第9話 俺、二度目は倒れないので
それから、数日後。
その日の朝、カーウェン商会に、大量の依頼が舞い込んだ。
「至急、木箱を三百個。
荷車の修繕、二十台。
今日中に」
一枚、また一枚と、依頼書が積まれていく。
差出人は、バラバラだった。
でも、なぜか、全部が今日中。
全部が、この店に。
「なんか、変だな」
俺はつぶやいた。
こんなに一度に来るのは、おかしい。
でも、依頼は依頼だ。
「まあ、やっとくか」
俺は、袖をまくった。
*
作業を始めて、すぐに気づいた。
これは、普通じゃない。
三百個の箱。
二十台の修繕。
一人でやるには、あまりに多い。
「ハルさん、これ、多すぎます」
リゼが、依頼書を見て、青ざめた。
「それに、この依頼主……
みんな、ゴードン親方と昔から付き合いのある人たちです」
リゼは、依頼書を握りしめた。
「今のゴードン親方は、もう力なんてないはずなのに。
……追い詰められて、最後の伝手を、全部使ったのかも」
俺は、はっとした。
罠だ。
失脚寸前のゴードンが、残った付き合いをかき集めて、
依頼を偽装し、俺に集中させた。
「無限に働けるなら、全部やってみろ」
そういう、挑発だった。
俺の加護の、唯一の穴を、突いてきた。
際限がない、ということを。
*
「くそ」
俺は、手を動かし続けた。
疲れは、感じない。
でも、量が、量だった。
箱を作る。
修繕する。
また箱を作る。
夜になっても、終わらなかった。
俺は、一人で、黙々と続けた。
そのとき。
ふと、既視感が、襲ってきた。
深夜のオフィス。
積み上がった書類。
一人きりの作業。
「まだ終わってないのか」
あの声が、耳の奥で、蘇った。
*
手が、止まった。
体は、疲れていない。
でも、心が、あの日に、引き戻された。
一人で、全部、抱え込んで。
誰にも頼れなくて。
そのまま、倒れた、あの日。
「……また、これか」
俺は、つぶやいた。
疲れない体があっても。
一人で背負う限り、俺は、あの日と同じだった。
前世で、俺を殺したのは。
働きすぎ、じゃない。
「一人だったこと」だったのかもしれない。
*
そのときだった。
店の扉が、勢いよく開いた。
「ハル!」
ミナだった。
その後ろに、リゼ、アニカ、そしてセオドールがいた。
「なにやってんの、一人で!」
ミナが、駆け込んできた。
「これ、ゴードンの罠っしょ!
一人でやろうとするな!」
「でも、これは俺の……」
「違う!」
ミナが、遮った。
「あんた一人の店じゃない!
あたしたちの、街の話だ!」
*
リゼが、隣に立った。
「ハルさん。あなた、いつも言ってましたよね。
『一人で背負うのは間違いだ』って」
彼女は、微笑んだ。
「自分のことだと、忘れちゃうんですね」
胸を、突かれた。
俺が、みんなに教えたことだった。
なのに、自分では、できていなかった。
「あたしも手伝うよ!」
アニカが、腕まくりをした。
「箱運びなら、あたしの『健脚』が役立つでしょ!」
「私は、作業の割り振りを」
セオドールが、依頼書を広げた。
「効率よく分担すれば、今夜中に終わります。
数字が、そう言っています」
*
みんなが、動き出した。
ミナが、板を切る。
リゼが、組み立てる。
アニカが、運ぶ。
セオドールが、指示を出す。
そして、俺も。
一人じゃ、なかった。
「セオ、次の割り振り頼む」
「承知しました」
作業が、みるみる進んでいく。
一人でやっていたときの、何倍も速く。
「あんた一人の力に頼る仕組みは、もう終わり」
ミナが、作業しながら言った。
「そう教えてくれたの、あんたっしょ」
俺は、手を動かしながら、笑った。
目の奥が、少し熱くなった。
*
夜明け前。
最後の箱が、積み上がった。
三百個。
修繕した荷車、二十台。
全部、終わった。
みんなで。
「やった……!」
リゼが、へたり込んだ。
アニカが、汗をぬぐった。
ミナが、大きく息をついた。
セオドールは、依頼書を数えて、うなずいた。
「完遂です。ゴードン氏の目論見は、崩れました」
俺は、みんなの顔を見た。
疲れているけど、笑っていた。
*
俺は、空を見上げた。
窓の外が、白んでいく。
前世では、一人で夜を明かして、そのまま倒れた。
でも、今は違う。
隣に、みんながいる。
「なあ」
俺は、言った。
「ありがとう。助かった」
「当然っしょ」
ミナが、そっぽを向いた。
でも、笑っていた。
俺、二度目は倒れない。
一人じゃ、ないから。
そう、思えた。
*
その朝。
セオドールが、俺の前に立った。
「ハルさん。今回のことで、確信しました」
彼の目は、真剣だった。
「あなたのやり方は、一つの店では、もったいない。
ゴードン氏のような搾取を、街から、なくすべきだ」
彼は、一枚の書類を、差し出した。
「この働き方を、街全体の制度にしましょう。
最後の、提案です」
俺は、その書類を、受け取った。
長かった戦いが。
いよいよ、決着に向かおうとしていた。




