第34話 王都の流行り風邪
「――どうしたの? 食事が進んでいないようだけど」
ハンバーグは滞りなく完売し、閉店した店内で俺とアーネットは遅い夕食を食べていた。
「いや、カールが帰り際に言っていたことが頭から離れなくてな」
「どんな話? 話せるなら聞きたいわ」
俺の様子を見てアーネットも真剣な表情で俺を見つめてくる。
「風の噂にすぎないんだが、王都で流行り風邪が発生しているようなんだ。この町は王都から多少離れているとはいえ商人などの交流もある。病がこの町に入ってくるのも時間の問題かもしれないと思ってな」
「そうなのね。でも、私たちに出来ることなんてあるのかな?」
「今はどうにもならないな。実際にこの目で見たわけじゃないし、ただの噂ならばいいがな。一応だが、明日にでもギルド長に話を聞きに行ってみるつもりだよ」
俺はアーネットにそう言うと残りの食事に手をつけたのだった。
◆
翌日、昼の時間が終わりアーネットに夜の準備を頼むと俺はギルドへと足を運ぶ。
――からんからん
ギルドに入るとすぐにエリザの立つ受付に向かいギルド長との面会を希望した。
「お急ぎの話でしょうか? 少しばかりギルド長は仕事が立て込んでおりまして面会となるとかなりお待たせしてしまうかもしれません」
こちらも面会の約束をしていたわけではないので仕事と言われれば無理強いはできない。
「仕方ない、出直すか……」
俺が諦めて帰ろうとするとエリザは俺を引き止めた。
「どのようなご用件だったのでしょうか? お急ぎならばメモをとって後程ギルド長へ渡すこともできますが」
「――昨日、門兵のカールから王都の流行り風邪の話を聞いたのだが。ギルドとしてどのくらい把握しているのかを聞きたいと思っていたんだ」
「なるほど。王都の流行り風邪の件でしたか。それでしたら私でも説明出来ますよ」
「本当か? それは助かる。だが、俺が聞いても大丈夫なのか?」
「はい。グラードさん以外にも数名から同様の問い合わせがあったようでギルド職員には情報共有がされていますから問題ありませんよ」
エリザはそう告げると俺を応接室へと案内してくれ、一枚の書類を俺の前に置いた。
「これがギルド職員で共有している情報です。グラードさんが聞かれたとおり、王都では流行り風邪が広がりを見せているようですね。この情報は数日前のものですが、トルバリンから王都までの距離を考えると一週間以上前からまん延していると考えて間違いないでしょう」
「だが、王都には多くの薬師や治療師がいるだろうからすぐに落ち着くのだろう?」
「いえ、それがそう簡単なものじゃないようです。王都のギルドからトルバリンとの交流を出来るだけ控えるようにと連絡がありましたから」
「まさか、既にトルバリンにも入ってきているのか?」
「実は今ギルド長が忙しいのはそのことについて他の地区との調整が難航しているからなのです」
「トルバリンと王都の交流だけでなく一つの町で分けられた区域ごとの移動制限も必要なほど危機的なのか?」
「他地区のギルド長たちは念のための措置だと言っているそうですが、皆自分の地区にある物資の囲い込みをしているのだと思います。もともと物資の多くは王都へ繋がる南地区へ集まります。それを東西の地区に運び、最後に余った物資が北地区に運ばれるのです」
「ああ。北地区は住民も少ないし、産業もあまり発達していないからか。どうやら南地区のギルド長はつまらない奴のようだな」
「南地区はトルバリンの中でも一番発展している地域ですから仕方ありません」
エリザは苦笑をしながらそうつぶやくように言った。
「なるほどな。現状はだいたい把握した。流行り風邪は王都でまん延しているがトルバリンはその影響はない。しかし、王都からの物資が移動制限のために少なくなっていて力を持っている南地区が優先的に確保するので北地区の物資が不足しているということで合っているか?」
「おおむねそのとおりです。グラードさんの家にはアーネットちゃんみたいな小さな子供がいるのですから十分に気を付けてあげてくださいね。今、この地区には薬が全く足りていないのですから」
「わかった、気を付けるよ。だが、なにかあったら教えてくれ。こう見えても薬の知識はあるつもりだからな」
俺はエリザに礼と共にそう伝えるとギルドをあとにしたのだった。
◆
「――ごちそうさま。今日も美味かったよ」
俺がギルドで話を聞いてから一週間ほど過ぎた頃、カールが食堂に来た。相変わらず元気な様子だが少しだけ気になった俺は彼が前に話した流行り風邪について問いかける。
「そういえば王都の流行り風邪は収まったのか?」
「いや、なかなか抑えきることが出来ていないようだ。アンタは聞いていないかもしれないが、トルバリンも南地区には流行り風邪がまん延していると聞いている。今は地区ごとに移動を制限しているから他地区は大丈夫だが気をつけることだ」
「そうか。ついにこの町にもやって来たのか。カールも充分に気を付けてくれ。門を守るカールたちが倒れたら森から獣たちが入り放題になるからな」
「ははは、任せておけ。身体だけは丈夫だからな。それに、この食堂で飯を食うようになってから病気はおろか筋肉痛にさえなったことがない。やはり魔獣の肉には発病を抑える効果もあるようだな。グラードがここで食堂を開いてくれて本当に助かってるよ」
常連でほとんど毎日食べに来るカールだからこそ実感することなのだろう。いくら魔獣肉の効果があろうとも一度食べただけではその効果はあまり実感出来ないものだ。しかし、カールみたいにほぼ毎日食べていれば体調の変化にも気づくのだろう。
「毎日、健康でいられるのはいいことじゃないか。もしも知り合いで困っている奴がいたら連れて来るといい。美味い物を食えば体調不良なんて一発で吹っ飛んじまうだろうよ」
「ああ、そうさせてもらうよ。この食堂の料理はどれも絶品だから絶対に食った方がいいと言ってな」
カールは笑顔で言うと元気に帰って行く。
「しかし、流行り風邪か……。うちの常連たちは大丈夫だと思うが、そうでない人たちに広がるのは時間の問題かもな。今のうちに病気になっても食べられる料理も仕込んでおいた方がいいかもしれんな」
ふと、俺は外を歩く人々を見ながらそんなことをつぶやいたのだった。




