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第5話 王都を捨てて辺境の町へ

 驚くことに軽く当てただけの肉はほとんど力を込めずともスッと切れてしまう。その肉の切断面からは驚くほどに肉質がいいものだと語っていた。


「なっ なんだ、この柔らかさは!? これは本当に肉なのか?」


 驚愕の表情を浮かべながらバズデルがフォークで肉を刺すとプルンと跳ねるように肉汁をしたためてフォークの先で踊る。バズデルは目を大きく開きながらその肉を口へと運ぶ。


「こ、これは!? う……」


「う?」


 完全に「うまい」と言いそうになったのは分かり切っていたが、俺は敢えてそれを追求しない。


「全部食ってから感想を言ってくれ」


 俺が残りを食うように誘導するとバズデルは残った大きな肉の塊にフォークを刺して齧りついたのだった。


「――それで、どうだった?」


 全ての肉を食らいつくしたバズデルに俺は冷静に問いかける。


「くっ。た、たいしたことないな。この程度の味なら俺様は何度も経験したことがある。よって俺様を唸らせることが出来なかったお前の負けだ。いいな!」


 ――かちゃり


 バズデルの荒い声が部屋に響くと外で待機をしていたドーンが静かに部屋に入って来る。


「その判断はどうかと思いますよ」


「ドーンじゃないか。どうしてお前がここに? もしかしてお前たちグルなのか?」


 いきなり現れたドーンにバズデルは不快そうな表情でそう言い捨てる。俺は次の言葉を発しようとしていたドーンを手で遮ると威圧を与えながらバズデルを見下したような目で告げた。


「――あの肉を全て食ったのに、まだそんなことが言えるのはたいしたものだ。だが、嘘はよくねえな」


「なんだと? 俺様が嘘をついているというのか?」


 怒りでソファから立ち上がろうとするバズデルの肩を押さえて座り直させると俺は準備していたものを取り出す。


「この料理は当然分かるよな? この店で一番高いメニューの品だ。このためだけに自腹で注文して頼んでおいたんだよ。しかし、原価を考えるとぼったくりにも程があると思うぞ」


 俺はため息をついてその料理をバズデルの前に置いた。


「食ってみろ。俺の料理とどっちがうまいか、その自慢の舌で確認するがいい」


 俺の言葉にたじろぎながらバズデルは料理を口に運ぶ。


「うっ!? なんだこの料理は? 不味くて食えたものじゃない。安物の食材で作ったのか?」


「なんですって!? そんなはずはない。私にも食べさせてください」


 バズデルの言葉にドーンが慌てたようにテーブルの上にある料理を少し食べてみる。


「いえ、いつもお客様に出している料理と同じものです。十分に美味しいと思いますが……」


「馬鹿を言え! こんな不味い料理を出していたらすぐに客が飛ぶぞ! 適当な仕事をしやがって、お前もクビになりたいか!」


「適当な仕事をしているのはお前の方だろ? 料理長とは名前だけで自分は厨房に姿さえ見せずに文句ばかり言っては客に調子のいいことばかり。残念だが、もう二度とお前は美味い食事にありつくことはない。せいぜい残りの人生を不味い飯を食って生きるんだな」


 俺はそうバズデルに告げてから立ち上がり、ドーンに顔を向けると笑みを浮かべて言った。


「すまないが、この店で学べることはなさそうだ。この男を見ていたら必死になって学ばなくても店はやっていけそうだ。また、どこかであったらよろしく頼む」


「ま、待て! お前は賭けに負けたんだ。この店で一生奴隷にしてこき使ってやる。絶対にゆるさんぞ!」


「ふん。やれるものならやってみな。お前みたいな奴は今まで多く見て来たが、実際に向かって来たのはごくわずか。そいつらも全員返り討ちにしてやったがな。まあ、楽しみにしてるぞ」


 俺はそう言うと荷物をまとめて店を出たのだった。



 翌日、ギルドに料理店を辞めたことを報告に行くと受付嬢が苦笑いをして迎えてくれた。どうやらあの後すぐにバズデルがギルドに苦情を入れたらしく彼が王都で幅を利かせている商家の息子であることを理由にギルドは俺にペナルティを与える約束をさせられたらしい。


「非常に心苦しいのですが、王都職業ギルドはグラードさんに対して全ての斡旋業務を禁止されてしまいました。さらに、今回のグラードさんの一方的な退職により業務に穴が出来たとされ罰金を科されています。大変申し訳ありません」


 彼女としても上層部の決めたことを俺に伝えているだけで彼女に落ち度は全くない。それどころか心理的負担を彼女一人に押し付けたギルドの上層部に怒りさえ感じた俺だった。


「そちらの事情は分かった。俺としても身動きの取れない王都に居ても仕方ないから今日にでも王都を離れるつもりだ」


「どちらに向かわれますか?」


「他の人には話してほしくないが、北に向かうつもりだ」


「北……まさか、魔樹海の町トルバリンでしょうか?」


 俺は彼女の問いには答えずに懐から指定された罰金をカウンターに置いて苦笑いを返すと彼女にこれまでの礼を伝えてギルドを後にした。


「しかし、王都を出るのは構わないが、ちょうどいい馬車があればいいのだが……」


 魔樹海の町トルバリンとはワイバース王国の最北部に位置する町で、隣には魔素を多く発生させる森がある。その魔素が発生するせいで森では魔物や魔獣が多く生存しており、森の開拓が出来ないために森はどんどん成長し、巨大な魔樹海とされていたのだ。


「すまないが、トルバリンに向かう馬車は出ていないか?」


 俺は馬車の運行を管理する建物で確認をするが返事は芳しくないものばかりだった。


「職業ギルドから締め出されているから商人の護衛任務も受けられやしないからな」


 俺は深いため息を吐くと近くの食料店で品物を買い集めると北門へと向かった。


「まさか歩いて行くつもりか?」


 北門では門兵が出入りの管理をしており、歩きで出発しようとする俺に驚いて声をかけてくれる。


「一番近い村アルガンでも馬車で三日の距離だぞ? 一人で本当に大丈夫なんだろうな?」


 門兵は本気で俺の心配をしてくれているようで簡易な地図の写しを手渡してくれる。


「すまないな。ちょうど地図が欲しかったところだったんだ」


 俺は門兵にそう告げて銀貨を一枚手渡した。


「本当は俺も馬車で行く予定だったんだが、ちょうどいい馬車がなかったからな。なに、こう見えて俺は元冒険者だったから野営には慣れているから心配ない」


「そうか。ならいいが、気をつけるんだぞ」


 俺は優しそうな門兵に見送られながら北の街道を歩き出す。


「――久しぶりの旅だ、ゆっくり行くか」


 三か月の間、料理店で仕事に励んでいたがゆっくりする暇はあまりなかったので誰にも邪魔されずに行く一人旅は心地好いものだった。


 俺が王都を出てのんびり旅を満喫していた頃、バズデルは食えない食事に青い顔をしていた。


「……すべての飯が不味い。いったい俺の味覚はどうなっちまったんだ? こんな不味い飯ばかりだが、食わなければ空腹で死んでしまう。誰か助けてくれ」


 俺の食事を食ったバズデルは俺の思惑どおりに味覚障害を起こしていた。これまで金にまかせて美味い飯を食べ続けてきたんだ。飯が不味く感じても食えないほどではないが、これまでのように飯で幸せを感じることは出来ないだろう。


 結局、バズデルは治療のために店を手放すことになり、副料理長だったドーンが店の皆で資金を出し合って店を買い取り、経営は順調だそうだ。


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