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残業無限、始めました。〜過労死した俺が異世界で世界一の働き方改革をする話〜  作者: 月代


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3/10

第3話 その契約書、俺が読んでもいいですか


店の前に立った男は、名乗った。


「わしはゴードン・ベリル。工房区で一番の親方だ」


腕を組んだまま、俺を見下ろす。


「おまえ、眠らずに働けるそうだな。

うちで働け。給金ははずむ」


いきなりだった。


俺の返事も待たず、男は懐から一枚の紙を出した。


「契約書だ。ここに署名しろ。

悪い話じゃなかろうがァ」


差し出された紙を、俺は受け取った。


前世で、いやというほど見た書式だった。


労働契約。


俺はそれを、じっくり読み始めた。


   *


「おい、なにをしとる」


ゴードンがいらだった声を出した。


「さっさと署名すればいいだろうがァ」


「読んでます」


俺は目を離さずに答えた。


「その契約書、俺が読んでもいいですか、って

最初に聞くべきでしたね。まあ、読みますけど」


ゴードンの眉が動いた。


俺は一行ずつ、確かめていった。


そして、見つけた。


「ここ」


俺は一つ目の条項を指さした。


「『給金には作業準備の時間を含む』。

つまり、準備は給金の外ってことですね」


「そ、そうだ。相場だろうがァ」


「相場じゃないです」


俺は次の行を指した。


「『道具の破損は職人が全額弁償』。

道具はあなたのものですよね。

使わせて、壊れたら職人が払う。おかしくないですか」


ゴードンの顔が、少し赤くなった。


   *


俺は読み進めた。


罠は、まだあった。


「『契約期間中の退職は違約金として給金三ヶ月分』。

これ、辞めたら罰金ってことですよね」


「当然だろうがァ! 育ててやるんだからな!」


「育てる、ね」


俺は紙をめくった。


裏にも、小さな字があった。


「『残業は給金に含むものとする』」


俺は、そこで手を止めた。


胸の奥が、冷たくなった。


これだ。


前世で、俺を殺した一文。


いくら働いても、金が増えない仕組み。


「これ、いくら残業しても給金が上がらないってことですよね」


俺は顔を上げた。


「あなた、これで何人使い潰しました?」


ゴードンの表情が、止まった。


図星の顔だった。


目が、一瞬泳いだ。


   *


「な、なにを言うか!」


ゴードンが声を張り上げた。


「こんなもの、どこの工房でも同じだろうがァ!」


その声で、通りの職人たちが集まってきた。


何事か、と俺たちを見ている。


ちょうどいい、と俺は思った。


「じゃあ、ギルドの規約と照らし合わせましょう」


俺は、この街に来てから調べたことを口にした。


住み込みで働く間、リゼに聞いていた。

この街のルールを。


「ギルド規約では、道具の破損弁償は

『職人の故意または重大な過失に限る』。

全額弁償を最初から契約に入れるのは、規約違反です」


集まった職人たちが、ざわついた。


「退職の違約金も、規約では『上限一ヶ月分』。

三ヶ月は、取りすぎです」


ざわめきが、大きくなった。


ゴードンの顔から、赤みが引いていった。


「そして残業を給金に含める条項。

これは規約で『別途支払うべし』と定められています」


俺は契約書を、ゴードンに突き返した。


「この契約書、規約違反だらけですよ」


   *


ゴードンは、契約書を握りつぶした。


「くっ……こ、この生意気な!」


でも、もう怒鳴れなかった。


まわりに、職人たちがいる。


みんな、聞いていた。


「ゴードンの契約、そんなことになってたのか」


「道具の弁償、うちもやられてる……」


小さな声が、あちこちで上がった。


ゴードンは歯を食いしばって、俺をにらんだ。


「おまえ……名前は」


「三上ハル」


「覚えておくぞ。ハルとやら」


そう吐き捨てて、ゴードンは去っていった。


背中が、怒りで震えていた。


   *


職人たちが、俺のまわりに残った。


「あんた、すごいな。あの契約書、ちゃんと読めるのか」


一人が言った。


「俺たち、字は読めても、あの手の書き方はわからなくて」


「わかりにくく書いてあるんですよ。わざと」


俺は答えた。


前世で、何度も泣かされた手口だった。


小さな字。

回りくどい言葉。

読み飛ばさせる仕掛け。


「困ったら、俺に見せてください。読みますよ」


職人たちの顔が、ぱっと明るくなった。


「本当か!」


「助かる!」


俺は、少しだけ誇らしかった。


前世の苦しみが、初めて、人の役に立った。


呪いだと思った経験が、武器になっていた。


   *


店に戻ると、リゼが心配そうに待っていた。


「ハルさん、ゴードン親方が来たって……大丈夫でしたか?

あの人、怒らせると怖いんです」


「契約書を断っただけだよ」


俺は肩をすくめた。


「あの人の契約、ひどかったからな」


リゼは複雑な顔をした。


「あの工房、徒弟の子たちが、いつも遅くまで働かされてて」


彼女はそう言って、うつむいた。


「特に、一番小さい子が、心配で……」


その一言が、俺の耳に残った。


一番小さい子。


俺はまだ、その子を知らない。


でも――


翌日の朝。


俺は工房区の路地で、その子を見かけることになる。


積み荷の下敷きになりかけて、ふらついている、

栗色の髪の、小さな女の子を。


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