第35話 未登録の治療薬
それから数日のこと、ギルド長のモルドーから呼び出しがかかった。なんでも急ぎの用件らしく俺は午後の休憩を返上して面会に向かった。
「――よく来てくれた。君も忙しいだろうにすまないな」
ギルド長の執務室に案内された俺は忙しく仕事をするモルドーから呼びつけたことへの謝罪を受け目の前のソファーに腰をおろす。
「それは構わないが用件を聞こうじゃないか。なにか緊急のことなんだろうが、一介の料理人に出来ることは知れてるぞ?」
まあ、十中八九は流行り風邪の件なのだろうが、何を話してくるつもりだろうか?
「今、ここトルバリンでも流行り風邪が広がっていて外出する者も少なくなっているが、客の中には咳き込む者もいるのではないかね?」
「いえ、うちの店に来てくれるのは殆どが常連だが咳き込むようなお客はいないな。前に王都で流行り風邪がまん延したと聞いたが、トルバリンはまだ大丈夫なんじゃないのか?」
実際は南地区から広がっているとの情報を得てはいたが、とりあえず知らないふりをしてみることにしたのだ。
「王都に広がれば少しばかり距離があるとはいえ、トルバリンは隣町だ。当然ながら既に広がりつつある。運の良いことに北地区は住民数自体が少ないから目立っていないだけで発病の報告も上がっている」
「そうなのか? 俺の周りには発病した者が居ないから知らなかったよ。それで、そんな話を聞かせるために俺を呼んだわけじゃないよな?」
俺は出された紅茶に口をつけながらモルドーの意図を探るように言う。
「実は今、君が言ったことが重要なんだよ」
「俺が言ったこと? 何の話だ?」
「今、君は《《お店に来る客の一人も流行り風邪の症状が出ている者は居ない》》と言った。確かにここ北地区は他地区に比べて患者数は少ないが全く居ないわけではない。それらの患者に対して薬を手配しているのだが、他地区の方が患者も多いとの理由で北地区への配分が減らされているのだ」
「それは気の毒だと思うが、その事と俺がここに呼ばれたことに関係はあるのか?」
俺は今までモルドーに魔獣のことを話した記憶はない。ましてや魔獣の素材から薬を作れるなど彼が知るはずもないだろう。俺はじっとモルドーの言葉の意図を知るために彼の言葉を待った。
「――私はまだ行ったことはないが、君の食堂にはギルドの関係者も来店しているんだ。特に北門の警備を担当しているカール君などは常連だそうじゃないか。彼から聞いた話だと君の食堂で食事をしている者は病気にかからないという噂があるようだね」
「ははは。それはたまたまそうなっているだけでしょ? 人は美味い栄養のあるものを食ってしっかり休めばそうそう病気にはならないだろう。うちに来る客たちにはしっかりと満足してもらえる料理を提供しているだけだ」
モルドーがどこまで把握しているかは分からないが、少なくとも俺の店では魔獣の肉を提供しているのは分かっているだろう。前にカールの指摘で店内に掲示してあるから誰かが報告をしていてもおかしくない。
「正直、この報告が上がってきた時は耳を疑ったよ。まさか君の食堂で魔獣の肉を提供しているとはな。本来ならばすぐに営業停止といきたいところだが君の店が開店してすでに数か月、常連の者が毎日食べて健康を害するどころか健康そのものだとの事実は受け止める必要がある」
なるほど。流行り風邪の薬をどうこうではなく、俺の店の常連たちが元気なことを聞きつけたギルド長が調べた結果、魔獣肉のことが発覚したわけだ。まあ俺も隠すつもりはなかったし、遅かれ早かれギルド長には話をしなければならなかったのだ。今回の件で魔獣肉が無害だと証明が出来ればもっと堂々と商売が出来るだろう。
「魔獣の肉は決して毒ばかりではない。もちろん魔獣の種類によっては毒となる部位もあるが、それは他の生き物や植物でも同じことが言える。ただ、知識が足りていないだけだ」
「魔獣肉は毒だとギルドでは昔から伝えられていた事だ。そう言われてもにわかには信じられないが、嘘だと断定するには君に有利な事実が揃い過ぎている」
モルドーはそう言うとじっと俺を見据えて問いかけた。
「本当に君の作る料理に病気の予防や治療をする効果はあるのか?」
「使う素材にもよるが少なくとも予防には効果があるだろう。治療に関しては特別な方法で作ったスープなら、といったところだ」
俺の言葉にモルドーはうなずくと口を開く。
「本来ならばきちんと効果の検証を行ってから許可を出すべきなのだが、さっきも言ったように薬が足りていない。このギルドの職員も既に数人が罹患しており仕事に支障が出ている状態だ」
「なるほど。その職員に対して治療スープを作って欲しいとの依頼か。だが、ギルド長も分かっているだろうが未登録の治療薬だぞ? 後で問題になって責任を押し付けないと約束してくれるか?」
なにせギルドが禁止している魔獣素材を使うのだから後になってゴタゴタするのは勘弁だ。
「君は何を言っているんだ? 作ってもらうのは病気で体力の落ちた患者に食べてもらう栄養のある食事だ。決して薬などではない。それでいいな?」
「そうだった。俺は料理人であって決して調薬師ではないから薬を作れるはずがないよな。俺としたことが間違えちまったようだ。料理は今日中に仕込みをして明日の朝に持ってくる。患者の人数は何人だ?」
「重症は一人だが、別に体調不良を訴えている者が二人いる」
「わかった。報酬は患者が治ってから請求させてもらうがいいか? 成功報酬の方が安心できるだろ?」
「かまわない。うまくいったならもう一つ大きな依頼をさせてもらうことになるだろう」
モルドーはそう告げると一枚の書類を渡してくる。
「依頼書だ。報酬の欄は空欄だが、責任は私にあるとしているから心配するな。私とて住民の暮らしを守る立場にあるのだ、憶測だけで処罰をしたりはしない」
「俺は店に来てくれた客が俺の飯で笑顔になって帰るのが見たいだけだ。依頼はその一環だ。任せてくれ」
俺はモルドーにそう告げると急いで店へと戻ったのだった。




