第9話 舞い込んだ護衛依頼
「実は私の知り合いがトルバリンの町に向かうことになったのだけど、護衛が見つからなくてね。王都のギルドに要請してもなかなか来てくれないし、王都とは離れているから余計な報酬を要求されると言われたんだよ。それで、お前さんがトルバリンに向かうなら考えてもらえないかと思って声をかけさせてもらったのさ」
「理由は分かった。だが、答えを出す前に本人と直接話すことは出来るか? この村からトルバリンまで馬車で七日はかかる距離だ。お互いの信頼なくして同行は難しいぞ」
元々は王都で護衛依頼を探すつもりだったが、バズデルの件で難しくなっただけで、引き受けないという選択はない。だが、いくら目の前の女性が真面目そうな人であっても、依頼人がまともかどうかの保証はないので、自分の目で確かめる必要がある。
「もちろんさ。明日の朝にでも呼ぶから話を聞いてやってくれるかい?」
「それは構わない。俺としても話しておかなければならない事もあるからな」
俺は彼女にそう告げて明日の朝に依頼人と会う約束をして部屋に戻った。
――次の日の朝、約束どおりの時間に宿の食堂に現れたのは俺と同年代に見える壮年の男性。彼の事情を聞くと、彼はトルバリンに店を展開する商家の二代目で複数の馬車で王都に商売をするために訪れていたが、商談を終えて帰る際に彼の馬車が破損。修理に時間がかかるため、食料品など急いで運ばなければならない荷物を積み替えて部下を先にトルバリンへと出発させたそうだ。
「そうしてその場は乗り切ったのですが、私としたことが修理した馬車につける護衛のことをすっかり失念しておりまして。トルバリンに向かう商隊などが現れてくれれば同行をお願いしようと思っていたのですが、そう都合よく通りかかる馬車もなく、途方に暮れていたのです」
彼は名前をガベルと名乗り、護衛の報酬額を提示してきた。その額は正当なもので俺としては断る選択はなかったのだが、後々のトラブル回避のために俺は正直に現状を彼に話したのだった。
「なるほど。グラードさんはAランク冒険者でしたが、少々王都のギルドと揉めてしまって正式にギルドを通じての依頼にはならないということですね?」
「ああ。個人的に受けるのは問題ないがギルドの保証がないので、そのことをガベル殿がきちんと認識したうえで依頼をするかどうかを判断してもらいたい」
王都ギルドで聞いた俺へのペナルティは王都職業ギルドに関する活動を受理しないというものだったので他の町での活動に制限がかかっているとは思えない。だが、万が一ということもあるし説明もせずに受けた依頼で相手に迷惑がかかるのは面白くない。
「――わかりました。よろしくお願いします」
俺がすべてを打ち明けたのちにガベルに判断を仰いだが、彼は悩む素ぶりもせずに即決で了承をしてくれた。
「ならば、すぐにでも出発するか?」
「できるならば、お願いしたいですね」
俺はガベルと握手をすると宿を引き払ってからすぐに出発の準備を始めた。もともと身軽な一人旅だ、大抵の荷物は魔法袋に入れてあるから問題はないだろう。
「――では、お願いしますね」
出発の準備が終わると俺は御者席に座るガベルの隣へ腰を下ろす。ホイップはちゃっかりと荷車の荷物の間に入り込んで眠る準備をしていた。
「しかし、良いのか? 本来、護衛は馬車の横を歩いて移動するものだろ?」
「この馬車には壊れやすいものや腐りやすい食料は乗せておりません。それに、先に戻らせた馬車の積荷も気になりますので出来るだけ早くトルバリンに辿り着きたいのです」
時々起こる依頼主の都合。護衛が歩くスピードで進んでいてはかなり時間がかかってしまう。時折このような依頼主もいたので俺は納得して意識を外へと向けたのだった。
◆
アルガンの村を出発して三日、トルバリンへの道程も半ばを迎えた夜のこと。その日も旅人がよく使う休憩場所での野営をしていた。
「しかし、グラード殿は本当に優秀な冒険者なのですね」
馬車を岩影に置き、火を焚いて暖をとりながら食事をしているとガベルが俺に話しかけてきた。
「そうか? 俺くらいの冒険者はいくらでもいると思っているし、若いやつらからすると体力も落ちてきているんだがな」
「実際の戦闘はどのくらいかは存じませんが、生活魔法の知識や旅に関することは若い者にはないものをお持ちだと思います」
いままでガベルに帯同していた他の護衛たちがどのレベルなのかは分からないが、言われるほどのことはしていないと思う。せいぜい焚火の着火や給水の魔法を少しだけ使ったくらいだ。
「まあ、冒険者歴は結構長かったから野営などの知識だけはそれなりにあるつもりだが魔法は着火と給水しか使ってないぞ?」
「いや、グラード殿は着火ぐらいと言われますが、護衛の者で生活魔法を使いこなす人はほとんど居ませんよ。たまに攻撃魔法の使い手を有するパーティーが護衛をしてくれてもそういった方は生活魔法なんて使ってくれたりはしません」
「まあ、攻撃魔法の使い手はプライドも高い傾向があるからな。俺はそのあたりのこだわりが少ないからだよ」
俺はそう言うと魔法袋から肉の塊を取り出してガベルに言う。
「褒めてくれた礼に一品作ってやろう」
俺の言葉に驚くガベルだったが、彼の返事を聞く前に俺は取り出したフライパンの上に肉塊を乗せて燃焼の魔法を使う。魔導コンロを使っても良かったのだが、それだと火力が足りずに中まで火が通らない可能性があったために魔法を使うことにしたのだ。
「ああ、そんなに強い火魔法だとせっかくの肉が丸焦げになってしまいますよ!」
ジュージューと音を立てながら燃える火の魔法にガベルが悲鳴に似た声をあげた。
「大丈夫だ。そのくらい焦げないと芯まで火が通らないんだよ」
不安そうな表情で見守るガベルを横目に俺は仕上げの香辛料を振りかける。宙を舞う香辛料が火魔法で焼かれて香ばしい匂いが辺りに充満するとガベルの口からよだれが見えた。
「そろそろ良いだろう」
俺が魔法を終えた瞬間、燃え盛っていた炎は一瞬で消えてフライパンの上には真っ黒な炭と化した物体が鎮座していた。
「ううっ、やっぱりやりすぎだったんじゃあないですか?」
「そんなことはないぞ。ちょうどいい塩梅だ。これを見てみろ」
真っ黒になった肉塊をまな板の上に移すとよく砥がれた包丁でその身を切り分けていく。真っ黒に見えた表面の肉はほんの数ミリ程度で中の肉はサーモンピンク色に輝いており、強烈な香辛料の香りが鼻をくすぐっている。
「本当に中はまったくと言っていいほどに綺麗な色をしています。普通、あれだけの火力だと炭になるものですが、いったいどうやったのでしょうか?」
「それは魔法の炎を使っているからだな。火の魔法って思っているほど高温とは限らないんだ。よく知られている攻撃魔法に『炎の槍』とかあると思うが、この炎は熱いと思うか?」
「それはそうでしょう? 私も一度しか見たことありませんが、真っ赤に燃え盛る炎が印象的でした」
「それは見た目だけだ。そうだな、言葉だけでは分からないだろうから実際に体験してみるといい」
俺はちらりと森の奥に意識を向けてからガベルにそう告げると魔法の詠唱に入る。
「赤く燃え盛る炎の槍よ。敵を貫け! 炎の槍」
俺の手の先に魔法の威力を抑えた炎の槍が浮かぶのが目に入る。
「これだけ近くに居るのに炎の熱を感じるか?」
「いえ、全くといって熱を感じません」
「じゃあ、これでどうだ?」
ゴウッ!
「熱い!?」
俺は発動させた炎の槍を目標としていた木に直撃させた。すると炎が一瞬でその木を駆け上がり熱風をまき散らしながら木を包み込んでいくと次の瞬間、その木は一本の炭と化していたのだ。
「ようするに炎魔法の温度はその魔法レベルによって変わる。生活魔法程度だとあの程度の肉塊さえも完全には炭に出来ない程度しか火力はないということだ」
そう言って俺は笑みを浮かべながら切り分けた肉をガベルに出したのだった。




