できるだけ息を吸わずに走っていた。
そんな中で、周囲を見渡す。
ごみ箱からごみが溢れ、自販機が倒れ、街頭が折れ曲がり、瓦礫が散乱している。
燃えているのは、建物だけじゃない。
横倒しになった車や、街路樹。
それからあれは……多分だけど、死体。
逃げ遅れた人が焼かれて、そのまま力尽きたんだ。
「間に合わなくて…ごめんなさい……」
もっと早く着いていれば、助けられたかもしれない。
私はその人達に謝罪した。
「ルルルッ!由希!あれを見るル!」
ルルちゃんが突然、短い手を差した。
その先にあったのは、ホテル。
割れた自動ドアの向こう側に、それらは居た。
2本の足が付いた、マッチ棒。
そうとしか言えない。
マッチ棒の先には火が点いていて、それをしなる棒状の体で振り回している。
マッチ棒は、1体だけじゃなかった。
他の建物にも、居る。
よく見たらたくさん…。
何なら、私の目の前を走っている。
もしかして…いや多分……いや、絶対。
火災の原因は、このマッチ棒達だ。
「この火事、全部あいつらのせいだル!」
「うん…!どうにかして止めないと!」
そう、止めなきゃ。
だけど、どうしよう。
マッチ棒達の大きさは成人男性くらいで、そんなに強そうには見えない。
だけど、あまりにも数が多過ぎる。
1体ずつ倒していくんじゃ間に合わない。
どうしたら…。
悩んでいると、またルルちゃんが叫ぶ。
「ルルッ!?由希、危ないル!」
「えっ!?」
まさか…。
私は来た方向を振り返った。
車の怪人が、猛スピードで迫ってきていた。
足首のタイヤが地面に着いて、転がっている。
機械の足とタイヤ…。
自由にカスタマイズできるみたいだ。
車の怪人は身を屈め、腕を畳んで肩を突き出す。
ラグビーのタックルみたいだ。
「きゃあ!」
私はギリギリで躱した。
ロケットみたいな速さで、車の怪人がすぐ近くを通り抜けていく。
私はバランスを崩して、地面に転がった。
アスファルトは熱を帯びていて、とても熱い。
直火焼きになる前に、すぐに飛び起きた。
車の怪人は急ブレーキを掛けて、私に向き直った。
そしてまた、ニタッと笑う。
さっきの消防車も、タックルで吹き飛ばしたんだ。
あんなスピードでぶつかられたら、全身の骨が粉々にされてしまう。
私はつい、後退る。
すると、マッチ棒達が次々と建物から出てきた。
「えっ…?」
呆気に取られてる間に、その数は増えていく。
50…以上は居るかな。
マッチ棒達は私を取り囲んで、先端の火を振り回す。
やられた…。
多分、これで逃さないつもりだ。
車の怪人が、ゆっくりと距離を詰めてくる。
そして、足首のタイヤが下にずれて、タイヤだけで立ち上がる。
また、あのタックルが来る。
私は身構えた。
だけど攻撃は、全く違うところから飛んできた。
“ボカンッ!!”
私の背中に何かが当たって、爆ぜた。
重い衝撃が、体の中を揺らす。
「カハッ……!」
「由希!!」
ルルちゃんが叫ぶ。
私は前のめりに倒れそうになった。
だけど、ここで倒れたら恰好の的。
なんとか踏みとどまった。
ゆっくり息を整えながら、攻撃が飛んできた方を振り返る。
「今ので倒れると思ったけど、耐えるんだ〜。見ない間に丈夫になった?姫路さん」
「!!」
黒部君が右掌を向けながら、こっちに歩いてきていた。




