第8話 アルガンの村
「くくく。まあ、どれだけ食うのか見届けてやるよ」
俺は不敵な笑みを見せながら収納袋から魔導コンロを取り出して切り分けた上等のディア肉をステーキ状にして焼き始める。
「おお、良い匂いだ。こいつは食欲をそそられるぜ」
俺は上等のディア肉に塩をかけてじっくりと焼く。その後ろではホイップが歓喜の声を上げながらディアに食らいついている。さすが魔獣だ、生肉でも問題ないとは恐れ入った。
「そろそろ良いだろう。どれ……」
綺麗に焼けた肉に俺は大きな口を開いてかぶりつく。次の瞬間、口の中にじゅわっと芳醇な油が広がりをみせた。
「こいつは美味い! 最高だ!」
俺は久しぶりの最高級ディア肉に舌鼓を打つ。こうなると酒の一杯でも欲しいところだが、街道の真ん中で酒を煽るほど命知らずではない。俺はぐっと我慢をして水で喉を潤すと後ろで一心不乱に貪っていたホイップに目を向け唖然とする。
「ぐえっぷ。我は満足である」
そんな声をあげながらホイップが地面に転がっていた。その目の前には見事に食いつくされたディアの姿、綺麗に骨だけとなった姿があったのだ。
「マジで全部食ったのか? いったいこの身体のどこにあれだけの肉が入ると言うんだ?」
きれいに血抜きがされていなかったこともあり、真っ白なホイップの身体は真っ赤に染まり、さながら血まみれで死んでいるように見えた。
「――生命の源である水面より汝の者の渇きを癒せ。水球」
ホイップの姿を見た俺は迷わず水魔法を発動させると有無を言わさずに寝ているホイップの上から水球を落とす。直径一メートルほどの水球はホイップをまるまる飲み込んできれいに洗い流す。
「にゃわわわっ!?」
満腹で幸せそうに目を閉じていたホイップに冷たい水が一気に襲ってきたのだ。驚くのも当然のことだろう。
「なにするにゃ!」
「そんな血まみれで村に入れると思っているのか? これで、多少は綺麗になっただろうが」
俺は呆れた表情でそう言うと魔法袋からタオルを取り出してホイップを拭いてやる。まあ予想が外れて残りのディアは全部食われたが一番いい肉は俺がもらったし、これから先ホイップが自分で獲物を取るようになれば俺も楽が出来るからな。
「さあ、寝ている暇はないぞ。明るいうちに村に辿り着かないと野営が一回増えるだけだぞ」
俺は魔導コンロなどの道具を仕舞うとホイップにそう告げて村に向かって歩き出したのだった。
◆
「――旅人かい? こっちの道から来たなら王都からか。ここまで歩いてくるとはなかなか根性のある奴だが先はまだ遠いぞ。村でゆっくり休んで行きな」
結局、その日のうちに村に辿り着くことが出来た俺たちは村の門兵にそう声をかけられたのだ。
「宿屋が何処にあるのか教えてくれ?」
「ああ、宿屋なら門をくぐって道沿いに進めば看板が見えてくるだろう」
「青い看板には『ハルンの宿』って書かれている。あそこの飯は美味いぞ」
「ソーセージが絶品なうえ、こんな小さな村の宿のわりに酒が充実しているのがポイント高いよな」
宿の場所を聞いただけなのに門兵の二人は宿の宣伝者みたいに宿の食事を褒めだした。良く見ると片方の男からはよだれが見えている。ああ、ただの食いしん坊だったのか。
「情報ありがとさん。行ってみる」
俺は門兵の二人に礼を言うとホイップと共に村の中を進んで行った。
「青い看板……。ああ、あれだな」
村は小さくすぐに目的の宿は見つかった。トルバリンと王都の中継村とはいえ、そう毎日旅人や商人が訪れるわけではない。この宿も恐らくだが十人も泊まれば満室になるのではないかといった規模だ。
宿の隣には馬車が預けられる施設もあり、商人や乗合馬車の客が泊まっても大丈夫となっている。
キィ
「いらっしゃい。泊まりかい?」
宿のドアを開くと中から元気な声が聞こえてくる。声の主を見ると恰幅の良い中年の女性が笑っている。この宿の主人だろうか。
「ああ。一人と一匹で頼む。あなたが宿の主人かい?」
俺の言葉に彼女がうなずき、言葉を続ける。
「一匹? ああ、従魔かい? おとなしく頼むよ。それで食事はどうするんだい?」
「もちろん我の飯もあるんにゃろうな?」
食事と聞かされてホイップが俺と同じ食事を要求してくる。こいつ、ここに来る前にも大量に飯を食ってなかったか?
「二人分で頼む。ああ、コイツの分は一つの皿にまとめてくれたらいい」
「おやおや。その猫ちゃんは一人前の食事をするのかい? 従魔の主人も結構大変なんだねぇ。こいつは部屋の鍵さね。一時間ほどしたら食事の準備が出来るから食堂に来ておくれ」
彼女はそう言うと俺に部屋の鍵を渡して奥の部屋に消えていく。食事の準備をするのだろう。俺は部屋に入ると久しぶりのベッドに寝転ぶ。現役の時はそれほどでもなかったが、ここ三か月ほどは厨房に籠りっぱなしだったので身体が慣れていないようだ。
「少し休むから時間になったら起こしてくれ」
俺はホイップにそう頼むと目を閉じた。
「――ぐえっ!?」
疲れから気持ちよく寝ていた俺は腹筋に急激な衝撃を受けて一気に覚醒する。
「な、なんだ!? なにが起きた?」
ベッドから飛び起きた俺は傍で欠伸をしながらじっと俺を見るホイップの姿を見て理解した。
「飯の時間か。起こしてくれたのはありがたいが、もう少しどうにかならないのか?」
「お主が起きないのが悪いにゃ。爪で引っ掻かなかっただけでもありがたいと思うにゃ」
どうやら何をしても俺が起きなかったため、ホイップの全体重をかけたボディプレスが俺の腹筋に落下したようだ。
「俺じゃなかったら死んでたかもしれんぞ。絶対に他ではやるんじゃないぞ」
俺はジト目でホイップに注意をすると食堂へ向かうためにベッドから起き上がったのだった。
◆
「いらっしゃい。夕食の準備は出来ているよ」
俺とホイップが食堂に出て来ると美味しそうな料理の匂いが食堂に充満していた。
「こいつは期待が出来そうだ」
俺は案内された席につくと周りを見回す。食事をする時は先に危険がないかの確認をするというのが冒険者の習性だ。それは宿の食堂であっても変わることはない。
「今日は客も少ないから従魔もここで食べさせてもいいよ」
宿の主人がそう言って俺の食事とホイップ用に小さく刻んだ料理を運んできてくれた。
「すまない。助かるよ」
俺は彼女に礼を言い、テーブルの下で待つホイップの前に置いてやる。
「もう、食べてもいいか?」
「ああ、あまり散らかすんじゃないぞ」
俺はホイップにそう注意をすると料理に手をつける。
「美味い。主人、この肉はなんの肉だ?」
飲み物の追加を持ってきた彼女は笑みを見せながら答えてくれる。
「ロックボアだよ。村の猟師が罠で捕まえたものを卸してくれたのさ」
「ロックボアだって? あいつは皮が岩のように固いから捌くのが大変だっただろう」
「それも全部やってくれたんだよ。本当にありがたいことさね」
俺も過去にロックボアの解体をしたことがあるから分かるが、かなり骨の折れる作業だ。猟師と言っていたが解体のスキルでも持っているのだろう。
「そんな貴重な肉が食えるとは俺は運がいいようだ」
「あっはっは。そこまでの物じゃないよ。まあ、いつでも食べられるとは言わないけれどね」
彼女が豪快に笑う。話していて気持ちのいい人だ。
「ああ、そうだ。お前さん冒険者だろ? 一人旅のようだけど何処に行くつもりだい?」
突然、彼女からそんな質問が飛ぶ。宿に泊まる客の素性を探るような人には見えなかった俺は素直に理由を求めたのだった。




