第55話 ヤンデレ *純*
「労働は素晴らしい!」
十時の休憩。三月は田んぼ一つの稲を刈り終えてしまった。もちろん、束ねてはいないが、一人でやるとかバケモノでしかないわ……。
「お茶ですよ」
良二の奥さんとしずかさんがお茶とお菓子を持って来てくれた。
「ずんだ餅ですか。こちらでも食べるんですね」
「まあ、よく出るものではないですが、ばーちゃんの実家ではよく作られていたみたいでよ」
鶴岡の出身だったよな。あちらだとだだちゃ餅になるのか?
「うまー! そう言えば、ぼた餅とお萩って、なにが違うんです?」
なんだよ、突然?
「ぼた餅は春。お萩は秋の呼び名と覚えておけばいいですよ」
ざっくりな説明だが、なんか三月を理解しているようで、しずかさんの説明に三月は「へー」と答えていた。興味なさそうな返事だな。
「三月、食べすぎだ。宏子さんの分が減るだろう」
次の重に手を伸ばす前に確保して宏子さんに渡した。一つじゃ足りんか?
「遠慮なく食べてください」
オレの分も渡した。
「おーおー愛されてるね~。お前はいい男だよ」
「茶化すな」
オレは別に腹は減ってはいないし、大食漢ってわけでもない。まだそんなに動いてもいないんだからな。
休憩が終わったら三月も束ねる仕事を──したものの、加減するってことを知らないのか、昼前には終わらせてしまった。
「もうかよ!?」
そう良二に報告したら驚かれた。
「お前もアホみたいに早かったが、お前の相棒はバケモノだな」
まったく反論出来ない。そして、手加減していたことも黙っておいた。
「どうする?」
「あーじゃあ、次に移ってくれるか? まだ稲架を組み立ててないからゆっくり頼むよ」
「わかった」
三月にそう伝えると、はりきりすぎたと笑っていた。
「この時代は不便だな~。だが、便利になった時代は情緒が消えた。子供の頃はまだ神社でお祭りがあったのに、高校に上がる頃にはなくなっていたっけ」
家に戻る途中、三月は空を見上げながら昔を懐かしんでいた。
「そんなものか?」
「純は昔を懐かしまないのか?」
「戦争があったからな。段々苦しくなり、戦争でさらに苦しくなり、戦争が終わってからも苦しかった……」
そして、働きに出てからも苦しかった。
どうしようもないこともある。自分が未熟なこともあった。今ここにいれるのは運がよかったから。それだけだ。
「過去を捨てる気はないが振り返ることはしない。もう時間を無駄にしたりはしないさ」
バン! 背中を叩かれて前に吹き飛ばされてしまった。いてー!
「アハハ! カッコイイな、お前は! 宏子さん、こいつを逃すなよ。こいつはモテるだろうからあっちの世界でたくさん言い寄られるだろうよ」
痛みで文句を言うことも出来ない。息するのも辛いぞ!
「言われるまでもない」
「ダハハハ! いーねいーね! ヤンデレに惚れられた主人公とか初めて見たわ!」
な、なんだよ、ヤンデレって? 平成の言葉か?
「ヤンデレ?」
宏子さんもその言葉に首を傾げている。起き上がれないが、絶対、そんな仕草をしているはずだ。
「純に執着して、他の女が近寄ることをよく思わない。しずかさんを見て、嫌な気持ちになっただろう?」
「…………」
「ほら図星──うおっと! 鎌はさすがに危ないよ」
そう言えば宏子さん、鎌を持っていたな。置いて行きなと言ったのに。
「君は本当に病んでるね~。精神的も肉体的も。まあ、だから純の側にいてもいいと判断したんだけどね。こいつはいい意味でも悪い意味でも素直だから。君みたいのが後ろで見張っててくれるとありがたいよ」
「……み、三月……」
痛みを堪えて立ち上がった。
「優しいだろう、こいつ。君を侮辱するなと必死になって立ち上がった。男としては立派だ。尊敬もする。だが、あっちではこの優しさが不利になることのほうが多いんだよ。悲しいことに純にはそれが見抜けないんだよ」
な、なんなんだよ、いったい? オレは貶されてんのか?
「純を失いたくないならその病みを克服しろ。でないと、他の女に奪われちゃうぞ~」
宏子さんが鎌を振り上げて三月に襲い掛かった。
「殺す」
「ギャー! 殺される~!」
なんとも大袈裟に回避したら逃げ出し、宏子さんがさらに怒って追い掛けた。
「病んでるのヤンか」
じゃあ、デレってなんなんだ?




