第8話 あんたのやり方、もう通用しないですよ
数日後。
工房区に、おかしな噂が流れ始めた。
「あの眠らない職人、工房の秩序を壊してるらしい」
「徒弟を甘やかして、まわりに迷惑かけてるって」
事実と、違う話だった。
出どころは、すぐにわかった。
ゴードンだった。
彼は、ギルドに、俺を訴え出ていた。
「あの男は、工房の規律を乱す。
徒弟を怠けさせ、他の親方の面子をつぶしている」
そういう内容だった。
*
俺は、ゴードン工房に向かった。
扉を開けると、ゴードンが徒弟たちを集めていた。
「いいか。ギルドに聞かれたら、こう言え。
『ハルのせいで、工房がめちゃくちゃになった』とな」
嘘の証言を、強要していた。
徒弟たちは、うつむいて、黙っていた。
逆らえないのだ。
親の借金や、立場を、握られている。
「ゴードン」
俺が声をかけると、彼は振り返った。
「なんだ、貴様。ちょうどいい」
彼は、にやりと笑った。
「おまえのせいで、工房が乱れた。
そう証言する者が、たくさんいるぞ」
*
そのときだった。
「言わないっ」
小さな声が、響いた。
ミナだった。
「あたし、嘘なんて言わない」
ミナは、まっすぐゴードンを見ていた。
体は、震えていた。
でも、目は、そらさなかった。
「ハルは、あたしたちを助けてくれた。
あんたが、あたしたちを、こき使ってたんだ」
「な……ミナ、貴様!」
ゴードンの顔が、赤くなった。
「借金を、忘れたか! 誰のおかげで食えてると思ってる!」
「食えてなんかない!」
ミナが、叫んだ。
「あたし、ずっと、腹すかせて働いてた!
ハルが来るまで、休みもなかった!
それの、どこが『食わせてもらってる』の!」
工房が、静まり返った。
他の徒弟たちが、顔を上げた。
ミナの言葉が、みんなの背中を押していた。
*
「……俺も、証言しない」
一人の徒弟が言った。
「俺も」
「俺も」
次々と、声が上がった。
ゴードンは、立ち尽くした。
握っていたはずの、徒弟たちの手綱が。
すり抜けていくのが、見えた。
「なぜ、だ」
ゴードンが、うめいた。
「なぜ、逆らう。わしは、おまえたちを、
一人前にしてやろうと……」
「壊すことが、一人前にすることなの?」
ミナが、静かに言った。
ゴードンは、言葉を失った。
*
工房に、俺とゴードンだけが残った。
徒弟たちは、出ていった。
ゴードンは、椅子に、崩れるように座った。
「……わしも、昔は、徒弟だった」
ぽつりと、彼は言い始めた。
「親方は、鬼のような男だった。
朝から晩まで、殴られて、働かされた」
彼は、自分の手を見た。
節くれだった、大きな手。
「休めば、飯を抜かれた。
弱音を吐けば、追い出された。
だから、わしは、耐えた。耐えて、耐えて、
親方になった」
彼の声は、低かった。
「だから、思った。
これが、正しいやり方なんだと。
わしが耐えたんだから、こいつらも耐えるべきだと」
*
俺は、その話を、黙って聞いていた。
ゴードンは、加害者だった。
でも、その前は、被害者だった。
使い潰された者が、使い潰す側になる。
その連鎖の、真ん中にいた。
「ゴードン」
俺は、静かに言った。
「あんたも、苦しんだんだな」
ゴードンが、顔を上げた。
「だから、わかるだろ。
あの苦しみを、次の子たちに、渡すのか?」
俺は、続けた。
「その連鎖を、ここで止めませんか」
工房に、沈黙が落ちた。
ゴードンは、俺を見ていた。
一瞬、その目が、揺れた。
*
でも――
ゴードンは、首を振った。
「……できるか」
絞り出すような声だった。
「わしが耐えた苦しみを、なかったことにしろと言うのか。
それを認めたら、わしの人生は、なんだったんだ」
彼は、拳を握った。
「認めん。わしは、間違ってなどいない」
意地だった。
プライドだった。
それが、彼を、変わらせなかった。
「そうか」
俺は、ため息をついた。
「あんたのやり方、もう通用しないですよ」
俺は、背を向けた。
「ミナたちは、もう、あんたには従わない。
それが、答えだ」
*
その後。
嘘の証言は、一つも集まらなかった。
逆に、徒弟たちが、ゴードンの搾取を、
ギルドに訴え始めた。
ゴードンの評判は、みるみる落ちていった。
注文が、減った。
彼を訴えた側だったはずが。
彼自身が、追い詰められていった。
因果応報だった。
スカッとする、はずだった。
でも――
俺の胸には、少しだけ、苦いものが残った。
彼もまた、被害者だったから。
*
店に戻る道で、ミナが俺の隣を歩いた。
「あんた、なんで、あいつに優しくしたの」
ミナが、聞いた。
「あんなやつ、ぶっ潰せばいいのに」
「潰しても、次のゴードンが出てくるだけだ」
俺は、答えた。
「大事なのは、あの連鎖を止めることだ。
潰すことじゃない」
ミナは、しばらく黙って歩いた。
そして、ぽつりと言った。
「……あんた、やっぱり、変なやつ」
でも、その声は、少し、嬉しそうだった。
でも、俺はまだ、知らなかった。
追い詰められたゴードンが。
最後の手段として。
俺の体そのものを狙う、罠を、
仕掛けようとしていることを。




