第23話 希望を現実に
――ごくり
薬の量はそう多くなく、子供であるアーネットでも一口で飲み干せるものだった。俺の時は飲み込んでから十秒足らずで一気に身体の芯が熱く燃えるように感覚に襲われた。エルフであるアーネットは果たしてどうなのだろうか?
「ど、どうだ? なにか感じるか?」
アーネットが薬を飲み込んでから十数秒が経過したが彼女の様子に変化はない。薬が効かなかったのだろうか? 以前、自分で飲んだ時のことを思い出した俺はアーネットが苦しみのたうち回る可能性もあると覚悟を決めていたのだが、予想に反してアーネットは冷静に自分の手を見つめているだけだったのだ。
「――感じる」
「ん?」
「身体の中に魔力を感じるの!」
アーネットは突然、弾けるように俺の顔を見て叫びながら胸に飛び込んで来た。
「身体に異変はないのか!?」
アーネットを抱きしめてやりながらも俺は疑問の言葉を発する。その言葉に彼女は涙ぐみながら答えてくれた。
「今まで全く感じられなかった魔力の火が確かに私の中に灯ったのを感じられたの。まだ、小さいけれど間違いなく魔力の火だった」
「そうか、それは良かった。やはり、アーネットには魔法を使う才能があることは間違いない。少しだけ身体の奥底に眠っているだけなのかもしれないな」
俺はアーネットが無事でいてくれたことに安堵してホッと息を吐いたのだった。
◆
次の日、俺が朝食の準備をしているとアーネットが何かを叫びながら上半身肌着のまま走り込むように厨房に現れた。
「どうした? そんなに急いで。ちゃんと服を着ないと風邪をひくぞ」
俺の声を聞いたアーネットはかなり興奮した様子で俺の姿を見つけると胸に飛び込んで来たのだ。
「グラードおじさん! これを見て!」
アーネットは興奮冷めやらぬ勢いで言葉を捲し立てると肌着の肩の部分を捲り上げて俺に見せて来た。
「一体なにを……」
一瞬、俺はアーネットが何をしているのか理解出来なかったが、彼女の肩に浮かび上がった文様に視線が向かうと全てを理解した。
「文様が……。文様が現れたの!」
喜ぶアーネットだったが、彼女の肩に現れた文様は風の文様ではなく四葉の文様だった。
「確かエルフ特有の文様は風だと言っていたよな? この文様は一体……?」
「私にもよく分からないのだけど、里で教えてもらった風の初期魔法が発動出来たから女神様の祝福であることは間違いないと思うの」
本来の文様とは違うが、魔法を使うことが出来なかったアーネットの表情は歓喜に満ちている。四葉の文様が何を意味するのかは今後調べる必要はあるが、今は前に進めたことに感謝をする時だろう。
「そいつは良かったな。これで、一族の里へ戻ることが出来るんじゃないか?」
文様が現れなかった為に魔法が使えずに一族の里から追放されたアーネットだったが、文様が現れた今ならば受け入れてもらえる可能性は十分にあるだろう。
「――ううん。それはもういいの」
喜びの表情だったアーネットは俺のなにげない一言を聞くと急に表情を曇らせた。
「だが……」
俺は諦めの言葉を発したアーネットに希望を持つようにと言おうとしたが、それを遮るように彼女が静かに首を振りながら話してくれた。
「一度でも外の世界に出された者が里に戻ったという話は聞いたことがありません。今さら文様が現れたからといって里の皆が私を快く受け入れてくれるとは思えないんです」
アーネットは少し寂しそうな目を見せながらも自らを納得させようと無理に笑おうとしているのが分かる。
「……わかった。ならば好きなだけここに居ればいい。今からこの家はアーネットの帰る場所だと思っていいからな」
「グラードおじさん……」
俺は照れを隠すように彼女から視線を外しながらもはっきりと告げた。
「どうせ俺ももうこの歳だ、これから先に誰かを妻に迎える可能性も低いだろうし、いざとなれば俺の養子になれば良いだろう」
「……本当に?」
俺の言葉にアーネットは驚いた表情で俺に問いかける。
「ああ。ただし、アーネットさえ良ければの話だぞ。まあ、無理に養子にならなくてもこのまま店を手伝ってくれると嬉しいがな」
俺がアーネットに視線を戻すと、彼女はじっと俺の顔を見つめており、目が合うと叫びながら抱きついて来たのだった。
「嬉しい! 本当にずっとここに居てもいいのね?」
「ああ。幸いにもこの町の人はアーネットに対して友好的だ。思ったよりも住みやすいと思うぞ」
俺は抱きついてきたアーネットの頭を優しく撫でるとこれからの事を話した。
「まあ、養子の件は今すぐにどうこうするものじゃない。それよりも今回アーネットに現れた文様は、他のエルフ族に現れるものと違うのだろう? それがどんな意味を持つのかを確かめるのが先だと思う」
俺はアーネットの肩に現れた四葉の文様を思い浮かべると彼女にそう言ったのだった。
◆
「――今日は店の合間にギルドに行ってみるつもりだ。ギルドの商業課に行けば文様の手がかりがあるかもしれないからな」
昼の準備を進めながら俺はアーネットにそう告げる。正直言ってエルフ族の事なので期待をしすぎるべきではないのだろうが。
「私も一緒に行った方がいいですか?」
「いや、いい。説明をするためとはいえ、文様は軽々しく他人に見せるべきではないと思う」
「分かったわ。なら、私はお店の準備を進めておくね」
「すまないな。なにか有用な情報があればすぐに教えるからな」
俺はそう言うと昼の営業が終わった後、職業ギルドの商業課を訪ねたのだった。




