第10話 働きすぎの街を、少しだけまともにしました
それから、数週間が過ぎた。
セオドールは、忙しく動いていた。
ギルドと、何度も話し合い。
数字を示し。
親方たちを、説得して回った。
そして、その日が来た。
工房区のギルドに、新しい規約が、掲げられた。
『労働条件の最低基準』
内容は、こうだった。
一日の労働時間に、上限を設ける。
休みを、必ず入れる。
契約書は、わかりやすく書く。
残業には、別途、給金を払う。
俺が、前世で、欲しかったもの。
それが、この街に、できた。
*
「見てください、ハルさん」
リゼが、規約を指さした。
「ここ、ハルさんの試算が、根拠になってます」
規約の横に、あの表があった。
俺とリゼが作った、あの数字。
「安く使い潰すより、大事に使うほうが得だ」
それが、制度を、動かした。
「感情論だと、思っていました」
隣で、セオドールが言った。
「ですが、あなたは、数字で証明した。
だから、私は、これを制度にできた」
彼は、規約を見上げた。
その横顔は、少し、晴れやかだった。
「これで、私の後悔も、少しは報われます」
*
ゴードンは、失脚した。
搾取の訴えが重なり、親方の資格を、失った。
工房は、閉じられた。
俺は、その前を、通りかかった。
ゴードンが、一人、道具を片づけていた。
大きな背中が、小さく見えた。
「ゴードン」
俺が声をかけると、彼は振り返った。
「……なんだ。とどめでも刺しに来たか」
「いや」
俺は、首を振った。
「一からやり直すなら、手伝う」
ゴードンの目が、見開かれた。
*
「なぜ、だ」
ゴードンが、うめいた。
「わしは、おまえを、陥れようとした。
恨んで、当然だろうがァ」
「恨んでるよ」
俺は、正直に言った。
「でも、あんたを潰したいわけじゃない。
連鎖を、止めたいだけだ」
俺は、続けた。
「あんたも、被害者だった。
使い潰されて、使い潰す側になった。
その連鎖を、あんたで、終わりにしてほしい」
ゴードンは、しばらく、黙っていた。
そして、道具を、ぎゅっと握った。
「……考えて、みる」
小さな声だった。
でも、拒絶では、なかった。
それで、十分だった。
*
ミナにも、変化があった。
制度の支援で、親の借金が、整理された。
働かされる立場から、解放された。
「あたし、辞めてもいいって言われた」
ミナが、俺に報告した。
「でも」
彼女は、少し、迷ってから言った。
「あたし、職人になりたい。
ちゃんと、箱を作れるように。
あんたみたいに」
俺は、驚いた。
あの、期待するのをやめた顔をしていた子が。
自分から、夢を、口にしていた。
「いいじゃないか」
俺は、笑った。
「教えるよ。いくらでも」
ミナは、ぷいと横を向いた。
でも、耳が、真っ赤だった。
*
リゼの店も、変わった。
倒産寸前だった店が。
今では、注文が絶えない。
「眠らない職人がいる店」から。
「安心して頼める店」に、なっていた。
「ハルさん」
リゼが、店の帳簿を閉じて、言った。
「うちの店、正式に、あなたを職人として雇いたいです」
彼女は、少し照れながら、続けた。
「その、ずっと、ここにいてほしいんです」
俺は、店を見回した。
奥に、両親の絵が、飾ってある。
守りたいものが、はっきりしている店。
「ああ」
俺は、うなずいた。
「世話になるよ。これからも」
*
その夜。
俺は、一人で、空を見上げた。
見知らぬ星の位置。
もう、見慣れた夜空だった。
自分の手を、見る。
『残業無限』
前世で、俺を殺した、働きすぎ。
それが、力になって、返ってきた。
呪いだと、思っていた。
でも――
今なら、わかる。
この力は、無限に働くための力じゃない。
「誰かの、労働時間を、減らすための力だ」
俺は、そう、決めた。
疲れない俺が、少しだけ働けば。
誰かが、早く帰れる。
誰かが、眠れる。
誰かが、倒れずにすむ。
それが、この力の、本当の使い道だった。
*
エピローグ。
その日の夕方。
俺は、いつもより早く、店を閉めた。
「今日は、もう終わりだ」
「え、まだ明るいですよ?」
リゼが、驚いた。
「休むのも、仕事のうち、だろ」
俺が言うと、リゼは、ぷっと吹き出した。
食卓に、みんなが集まった。
リゼが、料理を並べる。
ミナが、皿を運ぶ。
アニカが、笑っている。
セオドールまで、招かれて、隅で少し困った顔をしていた。
温かい湯気が、立ちのぼる。
「いただきます」
みんなで、手を合わせた。
*
前世で、俺は、一人で夜を明かして、死んだ。
働いた後に、帰る場所が、なかった。
でも、今は。
働いた後に、みんながいる。
温かい食卓が、ある。
「うまいな」
俺が言うと、リゼが、嬉しそうに笑った。
「たくさん、食べてくださいね」
過労死した、俺の、二度目の人生。
それは、こんなにも、あたたかかった。
働きすぎの街を、少しだけ、まともにした。
そして、俺自身も、少しだけ、
まともに、生きられるようになった。
*
食事が終わる頃。
店の扉が、叩かれた。
配達人が、一通の書状を、差し出した。
「ラーヴェンの、労働改革を主導した方へ。
王都より、書状です」
俺は、封を開けた。
そこには、こう書いてあった。
『貴殿の改革を、王国全体に広めたい。
王都まで、来られたし』
俺は、その文字を、見つめた。
一つの街を、変えた。
でも、この世界には、まだ。
働きすぎで、苦しんでいる人が、たくさんいる。
「どうしたの、ハル」
ミナが、覗き込んできた。
俺は、書状を、みんなに見せた。
「次は、王都、みたいだ」
みんなの顔が、ぱっと、明るくなった。
「行くんですか?」
リゼが、聞いた。
俺は、笑った。
「まあ、やっとくか」
二度目の人生は、まだ、始まったばかりだった。
(了)




