第5話 休むのも仕事のうち、らしいですよ
それから、数日が過ぎた。
俺は工房で、作業を引き受け続けていた。
徒弟たちの分も、全部。
疲れない体で、朝から夜まで。
はじめは、うまくいくと思っていた。
でも――
ゴードンは、仕事を減らさなかった。
減らすどころか、増やした。
「おまえが全部やれるなら、注文をもっと取ってくるぞ」
そう言って、次々に新しい注文を持ってきた。
俺が百個やれば、百五十個。
百五十個やれば、二百個。
きりがなかった。
*
そして、それは俺だけの問題じゃなかった。
ある朝。
徒弟の一人が、来なかった。
「シグ、どうした?」
俺が聞くと、別の徒弟が答えた。
「熱、出して寝込んでる。ずっと働きづめだったから」
その翌日。
もう一人が倒れた。
高熱だった。
顔を真っ赤にして、うわ言を言っていた。
「マナ切れだ」
年上の職人が言った。
「働きすぎると、体の力が尽きる。
そうなると、しばらく動けなくなる」
俺は、その言葉に凍りついた。
マナ切れ。
俺には、ない。
俺は疲れない。
俺は倒れない。
でも――みんなは、違う。
*
俺は、自分の手を見た。
いくら働いても、平気なこの手を。
そして、寝込んでいる徒弟たちを見た。
そこで、気づいた。
俺が頑張れば頑張るほど、ゴードンは仕事を増やす。
俺一人がやれる量には、天井がない。
だから、ゴードンは際限なく注文を取る。
そのしわ寄せが、結局、徒弟たちに来る。
俺が全部やっても、休めない子が出る。
「……そういうことか」
俺は、ようやくわかった。
肩代わりじゃ、だめだ。
俺一人が背負うやり方は、間違っていた。
前世でも、そうだった。
「あいつなら全部やる」
そう思われた瞬間から、仕事は無限に増えた。
同じ轍を、踏んでいた。
*
「ミナ」
俺は、そばにいたミナを呼んだ。
「なに」
「手伝ってくれ。ただし、体を壊すためじゃない」
「意味わかんない」
「工房のやり方を、変える」
俺は、床に紙を広げた。
前世で、いやというほどやらされた仕事。
業務改善。
作業を分けて、無駄をなくして、効率を上げる。
嫌いだった。
でも、やり方は体に染みついていた。
*
俺は、工房の作業を書き出した。
「今、みんなが一人で最初から最後まで作ってる。
これを、分ける」
「分ける?」
ミナが首をかしげた。
「一人が板を切る。
一人が組む。
一人が仕上げる。
そうやって流れ作業にすると、速くなる」
俺は、実際にやってみせた。
板を切る係。
組む係。
釘を打つ係。
ミナと、動ける徒弟で分担した。
すると――速くなった。
一人で全部やるより、ずっと。
*
しかも、効果はそれだけじゃなかった。
流れ作業だと、一人あたりの負担が減る。
決まった作業だけをすればいい。
疲れ方が、ぜんぜん違った。
「これ……前より、楽かも」
ミナが、驚いた顔で言った。
「なのに、箱、たくさんできてる」
そう。
労働時間は減ったのに。
生産量は、上がった。
「休むのも仕事のうち、らしいですよ」
俺は、前世でよく聞かされた言葉を口にした。
当時は、まったく守られていなかった言葉だ。
でも今、俺はそれを、本気でやろうとしていた。
「無理して倒れたら、次の日が働けない。
だったら、休みながら続けるほうが、結局たくさんできる」
ミナが、まじまじと俺を見た。
「あんた……ほんとに、変なやつ」
でも、その声は、前より柔らかかった。
*
寝込んでいた徒弟たちも、数日で戻ってきた。
新しいやり方に、みんな戸惑いながらも、慣れていった。
作業が終わる時間が、早くなった。
倒れる子が、いなくなった。
工房の空気が、少しずつ変わっていくのがわかった。
俺は、一人で背負うのをやめた。
そのほうが、うまくいった。
前世で気づけなかったことに、今、気づけた。
胸の奥が、少しあたたかかった。
*
ある日の夕方。
工房の前に、見慣れない人影が立った。
きっちりとした身なり。
銀色の髪。
冷たく整った顔。
その人は、工房の中を、じっと観察していた。
生産量が急に増えたこと。
徒弟が倒れなくなったこと。
何かを、調べているようだった。
「この工房ですね」
その人は、静かな丁寧語で言った。
「生産量が、短期間で跳ね上がっている。
その理由を、確かめに来ました」
俺は、この人をまだ知らない。
でも、その目は、人を「数字」として見ている目だった。
前世の、経営者の目に、少し似ていた。




