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第22話 一縷の望みを

「グラードおじさん。見てください」


 俺が畑を耕しているとアーネットが弁当箱を抱えて小走りにやってきた。その表情をみるに上手く作ることが出来たのだろうと推測する。


「どれどれ、おおっ。良いじゃないか。凄くうまそうだ」


 彼女の持ってきた弁当箱を開くときちんと並べられたサンドイッチが綺麗な彩りで並んでいた。


「よし、少し休憩をするか」


 俺は畑を耕していた手を止めて準備していた椅子に座ると彼女の作ってくれたサンドイッチに手を伸ばした。


「うん。うまい!」


「本当!?」


「ああ。アーネットが初めて作ってくれたものがまずいなんてあるわけないぞ」


 俺の褒め言葉に満面の笑みを見せてくれたアーネットは自らもひとつ掴むと大きな口をあけて頬張ったのだった。


「――それで、畑の方はどんな感じ? 草刈りは終わっているみたいだけど何か手伝えることはないかな?」


「ああ、もう少しだけ待っていてくれ。あと一列だけ耕したら種を植えていくからその時は手伝って欲しい」


 俺はそう言うと立ち上がって鍬を握ると最後の一列を耕していく。ものの十分ほどで耕すのが終わった俺は買ってきておいた野菜の種を取り出してアーネットに説明した。


「こっちの種は畝に溝を付けてからパラパラと蒔いていくんだ。こっちは指で穴を掘ってから一粒ずつに、これは種芋と言って芽が出たものを埋めていくんだ」


 俺はそれぞれの種に合った植え方を教えて見本を見せてやる。アーネットはそれを真剣に見て実際に植える手伝いをしてくれた。アーネットが手伝ってくれたおかげで予定よりも早く植え終えた俺は水魔法で畑全体に水を撒く。攻撃には全く使えないが、飲み水が不足した時やこういった風に畑などに水を撒くには便利な生活魔法だった。


「――いいなぁ」


 俺が魔法で水を撒く姿を見てアーネットがつぶやいた。そのつぶやきを聞いた俺が彼女に問いかける。


「アーネット。君が魔法のことで悩んでいるのは知っているが、ただ漠然と日々を過ごすだけでは何も変わらないと思う。俺では力不足かもしれんが、話だけでも聞かせてくれないか?」


 ここに来てからのアーネットは店の忙しさと周りの人たちの優しさに心を救われて来ていたように見える。だが、根本的に不足している心の穴をどうにかしなければ彼女が心から笑える日は来ないのだろう。


「――私には魔力がないの」


 唐突に話を始めたアーネットが発した言葉は悲痛なものだった。


「前にも少し話したけれど、私たちの一族は一定の年齢になるとエルフ神の祝福儀式をする。その時に私たちの身体に宿る魔力を感じ取った神が肩にその証を浮き上がらせてくれるの」


 アーネットはそう言って自らの肩が見えるように服の袖を捲り上げた。


「ただ、いくら祈っても私の肩には文様は現れなかった。それってつまり、私には魔力が全くなかったということ。エルフ族としては欠陥品とみなされるには十分な理由だったの」


 そう言って俺に見せたアーネットの肩にはエルフの象徴である風の文様は刻まれていなかった。


「うーん。それって本当に魔力を感じ取って表れる文様なのか?」


「え? でも、私の集落では昔からそう言い伝えられて来たわ」


「うん。それでも俺はそれが全てだとは思えないんだ」


「どうして?」


「俺が魔獣肉の研究をしていることは話したかな?」


 俺の問いにアーネットがうなずく。


「俺が初めて魔獣の肉を食らったのは今から二十年前のことだ。その時は冒険者たちの常識では魔獣の肉は毒だと言われていた。ある日、俺は魔獣の集団に襲われて食料を全てなくした。連戦の疲れと強烈な空腹に耐えかねた俺の目に映ったのは倒した魔獣の死体のみ」


 俺は畑の水やりを終えてアーネットに向き合うと話を続けた。


「その時の俺の思考は確かに鈍っていたとは思う。なにせ毒と言われているものを自らの意思で食おうとしていたのだから。だが、俺は賭けに勝った。死ぬどころか、最高にうまい飯にありつけたのだから」


 そこまで言って俺はアーネットの頭を優しく撫でる。サラサラの髪が俺の手に触れると風になびいた。


「つまり、何事も絶対ではないということだ。それが、大昔の偉人の言ったことであれ、一族の伝承であってもだ。アーネットの事にしても意外と単純なことかもしれないぞ?」


 俺がそう言って笑いかけるとアーネットは目に涙を浮かべて俺の胸に飛び込んできた。


「グラードおじさん。ずっと傍にいてください」


 そうつぶやくアーネットに俺は優しい目を向けたのだった。



「――なあ、アーネットの文様が現れないのは魔力が不足しているからだと言われたんだよな?」


 裏の畑仕事を終えた俺たちは明日の仕込みも済ませて少し遅めの夕食を取っていた。


「儀式の場ではそう言われました。正直、私には何が本当なのかわからないけど……」


 食事の手を止めたアーネットの表情が曇るのがわかる。


「……ひとつ試してみたいことがあるんだが、俺を信じてくれるか?」


「どんなことですか?」


 アーネットは俺の目を見ながら当然の質問をしてくる。


「俺の研究した薬だが、体内の魔素量を増やす効果のあるものだ。体内の魔素量が増えればそれに比例して魔力量も増えることになるはず。実際に俺もそうやって魔力量を増やしていったんだ。もちろん、俺には魔法の才能が足りなかったから生活魔法の領域をほとんど越えられなかったがな」


 俺はそう言って魔法袋から液体の入った小瓶をテーブルの上に置く。


「ただ、俺自身には問題なかったが、アーネットはエルフ族だ。万が一ということもあるから無理強いはしたくない。飲むか飲まないかはアーネットに委ねたいと思う」


 我ながら卑怯な言い方だったかと思う。ここまでお膳立てされて断るのは俺を信用していないと言っているのと同義だからだ。


「私、飲んでみます。一族を追放された時からもうない命と思っていたし、グラードおじさんは信用できる人だと思っているので」


「そうか。俺を信用してくれて嬉しいよ。ああ、一つだけ言っておく必要がある。この薬を飲んだ時、俺の場合は身体の芯が熱くなるのを感じた。正直言って最初は毒を飲んだと思ったくらいだ。もしかするとアーネットも同じかもしれん」


「――先に聞いておいて良かったです。知らなければ本当に毒かと思って吐き出そうとしたり、恐怖に駆られるだろうから」


 アーネットは唾をごくりと飲み込むと薬瓶の蓋を開けて液体を一気に喉に流し込んだのだった。

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