第3話 貴族子女たちの食事会
厨房で働き始めてから約一か月が経った。相変わらず店に出す料理には手を出せずに下処理と雑用ばかりこなしていた俺にドーンがある提案をしてきた。
「明日の食事会だが、用事があるとかで珍しくオーナーが不在だ。それでだが、せっかくの機会だから一品作ってみるか?」
黙々と下働きをこなす俺を見てさすがに不憫に思ったのだろうか。
「それってどんな料理でもいいのか?」
普通、店が提供するメニューは決まっているはずで、勝手に新しい料理を出すわけにはいかない。だが、ドーンは店の味を再現出来ないことを知っていて俺に話を振ってくれたのだからと期待をして問い返してみた。
「明日はオーナーの知り合いを招いて食事会を予定している。店も貸し切りにしてあるが、若者ばかりの食事会とのことで個別に出す料理じゃなくて雑多な料理を並べてバイキング形式にするそうだ。それならば一品くらいグラードが作っても問題ないだろう」
なるほど、数十種類のなかの一品ならば店の味と違っていても問題はないだろう。
「使う食材に制限はあるのか?」
「予算が限られているから、いつも店で使っているような高級食材は使えない。だから、別で仕入れをして後で清算をすると聞いている。だが、その反面オーナーからは安い素材でうまいものを出せとの指示も出ている。まったく、自分で調理をしてみろってんだ」
思わず不満が口に出たドーンだったが、よくあることだと苦笑いを見せただけですぐに今日の準備に意識を向けていた。
「低予算で美味いものを……か。望むところだ」
俺は久しぶりに料理が出来ることに笑みを浮かべると明日を楽しむことにしたのだった。
「――これでいいか?」
当日、それぞれが任された品数の料理と向き合っていた中で俺は完成した料理をドーンに見せる。名目上はバズデルが料理長だが、不在のためドーンが最終確認をすることになっているためだ。
「もう出来たのか。しまったな、こんなに早く作れるならもう一品頼めば良かった」
ドーンはそう言いながら俺の作った料理を確認する。この料理は俺が店を持った時に提供しようと考えていた料理のひとつだ。一目では魔獣肉だとわからないように細かく刻んだものを丸く成形して焼き上げた料理。いわゆるミートボールだ。それを三個ずつ串に刺してある。
「見た目はただの茶色の肉団子だが、串に刺してあるのが食べやすそうだ。どれ、ひとつ試してみるか」
ドーンは串の先を掴むとそれを口に運ぶ。次の瞬間、感嘆の声が厨房に響き渡った。
「なんだ、この肉は!? こんなに深みのある肉には出会ったことがない。どこでこんな肉を見つけてきたんだ?」
初めて食べた魔獣肉にドーンが興奮して俺に問いかける。
「実は、食材費を節約しようと思って自分で《《狩って》》きたんだ」
「ん? それは、わかっている。自分で《《買って》》きたんだろ? どこで買ってきたんだ?」
「南の森で偶然、見かけてな。運が良かったよ」
「南の森? ああ、南の地方から来た行商人から買ったのか。本当に運のいいやつだ」
微妙に話が食い違っていたのだが、ドーンが納得したところでこの話は終わる。
「これなら問題ないだろう。すまないが、会場の準備に人が足りていないようだからそっちを手伝ってやってくれ」
俺は食材について詳しい説明をしようと思っていたが大量の料理を作るドーンに迷惑になると思い、久しぶりに作った料理に満足しながら会場準備を手伝ったのだった。
◆
「――本日はサファリアにお越しいただきましてありがとうございます。会話を楽しみながらの食事会とのことでしたのでバイキング形式として提供させていただいております。基本的にどの料理を召し上がっても結構ですが、足りないようでしたらお近くの給仕の者へお願いします」
集まった人たちに対してドーンが料理人を代表して挨拶をする。俺は部屋の一番端でこっそりと様子を窺いながら招かれた者たちを観察する。大手商会のボンボンからの紹介だからそれなりに裕福な家の子女たちなのだろう。皆上等なドレスを着ているのが見える。
「ありがとうございます。では……ケホッ」
皆を代表して礼を言った女性が咳をひとつする。
「失礼しました。では、皆さん。料理に感謝しながらいただきましょう」
彼女の言葉に他の者たちは我先にと料理に手を伸ばす。大皿の前では給仕の者が料理を小皿に取り分ける作業を忙しくこなしている。
「――これ、凄く美味しいです!」
「これなんて口のなかでとろけちゃう」
普通の食事会とは違い、女子ばかりのパーティー形式。彼女たちはこぞって見た目の華やかな料理ばかりに集中していた。
「もう少し見た目にこだわった料理にすれば良かったか?」
見た目が地味な俺の料理には残念ながら誰も手をつけていない。串を持って食べる料理など裕福な子女が手にとるなんてないのだろう。
「まあ、仕方ない。これも今後の課題として受け止めよう」
俺が自分を納得させる言葉を噛みしめていると一人の女性が興味深く俺の料理を見ていることに気がついた。
「あれは最初の挨拶をしていた娘だな。シンプルな盛り付け(串で刺しただけ)に興味が湧いたのだろうか」
女性はじっと料理を見ていたが、意を決して串を手にすると一番先の肉を口にした。
「お、美味しい……」
一つ目の肉を飲み込んだ女性は目を輝かせながら次の肉を見る。しかし、一番先にあった肉とは違い二つ目を食べるには横から齧り付く必要がある。さすがにそれは恥ずかしいのか傍にいた給仕の女性に串を外してもらうように頼んだようだ。皿に乗ったふたつの肉をそれまで刺してあった串を使って口に運ぶ女性。ひとつ食べるたびにうっとりとした表情となるのが分かる。
「そうだろ。そうだろ。見た目はともかく食ってみればうまいのは分かるはずだ」
俺が満足そうにうなずいていると彼女の様子に気が付いた友人らしき女性が彼女に声をかけた。
「ユリアス様。お身体のほうは大丈夫でしょうか?」
「え、ええ。先程まで胸が苦しかったのですが、皆さんと楽しく過ごしていたせいか、今は問題ありません。それよりこの料理ですが、見た目は地味ですが今まで食べた事のないほど美味でした」
「え? 子爵令嬢であるエリアス様が食べたことのないほどの料理ですか?」
「――あの女性は子爵令嬢だったのか。ということはここに集まっている者の大半は貴族令嬢かそれに準ずる者ということだな」
貴族令嬢にも通用した料理に俺は満足しながら小さくつぶやく。
「ユリアス様がおっしゃるならば間違いないでしょう。私も食べてみたいです」
「でしたら、この串からお肉を外してもらうように給仕の方にお願いすると良いですよ」
「そうですよね。この料理を作った人って女性が食べることを考えてないのでしょうか? きっと女性に縁の薄い、おじさん料理人とかですよ」
料理を串から外してもらいながら彼女がユリアスに話しかける。
「正解だよ。ちくしょう」
女性の心ない言葉に少しだけ傷つきながらの彼女の感想に聞き耳を立てる。
「あ、凄く美味しいです! 見た目はともかく、肉汁の旨味がぎゅっと凝縮されていていくらでも食べられそうです」
「――私も食べてみたいです」
彼女の言葉を聞きつけた別の女性が同じように俺の料理に手を出す。それから料理が無くなるのは早かった。話を聞きつけた全員がこぞって俺の料理に殺到したからだ。
「すみません。この料理はもう無いのですか?」
まさか俺の料理が一番に完食されるとは思わず唖然としているとドーンが慌てて俺のところに飛んで来て料理の追加は出来るのかと聞いて来たのだ。
「すまないが、材料が切れてしまって作れないんだ。予算があったし仕入れもあまり多くなかったから」
魔獣肉料理を気に入ってくれたのはありがたいが、貴重な魔獣肉をそうそう大盤振る舞いが出来るわけがないし、あまり多く食べさせ過ぎて他の料理人が作った料理を残されるのも気が引ける。
「そうか、なら仕方ないな。皆さんにはお詫びを言っておこう」
「すみません。ドーン副料理長」
「いや、構わないよ。もともと今回だけの料理だったから仕入れ分しかないのは仕方ない」
ドーンはそう言うと問いかけてきた令嬢たちに詫びながら説明をしたのだった。




