第7話 白猫魔ホイップ
「――ぐぬぬ。悪質なり」
白猫魔はぎりぎりと歯ぎしりの音が聞こえそうなくらいに震えていた。相当に悔しかったらしい。
「からかって悪かったよ。ほら、追加の飯だ」
俺はしこたま笑ってから魔法袋に手を突っ込むと焼き魚を取り出して白猫魔の前に置いてやる。
――はぐはぐはぐ
余程腹が減っていたのだろう。魚を見ると白猫魔は一目散に飛びついて貪りついた。
「もう無いのか?」
追加で出した魚も平らげ、白猫魔はじっと俺を見て問いかけた。
「無くはないが、たまたま出会っただけのお前にこれ以上の飯を食わせる義理はないな。元気になったならさっさと行っていいぞ」
かなり珍しい生き物だが、死んでいるならまだしも生きている状態だ。意思の疎通も出来る奴を捕まえてギルドに売るのも気がひける。ならば、このまま別れるのが無難だろうと考えた俺は手をひらひらと振って白猫魔を追い払う仕草をした。
「――おぬし変わっておるの」
「はあ? 何がだ?」
「自慢ではないが、我は高貴なる聖獣ぞ。捕まえて売ればひと財産程度は軽く稼げる。それを飯だけ与えてそのまま放置する人間など会ったことがにゃい」
「くっはっは。俺も自分のことを高貴なる聖獣と呼ぶ魔獣には初めて出会ったぞ」
これは本音だ。過去には何匹かの魔獣と契約をして従魔として共に冒険していた時があった。しかし、意思の疎通が出来るだけで自らを主張してくる奴は居なかったのだ。俺はがぜんこの白猫魔に興味を抱いた。
「なかなか面白い奴だ。俺の従魔になって一緒に行くか? 少なくとも飯の心配はしなくても良くなるぞ」
「にゃんと? 飯が食い放題だと!? いや、我は誇り高き聖獣。食い物に釣られて人間の配下に下るなどあってはならぬ。しかし、飯の心配がないのは捨てがたい。ぐぬぬ」
いやいや、飯が食い放題とまでは言っていないのだが、やはりこいつは自分で飯を取るのが上手くないのだろう。凄まじい葛藤をしているようだ。
「まあ、無理にとは言わないぞ。別に俺はお前が付いて来ても儲かるわけじゃないしな」
俺はあえて一度引いてみる発言をする。これでコイツが諦めればそれで終わりなだけだから。
「ぐぬぬ。め、飯が食い放題は間違いないにゃ?」
「いや、食い放題とは言ってないぞ。ただ、飯を提供してやると言っただけだ」
「おんなじことにゃ!」
「いや、全く違うだろ!」
お互いに主張がぶつかりあう。こういったことは最初が肝心で後で違うと言われるのが一番困る。
「ぐぬぬ。わかったにゃ。我が折れてやるから飯を用意するにゃ」
「いや、ぜんぜん意味が分からないが。結局、俺と従魔契約するのか?」
「そうしないと飯をくれないのなら仕方にゃいのだ。ただし、一方的な主従関係は拒否するにゃよ」
マジか。どんだけ主張の強い魔獣だよ。
「まあ、いいだろう。なら、一方的な強制はしないってことで契約するぞ。お前、名前は?」
「そんなものあるわけないにゃ。形だけでも主人になるのなら勝手に名前をつけるがいいにゃ」
「まあ、お前がそれでいいなら構わないが……。そうだな、真っ白でふわふわだから『ホイップ』でどうだ?」
「ホイップか。なんだか甘そうな名前ではあるが良いだろう」
「名前が決まったから契約をするぞ。素直に受け入れろよ」
俺はホイップにそう告げると従魔契約の儀式を始めた。
「ホイップと名付けし魔の力を持つ者よ。汝の者の従魔として共に歩むことを求む」
――フォン
従魔契約の儀式が終わるとホイップの額が赤く光を放ち雷の紋章が現れる。ホイップは雷の属性を持つ魔獣のようだ。
「契約も済んだことだし、村に向けて出発するぞ」
「にゃんだと!? 先に飯の追加を要求する!」
「馬鹿野郎。お前は喰い過ぎだ! 少しはダイエットしたらどうだ?」
「むぐぐ。それは契約違反である」
「やかましい、ほら、これを食ったら出発するからな」
口論が面倒になった俺は干し肉をぽいとホイップに向けて投げてやる。
「うむ。分かればいいのである」
こうして俺は口の悪い従魔と共に旅をすることになったのだった。
◆
トルバリンへの旅路は白猫魔のホイップを仲間にしたこと以外は順調だった。この辺りは警備隊が定期的に巡回しているようで街道沿いに大型の魔物が出没することはなく、小型の獣がときどき出ては俺たちの食事に変わっていったくらいだ。
「まだ着かないのにゃ」
「そうだな。もう半日くらいでアルガン村に着くはずだ。急ぐ旅じゃないから一日休みを入れるつもりだ。しかし、もう少し早く歩けないのか?」
ホイップは面倒くさそうに、ゆっくりした動作で歩く。これが急ぐ旅なら間違いなく置いていくことになっていただろう。
「腹が減っては歩く気にもならぬ。飯はまだか?」
本格的に燃費の悪い奴だな。これは強制的にダイエットをさせたほうが良いかもしれん。
「なあ、ホイップは元からそんなに丸い身体なのか? それともなんらかの呪いで丸くなったのか?」
自分で言っていて変だとは思うが、呪いで丸くなるなら食欲爆増の呪いなんてものがあるのかもしれない。時間があったら本格的に調べてみるとするか。
「――とりあえずこれでも食ってろ」
定番の干し肉をホイップに投げて俺はため息をつく。今は俺が飯を提供しているが、この先ホイップには自分で食料調達が出来る力をつけてもらわなければならないだろう。
「また、欲し肉かにゃ?」
「文句があるなら食材を捕まえてこい。ほら、お誂え向きにディアが歩いているぞ」
俺が少し遠くを指差す。視線の先には体長一メートルほどのディアが歩いている。草を食んでいるためか、こちらにはまだ気が付いていないようだ。
「我が倒すのか? 無理に決まっておる」
「おいおい、偉大なる神獣とやらはどこにいったんだ? ディアなんておとなしい獣は他にいないぞ。それに、その額の紋章はただの飾りなのか?」
俺はその場にしゃがみ込むとホイップの額にある雷の紋章に指を当てる。
「にょにょにょお!?」
俺がホイップの紋章に触れた瞬間、それは光を放つとホイップからは溢れ出すほどの魔力が感じられた。
「こいつは驚いた。なかなかいい魔力を持っているじゃないか」
「にゃんと!? これは初めての体験なり! この熱くたぎる力を今すぐ解放したいにゃ!」
ホイップはそう叫ぶと魔力を感じてこちらを向いたディアめがけて魔法を放ったのだ。
「にゃんだー!」
ホイップの叫びに合わせて赤い雷がディアを襲う。ディアも強い魔力を感じて逃げ出そうとするがホイップの雷魔法はスピードが速くディアはその場から一歩も動けないままに直撃を食らったのだった。
「――この獲物は我が仕留めたのだ。八割を要求する」
いままで散々に俺から飯をたかっておいての言い分ではないと思う。別にディアの肉が美味いのに俺の取り分が少ないから文句を言っているわけでは決してなく、少しばかり世間の厳しさを教えてやるのも必要だろう。
「ほう。八割も持っていくつもりなのか。少々欲張り過ぎのような気もするが……」
あまり大きな獲物ではないが初めてホイップが狩ったのだ。俺は取り分を必死に主張するホイップを見て分かったとばかりにうなずいて了承する。
「まあ、良いだろう存分に食うがいい。但し俺は先に二割ほどいただくからな」
俺はホイップにそう告げると背ロースの一級品部位を綺麗に二割ほど切り抜いた。
「ほら。残りの八割はお前のものだ。好きにするがいい」
二割ほど切り抜いたが、元々ホイップの十倍は大きなディアだ。いくら食いしん坊でも体積の十倍の肉を一度に食うなんてことは出来まい。残った肉は収納袋で運んでやる代わりに何割かの手数料を要求してやるつもりだ。




