第6話 英雄じゃなくて、ただの働きすぎです
銀髪の男は、工房の前で名乗った。
「私はセオドール・ガレン。王国の財務を預かる文官です」
丁寧な口調だった。
でも、目は笑っていなかった。
「この工房の生産量が、短期間で大きく伸びている。
税を預かる者として、理由を知る必要があります」
彼は、手に持った書類に目を落とした。
「先月と比べて、産出が一・八倍。
人員は増えていない。奇妙です」
数字を、すらすらと口にした。
工房を、帳簿として見ている。
そう感じた。
*
「作業のやり方を、変えたんです」
俺は説明した。
「一人で全部やっていたのを、分担にした。
無駄をなくして、休みを入れた。
それで、効率が上がった」
セオドールは、少し驚いた顔をした。
「休みを入れて、産出が増えた?」
「はい」
「面白い」
彼は、書類に何かを書きつけた。
そして、顔を上げて言った。
「では、こう考えられますね。
その手法を使えば、もっと働かせられる。
税収を、さらに増やせる」
俺は、その言葉に、体が固くなった。
「もっと働かせる?」
「ええ。効率が上がったなら、その分、生産を積める。
王国全体に広めれば、大きな利益になります」
彼の目は、まっすぐだった。
悪気は、ないのかもしれない。
でも、彼は「人」を見ていなかった。
*
「それは、違います」
俺は言った。
セオドールの眉が、わずかに動いた。
「違う?」
「効率を上げたのは、もっと働かせるためじゃない。
働く人を、倒れさせないためです」
俺は、寝込んでいた徒弟たちを思い出した。
「この工房、少し前まで、子供が徹夜してました。
倒れる子が、何人もいた」
俺は、セオドールをまっすぐ見た。
「人は、数字じゃないんです。
壊れたら、二度と戻らない」
*
「感情論ですね」
セオドールは、静かに言った。
「気持ちはわかります。
ですが、国は感情では回りません。
数字で回るのです」
「その数字を作ってるのは、人ですよ」
俺は引かなかった。
「働く人が倒れたら、数字も止まる。
それが、わからないんですか」
「では聞きますが」
セオドールは、冷静だった。
「あなた自身は、休みなく働いていると聞きました。
矛盾していませんか」
痛いところを突かれた。
でも、答えは持っていた。
「俺は、特別なんです」
俺は言った。
「俺の加護は『残業無限』。
疲れないし、倒れない。
でも、他の人は違う。
俺と同じように働かせたら、みんな壊れます」
セオドールは、しばらく黙った。
そして、首を振った。
「……その特別さを、証明するものはありますか」
俺は、答えに詰まった。
数字では、示せなかった。
*
そのときだった。
「ハルさんを、責めないでください!」
声が飛んだ。
リゼだった。
いつの間にか、店から出てきていた。
「ハルさんは、うちの店を救ってくれました!
それに、この工房の子たちも!」
早口で、必死だった。
「あの人がいなかったら、ミナちゃんは、今も……!」
「そうっしょ!」
ミナも、前に出た。
いつもの、ぶっきらぼうな声で。
「あたし、あんたに言われるまで、休みなんてなかった。
ハルが、変えてくれたんだ。
数字とか、知らないけど!」
二人が、俺の前に立っていた。
俺を、庇うように。
*
セオドールは、その様子を見ていた。
表情は、変わらなかった。
でも、目が、少しだけ揺れた気がした。
「……なるほど」
彼は、書類を閉じた。
「あなたのやり方が、人に慕われているのはわかりました。
ですが、私は数字で判断する者です。
慕われているかどうかは、判断の材料になりません」
彼は背を向けた。
「今日は、これで失礼します」
そして、去り際に、こう言った。
「もし、あなたの理念が正しいと言うなら。
それを、数字で証明してみせてください。
そうすれば、私も考え直しましょう」
去り際に揺れたあの目は、どこか迷っているように見えた。
*
セオドールが去ったあと。
俺は、二人に礼を言った。
「ありがとうな。庇ってくれて」
「当然です!」
リゼが、頬をふくらませた。
ミナは、ぷいと横を向いた。
「べ、別に。あんたのためじゃないし」
でも、耳が赤かった。
俺は、笑った。
でも、心の中では、あの言葉が引っかかっていた。
数字で、証明しろ。
俺のやり方が正しいことを。
感情では、あの男は動かない。
「まいったな」
俺はつぶやいた。
数字は、前世で、俺を苦しめたものだった。
でも今度は――
その数字で、俺は戦わないといけないらしい。




