第4話 働かせてください、ただし俺のやり方で
翌朝。
俺は工房区の路地を歩いていた。
リゼに頼まれた、材料の受け取りだ。
角を曲がったとき、目に入った。
小さな女の子が、大きな木箱を抱えて、ふらついていた。
栗色の髪。
まだ、十四くらいか。
箱が、大きすぎる。
その子の体では、支えきれていない。
「危ない!」
俺は駆け寄った。
箱が傾いた瞬間、下に手を入れる。
どすん、と重みが俺の腕に来た。
その子は、尻もちをついた。
「……っ」
肩で、息をしていた。
顔が青い。
目の下に、濃いクマ。
前世の俺と、同じ顔だった。
*
「大丈夫か」
俺は箱を地面に下ろして、その子に手を差し出した。
でも、その子は俺の手を取らなかった。
自分で立ち上がって、俺をにらんだ。
「……なに」
ぶっきらぼうな声だった。
「触んないでよ。あたし、仕事あるし」
「その体で? 顔、真っ青だぞ」
「関係ないっしょ」
その子は箱をまた持ち上げようとして、よろけた。
「無理するな」
俺が支えようとすると、その子は手を払った。
「あんたに、なにがわかんの」
鋭い声だった。
「どうせあんたも、あいつらと一緒っしょ。
優しいふりして、こき使うんだ」
俺は、その言葉に何も言い返せなかった。
この子は、大人に裏切られてきた。
そう思わせる目だった。
「名前は?」
俺が聞くと、その子は少し迷ってから答えた。
「……ミナ」
「ミナ。俺はハル」
「知ってる。契約書を読む変なやつっしょ」
もう、噂になっていたらしい。
*
ミナは、ゴードン工房の徒弟だった。
聞くと、話したくなさそうに、でも少しずつ答えた。
「親が、借金作って。
そのカタで、あたし、ここで働いてる」
「いつから?」
「二年前から」
十二の頃からか。
「休みは?」
ミナは、鼻で笑った。
「そんなの、あるわけないっしょ」
俺の胸が、ぎゅっとなった。
前世の俺と、同じだった。
いや、俺よりひどい。
俺は大人だった。
この子は、まだ子供だ。
「今日も、徹夜?」
「たぶん。箱、あと三十個あるし」
ミナは、あきらめた顔をしていた。
期待するのをやめた顔。
俺は、その顔を、放っておけなかった。
*
その日、俺はゴードン工房に向かった。
「なんの用だ」
ゴードンは、俺を見て顔をしかめた。
先日、恥をかかせた相手だ。
嫌そうなのは当然だった。
「提案があります」
俺は言った。
「俺を、期間限定でここで働かせてください」
ゴードンの眉が上がった。
「なんだと? この前は断ったくせに」
「条件があります」
俺は指を立てた。
「工房の作業量、全部、俺が引き受けます。
その分、徒弟の子たちの仕事を減らしてください」
ゴードンは、しばらく俺を見ていた。
そして、にやりと笑った。
「ほう。つまり、おまえがタダみたいな給金で
全部やってくれるってことか」
「給金は最低限でいい」
俺がそう言うと、ゴードンの笑みが深くなった。
「いいだろう。眠らん職人が、勝手に働いてくれるなら
こっちは損はせん」
彼は、俺の狙いに気づいていなかった。
「働けるだけ、働けェ」
まさにそれが、俺の望みだった。
*
なぜ、こんなことをするのか。
自分でも、少し考えた。
答えは、すぐに出た。
あのミナの顔だ。
期待するのをやめた、子供の顔。
前世で、鏡に映っていた、俺の顔。
誰かが、あのとき手を差し出してくれていたら。
俺は、違ったかもしれない。
だから――今度は、俺がやる。
「まあ、やっとくか」
俺はつぶやいて、袖をまくった。
*
その日から、俺は工房の作業を引き受け始めた。
徒弟たちの分も、まとめて。
箱を作る。
木を削る。
釘を打つ。
疲れない体で、次々にこなしていく。
最初、ミナは信じていなかった。
「なにたくらんでんの」
作業の合間に、俺をにらんできた。
「たくらんでない。君の仕事、減らしてるだけ」
「意味わかんない。なんで?」
「疲れないやつが、疲れるやつの分をやる。
それだけの話だよ」
ミナは、ふん、と鼻を鳴らした。
でも、その日。
日が暮れる前に、ミナの仕事が終わった。
初めてだった。
*
「……終わった」
ミナが、自分の手を見て、つぶやいた。
「まだ、明るいのに」
外は、夕焼けだった。
いつもなら、真っ暗になるまで働いていた時間。
「帰っていいぞ」
俺が言うと、ミナは戸惑った顔をした。
「帰るって……どこに」
その一言が、俺の胸に刺さった。
この子には、帰る場所すら、あいまいなのかもしれない。
「じゃあ、飯でも食っていくか。
リゼの店、近いから。あいつ、料理うまいぞ」
ミナは、しばらく黙っていた。
そして、ぽつりと言った。
「……なんで、あたしなんかに」
俺は、少し考えて、答えた。
「昔の俺に、似てるから」
ミナは、意味がわからないという顔をした。
でも、それ以上は聞かなかった。
*
その日、ミナはリゼの店で夕飯を食べた。
最初はおどおどしていたけれど。
温かいスープを一口飲んで。
少しだけ、肩の力が抜けた。
リゼが優しく話しかけて。
ミナが、ぼそぼそと答えて。
その様子を、俺は少し離れて見ていた。
悪くない、と思った。
でも――
俺は、まだ気づいていなかった。
俺一人が頑張るこのやり方に、
限界があることに。
翌日から、工房の他の徒弟たちが、
一人、また一人と、体調を崩し始めることに。




