影ながら
目の前に起きた事は幸運か、さらなる失敗を呼び起こす不運か。
イーオインは目の前に出現した少女の姿に信じられない思いであった。
凌辱されて人の形さえ残していなかったあの日の躯は、彼が失敗して見失ったあの日の少女では無かったのである。
それを証拠に、彼女は生きていて、さらに幸運なことに、失った彼女の代りに育ててきた愛鳥までも彼女の胸元に抱かれて自分の元に戻ってきたのだ。
あの骨と皮だけの、黒々としたクマが目元を塗りつぶすほどにやつれた少女は、女性らしく美しく成長し、あの頃よりも少々ふっくらとしてはいたが、まだまだ痩せている哀れなものである。
身に着けているチュニックが僧兵仕様であることに訝しさを感じたが、少女の連れが男物の晴れ着を身に着けている事と、獣の様に一心不乱に干し肉に齧り付いている姿を見れば、彼女達が苦難の中にあることは想像に難くない。
だからこそ、自分に気が付かない彼女に彼は自分も気が付かない振りをした。
彼の覚えていた小さな手毬のような女の子は、不幸ばかりに塗れているだろうに、萎むどころか美しく咲こうとしていると感激し、彼女が自分に気が付いていないのならば、彼女に気づかれないまま彼女の身の上を立ち直らせ、そして、それから親友との約束を果たせばいいのだと彼は考えたのである。
彼がそう決意したのには訳がある。
再びイングスフェールに戻ってきた彼が自らの領地を奪還した後に、親友エドワードの失われた領地の事も調べ直していたのである。
エンバーンの気高い母親が中庭で冷たい亡骸となったのは、無理やり結婚させられた男の子供を産むことを拒んだからに違いない。
彼女がその男の子供を産めば、エンバーンが殺されたのは確実だったからだ。
ジョンが処刑されても領地の取り上げが無かったのは、そもそも領地が元々アリス所有のものであるという、アリスが女男爵だったからである。
アリスとの結婚でジョンは男爵となったが、死亡したジョンからエドワードに男爵位が移動したのではなく、男爵位はエドワードの誕生時に既に移動していたという事なのだ。
よってエドワードの死から男爵位はアリスに戻り、爵位の継承人となったエンバーンは、アリスがもしも子供を産めば、継承権争いで簡単に殺される未来となるのは確実だったのである。
アリスはジョンの最後の子供を守るために、自ら命を絶ったのだ。
だが、彼女の願い空しく、イーオインの不甲斐なさのせいでエンバーンは死んだこととなり、エドワードの領地は男爵が不在とのことで国に没収され、改めてエンバーンの一家を不幸に貶めたアダム・ローエンに下げ渡されていたのである。
エドワードと祭りにも繰り出した思い出の村がごろつきの餌食となっていると聞いた時には底知れない怒りが湧いた。
だが、そこの村民の誰もがシュエット家の姫君を助けようとしなかったどころか、金を巻き散らかすよそ者を喜んで受け入れて密告者となっていたという事実がある。
だからこそイーオインとエンバーンが逃げ切れなかったのだ。
イーオインは自分を陰険な男だと自分をあざ笑った。
彼とエンバーンの退路の邪魔をされた過去が許せないからと、シュエットの領民達の苦境を知っても何もしないことに決めていたからである。
その彼の決定が、今の状況を作り出しているのは本当に皮肉なことだ。




