第10話 トルバリンの町
俺たちはその後も特に魔獣等と出会うことなく目的地であるトルバリンの町に到着した。町の様子は静かで出歩く人の姿もまばらだった。
「本当に助かりました。私の店は街の東側にありますので何か必要なものがありましたら是非とも覗いてみてください。出来る限り対応させてもらいますよ」
ガベルは街に入ってすぐの広場で俺を降ろすと報酬を渡しながらそう言ってくれる。
「正直、こっちも助かったよ。馬車の手配がうまくいかなくて歩いてくるつもりだったからな。ところでギルドの建物はどこにあるんだ?」
「何か依頼があるのですか? ギルドは街の中央広場に面した場所に建っています。看板はどの町でも同じですからすぐに分かると思います」
「街の中央広場か……。行ってみるよ」
「はい。では、私はこのへんで失礼しますね」
ガベルはそう言ってもう一度頭を下げると東方面の道へ馬車を進ませて行ったのだった。
「この町を拠点とするなら商店とも付き合いは必要だし、何かあれば訪ねて行ってみるか」
走り去る馬車を見送りながら俺はそうつぶやく。そして、中央広場にあると聞いたギルドの建物を目指して歩き出した。
「――ここだな」
ガベルに教えてもらったように中央広場のそばに建つギルドを見つけた俺はそのドアを押し開く。
――からんからん
ギルド共通のドア音が響き、中にいた者の視線がこちらに集まるのを感じる。
「職業ギルドへようこそ。ご用件を伺ってもよろしいでしょうか?」
ひとりの若い受付嬢が俺に気づいて声をかけてくる。
「店を開きたいのだが、開店に伴う建物と必要な登録書類の情報が欲しい」
「開店の登録ですね。では窓口までお願いします」
受付嬢は笑顔で俺を窓口に迎えていくつかの書類を並べて話し始める。
「私は職業ギルド商業課担当の受付をしているエリザと申します。お名前を伺っても宜しいでしょうか?」
「グラードだ」
エリザと名乗った受付嬢は軽くうなずくと慣れた様子で質問をしてくる。
「それでは、どのようなお店を開くおつもりでしょうか?」
「食堂だ」
「希望の地区などはありますでしょうか?」
「この町に来たのは初めてだからどのあたりが適正かは分からない。ギルドで勧める地区はあるのか?」
「そうですね。基本的にどこの地区も飲食店は不足していますので問題ありませんが、北地区は難しいかと思います」
「何か問題でもあるのか?」
「ご存知かもしれませんが、トルバリンの北には魔樹海と呼ばれる森が隣接しています。そのため、魔獣が柵を越えて侵入することがあります。ですので、北地区では住民も少なくそれに比例してお店自体が少ないのです」
「なるほど。ならば、北地区一択だな」
「? 今の話を聞いていましたか?」
「ああ、もちろん。北地区は競合する店が少ないって話だよな?」
「いえ、その話よりも魔獣が入り込んで危険だと……」
俺の心配をしてくれているのか、必死に俺が北地区を選択しようとするのを止めようとしてくる。だが、もとより魔獣肉が欲しい俺は狩りに行くのに近い方がありがたいのだ。
「その魔樹海には多くの魔獣がでるのか?」
「町の近くはそれほどでもありませんが、奥に行けば行くほど危険となります」
「そいつはいいな」
「え?」
「いや、こっちの話だ。それよりも俺は王都でAランクの認定を受けている冒険者だ。害獣はもちろん、魔獣を退治した経験もある。合間に森の調査や害獣の討伐依頼を引き受けてもいいぞ」
「え? 本当ですか!?」
それまで北地区での開店に消極的だったエリザの目が大きく見開かれる。
「何十頭もが一気に襲ってこない限りは問題ない。それに、魔樹海にも一度は行ってみたいと思っていたからな」
「――でしたら、お願いしたいことがあります」
俺の答えにエリザは別の書類を並べると真剣な表情で説明を始めた。
「お話をしたように北地区には害獣や魔獣が侵入してきます。それにより周辺の畑が荒らされたり、怪我をするなどの人的被害も起きています。ギルドとしても冒険者の方に依頼を出して駆除をお願いしたりしていますが、こんな北の辺境に高レベルの冒険者は滞在してくれません」
「その程度の依頼なら構わないぞ。ただし、緊急を要する時以外は基本的に店が休みの日になるがな」
「それで十分です。よろしくお願いします」
「ならば、正式に契約を交わそう。こちらとしてはいつでも好きな時に森に入る通行証があればいい。あとは実績に応じて報酬を貰えれば十分だ」
「それだと、定期的に巡回してもらった時に害獣が出没しなければ報酬がないことになりますよ?」
「問題ない。もともとギルドの討伐依頼なんて実績報酬だよな? だから、討伐証明のない場合は無報酬が普通だろ?」
俺は笑みを見せながらエリザにそう告げる。もともと森で肉素材は自力調達しようと思っていた俺には討伐証明部位の提出をするだけで追加報酬がもらえるのはご褒美でしかない。それなのに、何故かエリザは感動した様子で俺をみつめていた。
「ああ。討伐した害獣の肉は俺が開く食堂で提供しても問題ないよな? 絶対にギルドに卸さなければならない規定は無かったと思うが……」
「はい。もちろんギルドでも買い取りはしておりますが、ご自分で処理をされても問題はありませんよ。ただ、魔獣には気をつけてください。魔獣の肉は毒に犯されていると言われていますので間違えて食べると大変なことになるかもしれません」
やはり、このギルドでもその認識なのかと俺は彼女に見えないようにため息をついた。
「わかった。まあ、うまくやるよ。それで、定期的な森の巡回と害獣などの討伐依頼を引き受けるので出来るだけ魔樹海に近い門の付近にある物件を借りたいと思うが、斡旋をしてもらえないか? 予算はこのくらいまでなら大丈夫だ」
「わかりました。すぐにお調べします」
エリザはそう言うと棚から物件の書かれている書類の束を取り出して調べてくれた。
「――グラード様のご要望だとこの物件が向いているかと思われます」
彼女が推してくれたのは街の北門のすぐ傍に建つ二階建ての物件。エリザによると前は宿を営んでいたが、稀にとはいえ害獣や魔獣侵入の可能性がある地域での営みは難しく、宿主も早々に撤退したそうだ。その後もなかなか借り手がつかずに空き家となっていたそうだ。
「――こちらが物件の場所が書かれている地図となります。建物の鍵は北門の門兵にこの紙を提示していただければ貸してもらえますので、実際に物件を確認されてから契約を考えてくださいね」
エリザはそう言って物件の情報が書かれた書類と鍵を借りる許可書を渡してくれた。
「ありがとう。これから物件を見てくる」
「はい。お気をつけて」
エリザは丁寧なお辞儀をして俺を見送ってくれたのだった。




