第21話 初めて任された料理
「グラードおじさんから初めて私一人で食事の準備をするようにお願いされちゃった」
私――アーネットは踊る心を抑えながらお目付け役として付いてきたホイップと共に厨房へと走り込んだ。今まで何度も入ったことのある部屋だったが、グラードおじさんが居ない時に入ったのは初めてだ。厨房で最初に確認したのは食材の置いてある棚だった。
軽食のメニューはサンドイッチだと言っていた。四角いパンと野菜、それにメインの薄切りの肉を焼いたもの。四角いパンを切ることはやったことがあるし、野菜のみじん切りもそうだ。グラードおじさんは私が包丁を握っている間はちらちらと気にしながら自分の料理をしていたのを知っている。
おかげで包丁の扱いは結構できる自信もついた。だけど、魔導コンロだけは危ないからと言って絶対に触らせてくれなかったのだ。もちろん、使い方はずっと見ていたから知っている。
「私にも出来ることを増やしたい。助けてくれた恩返しをしたい」
ずっと思っていたこと。だけど、私は呪われ、神に見放された落ちこぼれ。それでもグラードおじさんの作る料理は私に生きる気力を与えてくれた。
「絶対に美味しいって言わせてみせる」
私はそう口にして気合をいれる。
「まずはキャベツをみじん切りにしなくちゃ」
私はテーブルの上に準備してあったキャベツを手に取り、グラードおじさんが私のために買ってくれた少し小ぶりの包丁を握ってざっくりと半分に切った。この包丁も数日に一度はきちんと研がれていて切れ味が落ちたと感じたことは一度もない。
「相変わらず凄い切れ味の包丁よね」
「我が主が頻繁に研いでいるのを見ておるが、そんなに違うものなのかにゃ?」
「私はこの包丁以外を握ったことがないからわからないけど、この包丁が凄く大事にされているのはよく知っているわ」
半分になったキャベツをもう一度切ると置いた手を切らないように猫の手をしながらトントンとみじん切りをしていく。もちろん、未熟な私は軽快なリズムに乗ってなんてことは程遠い。だから、とにかく怪我のないようにと包丁を使う。
「今回はサンドイッチを二人分。ホイップは野菜をあまり食べないのでお肉だけになるからキャベツは半分もあれば十分ね」
「野菜はあまり美味しくないにゃ。我は肉か魚で頼むにゃ」
ただ見ているだけのホイップなのだが、自分の主張は忘れないようだ。私は笑みを浮かべながらうなずくと残ったキャベツを籠に戻し、隣にあったトマトに手を伸ばした。
「トマトは絶対に無理にゃ。絶対に我に食わすでないにゃ」
「この酸味がとても美味しいんだけどな。まあ、ホイップには合わないのかもしれないけれど」
真っ赤に熟れたトマトも綺麗にスライスした後、私は一度野菜を別の籠に入れておいた。
「お肉を焼く前にパンの準備もしておかなくちゃね」
まな板をさっと洗って水気をとるとパンの準備にとりかかる。四角いパンはこの町では珍しく、サンドイッチはコッペパンの真ん中を切って食材を挟むスタイルが主流だった。
「この四角いパンもグラードおじさんが他の国を旅していた時に知ったものだと言っていたわね。人族の国には私の知らないものがたくさんあって毎日が楽しいわ」
パンもトマトと同じように薄くスライスをし、別の皿にならべておいた。
「さあ、メインである魔獣肉を焼いていくわよ」
私は厨房にある保冷庫から魔獣肉の塊を取り出してまな板の上にドンと載せる。
「ステーキで食べるわけじゃないからこれも薄く切らなくちゃ」
「我は厚いほうが好きだにゃ」
肉を取り出した私を見てホイップが口を挟んでくる。その口からは今にも涎が出そうになっていた。
「厚いと焼くのに時間がかかるんだけどな。先に私たちの分を焼いちゃうけどいい?」
「我の分を忘れなければいいにゃ」
「ありがとう。じゃあ、先に私たちの分を焼いてしまうわね」
私は薄くスライスした魔獣肉を魔導コンロ上のフライパンに綺麗に並べていき、コンロのスイッチを押した。スイッチに反応した魔石がだんだんと熱を帯びていくとやがて真っ赤な炎がフライパンの下で踊るように燃え盛る。
「良かった。ちゃんと火がついてくれた」
何度も見ていたとはいえ、初めて使うときは緊張するものである。魔法の使えないアーネットにとって指先ひとつで火がつく魔道具は正に魔法と同じものだと思っている。
ジューと音をたてて焼ける肉の匂いが厨房に充満していく。私は手早くそばにあった塩と香辛料を少量振りかけて肉が焦げないように箸で掻き混ぜていく。
「あまり焼きすぎない方がいいはず。このくらいで良いかも」
元々の肉色が赤黒っぽいので火の通りに少し自信がない。だが、焦がして炭になるよりはマシだと魔導コンロのスイッチを切って火を止めた。
「次は我の肉を焼くのにゃ!」
ホイップが待ちきれないように私を促す。ホイップもさっきお昼ご飯を食べてなかったっけ?
「わかってるからちょっと待ってね」
私はホイップには少し厚めに切り分けた肉を焼いてあげることにしてもう一度魔導コンロに火をつけたのだった。
「じっくり焼くから待っててね」
私はホイップにそう告げると、サンドイッチの仕上げをしていく。土台のパンにキャベツのみじん切りを敷いてスライスしたトマトを並べる。その上に薄切りの魔物肉を乗せてもう一枚のパンを乗せれば完成だ。半分に切って縦に置けば中身も見えて、とても美味しそうに見える。
「これならグラードおじさんも喜んでくれそうね」
私は出来たてのサンドイッチをお弁当箱に詰めていく。その時、ホイップの焦る声が聞こえた。
「我の肉は大丈夫なのかにゃ!?」
「あ、いけない! 忘れてた」
私はサンドイッチが上手に出来たことに気を取られ、魔導コンロにかけていたフライパンの存在をすっかり忘れていたのだ。慌てて肉をひっくり返す私だったが、その焼け焦げた面を見て「あちゃあ」と苦笑いをした。
「ごめんなさい。ちょっと焦げちゃったみたい」
「どこが、ちょっとなのにゃ!? 真っ黒に見えるにゃ!」
「大丈夫、半分だけだから。反対はちゃんと焼くからね」
「そういう問題じゃないにゃ。せっかくの肉が台無しにゃ」
落ち込むホイップだが、焼くのに失敗したからと食材を捨てるわけにもいかずに文句を言いながらも完食してくれたホイップに私は感謝をしたのだった。




