第31話 秘薬のレシピ
「――お疲れさん。無事に戻ってきたようだな」
町に戻ると北門でカールが俺に声をかけてくる。彼の様子からすると俺の不在時には特に問題となることは起きていないようだ。
「お前さんが居ないと食堂が開かなくて飯に不自由していたんだよ」
笑いながらそう言うカールに俺も笑い返す。
「悪いな。少しばかり奥まで行き過ぎたようで、戻るのに時間がかかっちまった。店は明日から開けるようにするからまた食いに来てくれ」
「ああ。明日にでもさっそく寄らせてもらうよ。今日はゆっくり休むんだぞ」
俺はカールから労いの言葉をもらうと軽い挨拶を交わしてから先にギルドへと向かった。今回のことを報告するためだ。
――からんからん
ギルドのドアを開くと俺は真っ直ぐにエリザの元に向かい書庫の使用を申し込む。彼女はちらりと時間を確認すると用件は短時間で済ませるようにと断ってから書庫への許可証を発行してくれた。
「失礼する」
俺はドアをノックして書庫に入るとカウンターで仕事をしているルージュに声をかけた。
「前に話をしていた魔力増強剤の素材の件だが……」
「もしかして、本当に見つけたのですか?」
俺が話をする前に彼女は食い入るように質問を被せてくる。相当に興味のあることなのだろう。
「いや。それが、いろいろあって見つけられなかったんだ」
「そうなのですか。それは残念でしたね」
「まあ、収穫もあったがな」
「なにか新たな発見でも?」
「なかなかに強烈なお出迎えがあっただけだ。まあ、それは置いておいて今回は失敗したがまた機会があれば探しに行くつもりだから見つけた時は頼むかもしれない。その時は宜しく頼む」
「はい。なにか他にも有益な情報がないか調べておきますね」
よほど時間に余裕があるのだろう。ルージュはこちらが頼んでもいない案件まで調べておいてくれると言う。もちろん、アーネットの為だからという理由からだろうがありがたいことだ。
「すまないな。この埋め合わせは時間のあるときにでも飯を食いに来てくれ」
俺はルージュにそう言って書庫を出たのだった。
◆
「――戻ったぞ」
「あ、グラードおじさんお帰りなさい」
家に戻るとお店の掃除をしていたアーネットが笑顔で迎え入れてくれる。
「留守にして悪かったな。アーネットの方はどうだった?」
「こっちは問題なかったわ。グラードおじさんの方はどうだったの?」
「残念ながらミミリアの実は見つからなかったよ。だが、まったくの無駄足にはならなかったぞ。ちょっと裏の庭までいいか?」
俺はアーネットにそう言うと裏庭へと向かう。
「どうしたの? 畑に植える珍しい植物でも見つけたとか?」
詳しく話さなかったことにより、アーネットも俺の回答を予想しながらついてくる。
「まあ、こいつを見てくれ。なかなかの大物だぞ」
以前、裏の畑を整備する時、裏庭の一角に作った大型の魔獣を解体する作業場。その頑丈なテーブルの上に俺は持ち帰ったグレートコングの死体を収納袋から出して置いた。
「きゃあ!?」
いきなり四メートル級の魔獣の顔が目の前に現れたのだ、アーネットが驚くのも無理はない。
「どうだ、すごいだろう? このクラスは俺の長い魔獣狩り人生の中でも片手で数えられる獲物だぞ」
「よく無傷で討伐出来ましたね」
「ああ、半分はホイップのおかげだがな。俺一人だとかなり面倒な戦いになっていただろう」
俺がホイップに視線を向けるとドヤ顔をしているのが見えて思わず笑みを浮かべる。
「ギルドで聞いた魔力増強剤は素材不足で難しいが、このサイズの魔獣の核ならば、俺のオリジナルの秘薬である魔力薬ならば作ることができそうだ。以前、飲んでもらった奴よりも強力なものが出来そうだから期待していいぞ」
俺はアーネットにそう言うと魔獣の心臓に同化している魔核を丁寧に取り出すと解体を中断して実験室へと向かう。
「さあ、調薬を始めようか」
「一緒に見ていていいの?」
「ああ、アーネットなら問題ない。むしろ、しっかりと見てくれたほうがいいだろう。出来た薬を飲むのはアーネットなんだから」
俺はアーネットにそう告げると火の魔法を付与してある魔導コンロに調薬用の鍋を乗せ、水魔法で綺麗な水をたっぷりと注ぎこむ。
「わざわざ魔法で出した水を使うのですね」
「そうだな。いろいろと調べて分かったことだが、調薬の際に使う水の品質は重要なんだよ。俺もいろいろと薬の品質をあげる研究をしたが、結果的に水を魔法水にすることが安定した高品質な薬を作る秘訣だったんだ」
俺は魔法水を使うことの説明をすると、グレートコングから取り出した魔核を綺麗に洗って水を張った鍋に静かに沈めた。
「これにクルグルの葉やムガミの根など、いわゆる薬草と呼ばれる素材を全部で七種類ほど鍋に沈めたらゆっくりと煮詰めていくんだ」
俺は収納袋からそれぞれの薬草を取り出すと丁寧に鍋へと沈めていき、全てを沈めると魔導コンロの火をつけた。
「調薬は初めて見るけれど、魔法を使ってすると思っていたけど違うんですね」
「ははは。それは俺が正式な調薬魔術師じゃないからだな。そもそも俺が秘薬と呼んでいるものも正式に店で売ることは出来ないものだ」
「それはギルドに登録されていないからですか?」
「そうだ。店で正式に売るにはギルドの許可がいる。ギルドがその薬の効果を保証するためだ。だから店で売られる薬は調薬魔術師がレシピどおりに作った品である必要があるのさ」
「そうなんですね。グラードおじさんの作る薬はどれも凄く効果が高そうですけど……」
「まあ、薬の素材に魔獣の肉や核を使っている時点でギルドの登録は不可能だし、万が一登録されても俺にしか作れない薬なんて流通するはずがないからな。それに、調薬で儲けようとは思ってないからな」
アーネットと話をしているとやがて魔導コンロに乗せた鍋から湯気が出てきてボコボコと気泡が上り始めて水が沸騰を知らせる。
「水が沸騰したら軽く掻き混ぜながら仕上げに魔獣の血を一滴垂らすんだ。良く見てろよ、滅多に見られないものが見られるぞ」
俺は傍に準備していたあらかじめ濃縮した魔獣の血液を一滴水面に垂らした。次の瞬間、透明だった水面が真っ赤に染まる。
「きゃっ!?」
「まだ視線を外すな!」
真っ赤に染まった水面にアーネットが驚いて顔を背けようとするのを俺が静止した。
「え?」
俺の声に驚いたアーネットは一瞬、俺に視線を向けるがすぐに鍋へと視線を移す。すると真っ赤に染まっていた水面が鍋の底から湧き上がる水流と共に金色に変化していったのだった。
「綺麗……」
ものの数十秒ほどで水面は金色の光も消え、うっすらとした緑色となっていた。
「どうやら成功したようだな。あとは冷ましてから上澄みを掬えば完成だ。作り方は知っていれば非常に簡単なんだが、素材を揃えるのが厄介なんだ。まあ、今回は運のいいことに良質な魔核が手に入ったから楽だったけどな」
俺がそう言って笑いながらアーネットを見ると驚いたことに彼女の目からは涙がこぼれていたのだった。




