火事場泥棒
「おい、物思いもいいけどね、時間が無いよ。どうするの、女の子二人も連れてきて。宿屋に置いてくれば良かったじゃない。」
イーオインの物思いを打ち破る、親友の軽い物言いである。
悪魔だと部下や敵兵に恐れられている男であるが、その実イーオインよりも気軽な男であり、部下に慕われるのもわかるほど面倒見のいい男でもある。
「あれ、どうした?そのチュニックは。」
いつも黒づくめのはずの親友は、白地に悪趣味な絵柄が刺繍されているチュニックを羽織っていた。
ルーカスは軽く肩を竦めたが、イーオインよりも浅黒い肌のルーカスにはその白い生地はとても映え、ルーカスの整いすぎている顔をさらに引き立たせている。
イーオインはルーカスの部下達が、ルーカスに微笑まれると体のどこかがじんとしてしまう自分が怖いと言っていた意味が今更に理解できた。
イーオインの胸がどきりとしたほど、白い服を着た彼がとても魅力的に輝いているのである。
「うん?交換。目立つからね、あの子には俺のチュニックを着せといた。一応安全な場所にいなさいとは言ったけれどね、俺達がいないんじゃあ、危険でしょう。本当にどうしたのよ。後ろに不安を残すと無駄な危険を呼ぶのだと、俺は君に何度も教えて来たでしょう。」
「仕方が無い。エンバーンの姿を村の奴らに見せれば、彼女が売られて殺される。俺はこの村を一切信用していないからね。」
「あぁ。なるほど。しつこく細かい男は決して忘れない、か。何も食べていないだろう親友には差し入れも忘れる癖にね。」
彼はミリアが一心不乱に干し肉を齧っていた姿を思い出した。
「すまない。獣に取られた。」
「はは。本当に持ってきてはいたんだ。さすが、細かい真面目君。」
「うるさい。」
「そうだね、冗談ではなくね、わかっているの?名だたる俺達が馬鹿みたいに突入してもね、たったお二人さんの俺達じゃあ数のある奴らを全員いなせるわけ無いでしょう。ここは一度女の子達を連れて退却しようよ。人質奪還には人手と緻密な計画が必須じゃないの。」
軽い物言いだが目元はイーオインを睨むようで、イーオインの言い出したオペレーションなど不可能だと断じている時のいつもの傭兵隊長の顔つきである。
「大体さぁ、二人とも空腹に近い上に体力は落ちているし、彼女達が戦闘に巻き込まれたら確実に死ぬでしょう。どうしたの?いきり立って。」
「俺が猪突猛進しかしない切り込み隊長だって君が罵る通りなんだよ。」
ル―カスは嗤うどころか大きく溜息をつくと、彼のいつもの癖をイーオインに見せつける様に行った。
彼の髪を両手でかき上げて流す癖は、癖でもあるが苛ついた時にしか起きない癖でもある。
つまり彼はかなり苛ついており、その気持ちをイーオインに知らしめるために髪をかき上げたのである。
「悪い、冗談だって。真面目に正面突破して人質の奪取など考えていないよ。俺はここに火を放ち、火事場強盗する、それだけ。」
「はぁ。どうしてこんな君と一緒で俺は生き延びてこれたのだろうねぇ。」
「君もここに来ていたのは、馬泥棒の為でしょう。考え無しは一緒、一緒。」
ル―カスは嫌見たらしく息を大きく吐き出すと、腰の剣を引き出した。
長身の彼に似合う幅があり長い剣は、彼の力で振り回すと男の腕や足ぐらい簡単に切り落とせるが、彼の剣技は風の様に静かでしなやかなものである。
長剣だがル―カスよりも細身の剣を使う自分の方が力任せだと、イーオインも自分の剣を鞘から引き出した。
「どこから攻めようか?」
いつものようにル―カスが声をかけ、イーオインはいつものように答える。
「ここから。」
「はは。俺達は進みながら燃やしていくのか。」
「いいだろう?偶にはそういうろくでもない暴れ方も。」
「いいねぇ。俺が死んだら、あの馬をあげるよ。あ、死ななくとも今すぐあげる。」
「いらない。それよりも。」
「お前が死んでもフクロウも愛馬もいらないし、婚約者もいらない。びっくりよ。あの美人。きっと本物の天使だよ。全然人間じゃないじゃない。こわいこわい。」
ウィステリアの本当の娘はイーオイン達の作戦を止めるどころか喜びはしゃぎ、彼等の為に火種を作ってあげると申し出たくらいなのである。
イーオインはふざけている風のル―カスに真正面に振り返った。
彼の眼に真剣を感じたのか、ル―カスも同じ目で見返してきてくれ、そこでようやくイーオインは親友に真実を告げんと口を開いた。
「俺にはとうに婚約者どころか妻がいてね。」
ドカン。
二人は爆発音のした方へと同時に振り返り、宿屋のような建物の真ん中あたりから火が噴きだして燃え盛り始めている状況を確認したのである。
「え?あれ?」
「何が起きたの?」
ドカン。
再び別の方角、今度は母屋の一階。
「あそこは居間だった場所だよ。昨夜は燃えずに済んだ場所だったのに。」
内部に入ったルーカスが暖炉のある居間を思い出しているその行為をあざ笑うように、そこを破壊するような業火が窓から噴き出し始めた。
勢いのある炎の中では、いくらのごろつきと言えども驚愕の表情を張り付けて右往左往と逃げまどうしかないだろう。
火に巻かれた人々が中庭に溢れ、さらにはごろつきに連れ込まれていただろう一般人が建物から逃げ出してもきたようで、彼等が思い思いの方角へ逃げ出してざわついている様子でもある。
イーオイン達が唖然としながらも光景を眺めているうちに、イーオインは自分達に手を振っている小柄な黒づくめの人物が目に入った。
ルーカスの真っ黒なチュニックを着て、ルーカスの真っ黒な外套を頭からマントの様に被っている小さな魔女は、五歳児のように顔を輝かせて手を振っているのだ。
「えっと、ル―カス。君はミリアになんて言った?」
「俺達が侵入するための火種を作っておいてって。」
「うん。まさに火種だ。どうやってあの炎を作ったんだろう。」
「俺が教えたのは普通の火炎瓶なんだけどなぁ。三つほどよろしくって。」
どかん。
「うわ、ちょうど、三つだね。」
「さいこう。」
彼らは深く考えることは遠くに放り投げ、とにかく本来の目的である火事場泥棒に専念することにした。




