第4話 幻とされた料理
「皆、お疲れだったな。今日の食事会は大成功だったと言える。客たちも満足してデザートまで完食していたからな」
客を帰して店の片づけをしながらドーンが労いの言葉をかけてくる。役職的には副がついているが、間違いなくこの料理店を支えているのはドーンだろう。
「今日の材料費はちゃんと申請するんだぞ。さすがにケチなオーナーでも自分で招いた者たちで使った食材費くらいはちゃんと清算してくれるだろう」
ドーンの言葉に俺は少しばかり悩むことになる。食材費の清算と言われても自分で狩ってきた素材だ、買ったわけじゃないからいくらにすればいいか悩みどころだ。
「紙に書いて副料理長に渡せばいいんだな?」
「そうだが、正直に書いてくれよ。以前、高く記入した奴はばれて逆に罰金をくらっていたからな」
「確かに、あのオーナーならやりかねんな。気をつけておこう」
◆
――翌日から店は通常営業だったが、明らかに良いとこの令嬢の姿が増えていた。調べてみると食事会に参加した者からの口コミで客が殺到したようだ。
「これもオーナーの思惑どおりなのかね?」
相変わらず下処理と雑務ばかりをこなしながら俺はドーンに尋ねた。
「これは噂だが、昨日来ていた子爵令嬢がこの店の料理を食べた後で病気が治ったというのだ。表向きには隠していたようだが、彼女は胸に病を抱えていて数多の薬師が回復を試みたが、治療に成功した者はいなかったという。それが、食事会から戻るとすっかり回復していたとなれば疑われるのはこの店だ。まあ疑われると言っても今回は良い方向にだがな」
ドーンは笑みを浮かべながら料理の準備をする。まあ、間違いなく原因は俺の使った食材にあるだろうが、真相を知るのは俺のみなので敢えて報告はしない。ここでばれることによって俺の大切な魔獣食材のストックを浪費させられるのは御免だからだ。
「どうせ、加熱は今だけだろう」
試したかったとはいえ、魔獣肉を使ったのは失敗したかなと思いながら俺は話が過熱しすぎないようにとため息を吐いたのだった。
「――これはいい。王都中から大金を積んでまで食べにくる奴らの多いことよ。これで、今まで以上に儲けることが出来るぞ。そうなれば、無能な兄たちを出しぬいて……」
その日は日頃、姿さえ見せないオーナー兼料理長のバズデルが上機嫌でドーンに絡んでいた。
「俺様が居なかったあの日に出した料理を全て再現しろ。その中に今回の好評人気になった原因があるはずだ」
バズデルは興奮した様子を押さえることもせずにドーンに命令する。ドーンはバズデルに食材は店で準備してもらえるようにとお願いをして引き受けることにした。後日、あの日に出された料理がバズデルの前に並べられたが俺の料理はそこには無かった。
「まあ、当然だろう。オーナーの許可なく作った料理だし、こんな奴にせっかくの魔獣肉料理を食って欲しくはないからな」
俺は食材の下処理と雑務を無心でこなしながら完成した料理を満足そうに食べるバズデルを冷ややかな目で見ていたのだった。
「――どれもそれなりの味だが、元の素材が安物だと絶賛されるほどの物はないな。本当にこれだけしか出していないのか?」
さすがにうまい料理を食い慣れているだけあって料理は出来なくとも舌は肥えているようだ。バズデルは怪しんでドーンを追及するが彼は涼しい顔で嘘をついた。
「それで全てですね。今回、お越しになられた方々は貴族家でも子女の方々でした。バズデル様ほどの美食家ではありませんので並んだこの料理でも十分に美味しいと感じられたのでしょう」
「む、そうか。確かに言われてみれば令嬢といえども舌は子供舌だと言われても納得するしかないな。まあいい。実際に人気が出て多くの金を落とす奴らが押しかけているのは現実なのだからな」
ドーンの言葉に物事を深く考えないバズデルは勝手に納得して引き揚げていく。面倒事を回避できてよかった。後でドーン副料理長には礼を言っておかなければ。
――結局、あの食事会で出された魔獣肉料理は幻の料理とされ、娘の病気が治った礼をしようと子爵家当主が店を訪れたこともあったが真実は明かされずに徐々に鎮静化していくことに。そして俺がこの料理店で働きだして三か月が経過。あいかわらず雑務と下働きばかりの状況にさすがの俺も不満が溜まっていた。
「そろそろ店の経営について知りたいのだが、いつになったら教えてくれるんだ?」
当初は俺が店の売り上げに貢献すれば教えると言っていたにもかかわらず、いまだに店で出す料理を作らせてくれない。こいつは絶対に約束を守るつもりはないのだろう。
「ああん? お前はまだ店の売り上げに貢献してないだろうが。下働きの分際で俺様に意見するなど百年早いわ」
普通の従業員なら経営者からの威圧を受ければ萎縮して引き下がるものだが、Aランク冒険者として数多くの脅威と向き合ってきた俺にとっては蚊の鳴くようなもの。修行の一環として黙っていたが面倒になってきた。
「なら、アンタを唸らせる料理を作ったら約束を守るか?」
「はっ! 俺様の舌を唸らせるだと? 馬鹿も休み休み言え。いいぜ、一度だけチャンスをやろう。本当に俺様を唸らせることが出来たなら約束を守ってやろう。だが、駄目なら一生お前は下働きのままだ」
一生下働き――その言葉を恐れて頭を下げてくると思っている馬鹿オーナー。こいつにはほとほと愛想が尽きた。その傲慢な態度を死ぬほど後悔させてやろう。
「――なら、今から作ってやるからそこで待っていろ」
「後悔するなよ。これでお前は一生この厨房で奴隷のように下働きをすることになる」
俺はバズデルに啖呵を切ってから厨房に戻る。そこには神妙に顔つきのドーンが待っていた。
「なぜ、そう焦る。そろそろお前にも次の段階に進んでもらうつもりだったんだが」
「ははは。副料理長も俺とほぼ同い年なんだからわかるだろ? 俺にはのんびりする時間は少ないんだよ」
俺はドーンの横を抜けると魔導コンロの上にフライパンを置き、おもむろに収納袋から最上級の魔獣肉のステーキを取り出して熱くなったフライパンに放り込む。熱いフライパンと接触した肉は悲鳴を上げるように高い音を立ててその中心にむけて熱を吸収する。
「あんなやつに食わせるには勿体ないが、二度と普通の飯が食えないようにしてやる」
じっくり熱を蓄えた肉を前に取り出したのは、熊の魔獣から抽出した爪の粉末。これには強烈な味覚の向上作用があり、苦い薬などを食べなければならない時に少量使うことで味覚を騙して楽にする薬の一種であった。
「自称で美食家を謳っているんだ。さぞかし泣いて喜ぶことだろう」
こうして極上のステーキを焼き上げた俺はバズデルの待つ部屋へと向かおうとするが、ドーンが通路に立ちふさがった。
「本当に大丈夫なのか?」
「心配なら一緒に来てもいいぜ。俺の料理が奴を唸らせるところを見せてやるぜ」
これまでも何かと面倒を見てくれていたドーンに魔改造したステーキを食わせるわけにはいかない。彼ならば本当にうまいステーキを無償で食わせてもいい。
「本当は一緒に入りたいが私の姿を見るとその料理を私が作ったものと勘ぐる可能性があるのでドアの前で待機しておく。オーナーが無理難題を言い出したら仲裁に入るつもりだ。なに、私をクビにしたらこの店は回らないことはオーナーもよく分かっている。大丈夫だ」
ドーンはそう言ってオーナー室の前に静かに立つのを見届けると俺は部屋のドアを開けて中に入ったのだった。




