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七禍島の第八の死者  作者: アコンプリスの人


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6/12

第五章 火は記録を選ばない

 黒羽の部屋へ向かう途中で、鳳が立ち止まった。

「焦げ臭い」

 真壁も足を止めた。

 地下で見つけた煤や、血禍の間に残る焼けた布の匂いとは違う。もっと新しい。紙と、埃と、古い塗料が熱を持った匂いだった。

「火災報知器は」

「鳴っていません」

 依子が答えた。

 その声が廊下の奥から届いた時、二階堂は周囲を見回した。

「火野さんは?」

 全員の視線が、朱里を留めていた客室へ向いた。

 扉は半分開いていた。

 室内に人はいない。

 机の上には、朱里が分類していた新聞記事。ベッドには赤いスカーフ。床には資料ケースの中身が散らばり、内張りの一部が刃物で切られていた。

 切れ目の奥は、細長い空洞になっている。

「原本を隠していた場所」

 二階堂が言った。

 机の中央に、折り畳まれた紙が一枚置かれていた。

 印刷された文字は一行だけだった。

 《火野千景の原本を返す。旧映写室へ。一人で来い》

「いつからいない」

 真壁が訊く。

 榊が時計を見る。

「十分ほど前、廊下で見ました。火野さんは部屋へ戻ると」

「旧映写室はどこだ」

「火禍展示室の裏です」

 依子が答えた。

「二十一年前の記録映像を上映していた部屋ですが、いまは使用していません」

「鍵は」

「管理鍵です」

 依子の腰には、鍵束がある。

「私の鍵はここにあります」

「合鍵は」

「保守用が一本。事務室の封印箱に」

 榊が走り出した。

 真壁は紙を証拠袋へ入れ、旧映写室へ向かった。

 七禍館の西棟は、廊下を曲がるたび床の高さが変わった。火禍展示室へ近づくと、焦げ臭さが濃くなる。

 火災報知器は鳴らない。

 鳳が天井を見た。

「この区画だけ、感知器が新しい」

「新しいなら鳴るだろ」

「配線が切られていなければ」

 火禍展示室には、赤い照明が残っていた。

 壁一面に、過去の祭礼写真。中央のガラスケースには焦げた祭具と、複製された火野千景のスカーフが置かれている。

 朱里が港で言った通り、焼けた遺体写真を展示するための空の額も準備されていた。

 その奥に、映写室の鉄扉がある。

 扉の隙間から、黒い煙が細く流れていた。

「朱里!」

 真壁が扉を叩く。

 返事はない。

 取っ手は動かなかった。鍵が掛かっているだけではない。内側で何かが引っかかっている。

 鳳が扉の周囲へ手を当てた。

「防火戸です。旧式の落下錠が作動している」

「外から開けられるか」

「通常は管理鍵で。ただ、熱で作動したなら上部の解除索を引く必要があります」

「どこだ」

「壁の中です」

「鳳先生」

「壊す位置を見ています」

 真壁が返す前に、九条が煙の流れを見た。

「下から出てない。上から吸われてる」

 煙は扉の隙間から廊下へ溢れるのではなく、上部の通気口へ引かれていた。

 鳳の表情が変わる。

「排煙ではありません。旧映写機の冷却ダクトが動いている」

「火を大きくするためか」

「火を映写室の奥へ引くためです。映写室の裏にフィルム保管庫がある」

「中に人がいたら」

「煙も同じ方向へ流れます」

 九条が短く言った。

「意識を失う」

 真壁は無線を取り出した。

「灯村、消火器と工具を持って西棟へ。榊、主電源を落とせ。久世は全員を東棟へ移せ」

『了解』

 鳳は火禍展示室の壁を測った。

「映写室は、見えている扉から入る前提で作られていません」

「どういう意味だ」

「映写機を交換するための搬入口が、裏のサービス廊下にあるはずです。改修図では塞がれていますが、壁の厚さが二十センチ足りない」

「場所は」

 鳳は空の額を外した。

 その裏に、縦長の板がある。赤い壁紙で塗り込められ、継ぎ目を隠されていた。

「ここです」

 真壁と二階堂が板の端へ手を掛ける。

「押すぞ」

 三人で力を加えると、板は壁ごと内側へ倒れた。

 黒い煙が噴き出す。

 九条が濡らした布を真壁へ渡した。

「低く。三十秒で戻って」

「鳳は来るな」

「内部の段差を説明します」

「外からしろ」

「入口の左に映写台。その奥が一段低い。フィルム庫は右壁。床に古いレールがあります」

「わかった」

 真壁は煙の中へ入った。

 熱は強くない。

 だが視界がない。

 床を這うように進むと、右手で金属ケースへ触れた。火は映写台ではなく、奥の紙箱とフィルム缶の周囲で燃えている。狙って集められていた。

「朱里!」

 咳が返った。

 映写台の陰に、人が倒れている。

 朱里は意識を失ってはいなかった。床へ身体を伏せ、胸の下に小さな金属箱を抱え込んでいる。

「立てるか」

「テープが」

「置け」

「母の――」

「置いて出ろ」

 朱里は首を振った。

 真壁は金属箱ごと朱里の片腕を抱え上げるように引いた。

「持ったままでいい。動け」

 朱里は立とうとして膝をついた。

 煙を吸っている。

 真壁が肩を貸し、壁の穴へ戻る。

 外から二階堂が朱里の腕を取り、鳳が金属箱を受け取った。

 真壁が最後に出た直後、灯村が消火器を噴射した。

 白い粉が赤い照明を覆う。

 火は数分で消えた。

 九条は朱里を廊下へ寝かせ、呼吸と脈を確認した。

「名前は」

「火野、朱里」

「ここは」

「七禍館」

「息苦しさ」

「少し。喉が痛い」

「頭痛、吐き気」

「あります」

「酸素が要る。榊、救急箱にボンベは」

「あります」

 朱里が起き上がろうとした。

「箱を」

「動かないで」

 九条が肩を押さえる。

「でも」

「あなたが倒れたら、箱の確認も遅れる」

 朱里はようやく身体を戻した。

 鳳が金属箱を開ける。

 中には、溶けかけた小型カセットテープと、黒く焦げた封筒が入っていた。

 テープの透明な外装は変形している。磁気テープの一部が、焦げた糸のように飛び出していた。

「原本は、捨てていなかった」

 二階堂が朱里を見る。

 酸素マスクの下で、朱里が目を閉じた。

「母の声です」

「データはある」

「データは、編集したと言われる。原本がなければ、また誰かが作った物語にされる」

「だから一人で来た?」

「返すと書いてあった」

「あなたの部屋から盗んだ人が、親切に返すと思った?」

「思っていません」

「じゃあ、なぜ」

「焼かれると思ったからです」

 朱里はマスクを少し浮かせた。

「私が行かなければ、母の声がなくなる」

 九条がすぐに戻す。

「話す時も外さない」

 二階堂は怒らなかった。

 怒りより先に、朱里の判断の形を見ていた。

「火野さん。原本は証拠です。でも、お母さんそのものじゃない」

「わかっています」

「わかっている人は、一人で煙の中へ入らない」

 朱里は答えなかった。

 二階堂はそれ以上責めず、燃えた映写室へ目を向けた。

 煙の向こうで、燃え残った紙がぱちりと崩れた。

 真壁は燃えた映写室を見た。

「誰に呼び出された」

「わかりません。部屋へ戻った時、資料ケースの内張りが切られて、原本がなくなっていた。机に紙があった」

「廊下で誰かを見たか」

「濃紺の服が角を曲がるのを。鷺宮さんだと思いました」

 依子は展示室の入口に立っていた。

「私は厨房で警察の方へお茶を用意していました」

「証明する人は」

「榊さんが途中まで一緒でした」

 榊が消火器を抱えたまま頷く。

「五分ほど前までは。でも僕は事務室へ走ったので、その後は」

「映写室の鍵は封印箱にあったか」

「ありました」

 榊が透明袋に入れた鍵を見せる。

「封印も切れていません」

 鳳は鉄扉の上部を照らした。

「鍵を使っていません。サービス廊下側から入り、防火戸を落とした」

「その廊下へ入れるのは」

「館の構造を知っていれば、誰でも。朱里さんの計画書にも、サービス通路の一部が描かれていました」

 真壁は依子だけを見なかった。

 朱里の計画書を盗んだ人間は、その写しを誰かへ見せたかもしれない。久世は撮影のため館を歩いている。灯村は修繕を手伝った。榊は開発会社の図面を扱う。依子は管理人。全員に経路がある。

「火は、どこから出た」

 九条が訊いた。

 灯村が焼けた紙箱を動かす。

「金属缶の中だ。油を染み込ませた布と、遅れて燃える蝋。血禍の間と同じ作りに見える」

「同じ人間が作ったか、見て真似た」

 真壁は焼け残った物を一つずつ確認した。

 古いフィルム缶。

 祭礼の上映台本。

 二十一年前の遺体写真のネガ。

 火野千景の原本テープ。

 黒羽が集めた資料の複写。

 燃やされたのは、火禍だけではない。

 六人が七つへ分けられる前の記録が集められていた。

「これ、見てください」

 鳳が床から半分焦げた透明シートを拾った。

 六枚の写真が連続して並ぶ、密着焼きのコンタクトシートだった。

 画像は小さい。

 それでも、六人の遺体の背後に同じコンクリート壁が写っている。床の排水溝。変形した送風管。地下発電室で見つけたものと一致する。

 各写真の下には、一から六までの番号。

 七番目の枠だけが空白だった。

 裏面に鉛筆書きが残っている。

 《撮影後、海・火・土・風・鏡・音へ。七つ目は名で補う》

 二階堂が読んだ。

「七つ目は名で補う」

 鳳は空白の枠を見た。

「兄の遺体がなかったから、写真ではなく名前を置いた」

「誰の字だ」

「鷺宮征一の手帳と比較します」

 依子の顔は動かなかった。

「父の資料なら、館のどこにあっても不思議ではありません」

「燃えても?」

 二階堂が訊く。

「火災が意図的なら、私も被害者です」

「そういう並べ方もできますね」

「何がですか」

「自分に不利な物が燃えた時、自分も被害者だと言えば、燃やした側から外れて見える」

「また言葉ですか」

「今回は、誰が何を燃やそうとしたかです」

 二階堂は呼び出しの紙を裏返した。

 紙は七禍館の古い案内状だった。裏面を再利用している。端に、かすかな印刷が残っていた。

 ――禍は、あるべき場所へ返される。

「二十一年前の祭礼文です」

 依子が言った。

「倉庫に束で残っています。誰でも持ち出せます」

「『返す』という言葉が好きな人がいる」

 二階堂は紙を袋へ入れた。

「黒羽さんは名前を直すと言った。呼び出しは原本を返すと言った。火は記録を火禍へ返そうとした。誰かが、物を元の役へ戻すことに執着してる」

「黒羽さん自身かもしれない」

 依子が言う。

「彼が事前に装置を用意し、事故で作動した可能性も」

「死者は自分の殺人後に、朱里さんを呼び出せない」

 九条が即座に返した。

「ほかの人へ頼んだのでしょう」

「では、その人を探します」

 真壁は言った。

 依子の説明を否定せず、可能性の一つとして証拠の列へ置いた。

 朱里の呼吸が落ち着くまで、九条は隣を離れなかった。

 煤で黒くなった赤いスカーフを、朱里は膝へ戻していた。

「母は、火で死んでいなかった」

 朱里が言った。

「まだ確定してない」

 九条が答える。

「でも、写真は同じ場所です」

「同じ場所で撮った可能性が高い。死因は鑑定と記録を合わせる」

「あなたは、絶対と言わないんですね」

「絶対と言った人が、二十一年、あなたのお母様を火禍にした」

 朱里は黙った。

 久世が映写室の外から、小型の録音機を持ってきた。

「火野さん。前に取材した時、音声データをコピーさせてもらいました。編集前の形式で残っています」

「持っていたんですか」

「公開許可をもらっていないから、使っていません」

 朱里は変形した原本テープを見る。

「原本がなくても、声は残る」

「はい」

「でも、あなたが編集したと言われる」

「言われます」

 久世は否定しなかった。

「だから、元データの履歴も、コピーした日時も残してあります。それでも疑う人はいる。映像は、疑わせない道具じゃありません」

 二階堂が続けた。

「言葉も同じです。残せば勝つわけじゃない。誰が、いつ、どう残したかを一緒に出す」

 朱里は長い間、原本の焼けた外装を見ていた。

「母の声を、今夜流します」

 真壁が朱里を見る。

「まだやるつもりか」

「私の計画としてではありません。証拠として、あなたたちへ渡します。そのあと公開するかは、私が決める」

「押収する。公開は捜査と権利関係を確認してからだ」

「はい」

 朱里は初めて、すぐに反発しなかった。

「ただ、母の声を七禍の演出には使わせません」

「それは約束する」

 二階堂が言った。

「あなたの告発にも、犯人の見立てにも、久世さんの映画にも。まず、火野千景さんが最後に残した私的な言葉として扱う」

 朱里は酸素マスクの向こうで目を閉じた。

 火は、燃やす物を選ばない。

 だが火を置いた人間は、燃やす記録を選んでいた。

 母の声。

 六人が同じ場所にいた写真。

 黒羽が集めた複写。

 そして、それを守るためなら一人で煙へ入る娘。

 犯人は、朱里の執念まで燃料にした。

 真壁は焦げた床を見た。

「今後、単独行動は禁止だ」

「鳳先生だけではなく?」

 二階堂が訊く。

「全員だ」

「俺も?」

「特にお前と鳳先生と朱里」

「三人同列なんですね」

 鳳が言う。

「納得いかないか」

「いえ。朱里さんに失礼かと」

 朱里がかすかに笑った。

 咳に変わり、九条が背を支える。

「笑わない。煙を吸った直後」

「笑うのも禁止ですか」

「咳が出ることをしない」

 二階堂が小声で言った。

「九条の禁止事項、真壁より細かい」

「医学的根拠がある」

 火禍展示室の赤い照明は、主電源が落ちて消えていた。

 暗くなったガラスケースには、誰の顔も映らない。

 空の額だけが、焼けた壁に残っていた。

 火が消えたあと、朱里は東棟の客室へ移された。

 酸素投与を終えても、喉には煙のざらつきが残っている。九条から一時間は横になるよう命じられ、真壁からは扉を開けたままにするよう言われた。

「監視ですね」

「見守りと言ってほしいな」

 二階堂が椅子を廊下側へ向けて座る。

「どちらでも同じです」

「言い方は大事なんだけどね」

 朱里はベッドの上で、透明袋に入れられた原本テープを見ていた。

 外装は歪み、巻き取られた磁気テープの端が焦げている。再生できるかは、専門業者へ渡さなければわからない。

 けれど声のデータは残っている。

 それを知っても、朱里の視線は原本から離れなかった。

 鳳が扉の外を通り、足を止めた。

「入ってもいいですか」

「監視役が一人増えるだけなら」

「鳳先生は、監視される側だよ」

 二階堂が言った。

「では、同室者ですね」

 鳳は窓際の椅子へ腰を下ろした。

 二人の間に、二階堂がいる。

「俺、席を外した方がいい?」

「単独行動は禁止です」

 鳳が答える。

「真壁の命令を、こういう時だけ正確に使うんだよな」

 二階堂は立たなかった。

 朱里が鳳を見た。

「お兄さんは、生きて島を出たんですね」

「その可能性が高い、という段階です」

「そういう答え方、九条さんに似てきました」

「影響は受けています」

「羨ましいです」

 言った直後、朱里は目を伏せた。

「すみません。殺された人の弟に言うことではありませんでした」

「何が羨ましいんですか」

「二十一年間のどこかで、生きていた可能性があることです」

 朱里は喉を押さえ、小さく咳をした。

「母には、それがない。地下で六人が同時に死んだなら、私が待てた時間は最初から一分もなかった」

 鳳はすぐには答えなかった。

「僕は、あなたが羨ましかったことがあります」

 朱里が顔を上げる。

「遺体があったことを?」

「はい」

「兄は、死んだとも生きたとも決められなかった。家族は葬式を出せず、部屋を片づけられず、誕生日だけが増えました。死んだと確認できれば、待たなくて済むと思ったことがあります」

「遺体があっても、私の母ではありませんでした」

 朱里は言った。

「火禍の遺体でした。棺を開けられず、顔を見られず、死因を聞けなかった。確認された死は、間違った名前で閉じられた」

「どちらも、選べなかったんですね」

「何をですか」

「待つか、悼むか。怒る相手を誰にするか」

 鳳は窓の外を見た。

「兄は僕を守るために知らせなかった、と灯村さんは言いました。でも、守られる側は、守られ方を選べない」

「母は、私を待たせるつもりだったんです」

 朱里は原本テープへ指を伸ばしかけ、袋の上で止めた。

「明日の朝、卵焼きを作ると言った。私は先に寝て、朝になれば帰ると思った。父に起こされて、島で事故があったと言われた」

 記憶を話す声は、告発の時より静かだった。

「最初は、母が約束を破ったと思いました。十一歳だったから。死んだと聞いたあとも、怒っていた。朝食を作ると言ったのに、と」

「怒っていいと思います」

「死んだ人に?」

「九条さんは、死体は怒られても傷つかないと言っていました」

「本当に言いそうですね」

 朱里が少し笑い、また咳をした。

 廊下の向こうから九条の声が飛ぶ。

「笑わない」

「聞いていたんですか」

「咳が聞こえた」

 姿は見えない。

 二階堂が肩をすくめる。

「見守りが増えた」

 朱里は声を落とした。

「私は母に怒る代わりに、記録へ怒りました。記録を作った人、信じた人、利用した人。全部へ。怒っている間は、母が帰らなかった朝を考えずに済んだ」

「僕は建物を見ました」

 鳳が言った。

「兄の名板へ近づかず、その裏の壁を測った。壁なら、寸法が違う理由を探せる。兄がなぜ帰らなかったかより、簡単です」

「簡単には見えませんでした」

「僕には、です」

 二人は違うものを見ていた。それでも、家族を一つの役へ置かれた者同士だった。

「黒羽さんが、お兄さんだったら」

 朱里が訊いた。

「許しますか」

「許さないと思います」

 鳳は答えた。

「生きていたことは嬉しい。連絡しなかったことは許せない。二つを一つにしないようにします」

「私は、母の死因がわかれば終われると思っていました」

「終わらなくてもいいのでは」

「また何かをするかもしれません」

 二階堂が初めて口を挟んだ。

「死因、展示、会社の責任、二十一年分の怒り。全部必要でも、同じ方法で片づける必要はない」

「言葉には順番がある?」

「そういうこと」

 朱里は原本テープから手を離した。

「データを渡します」

「もう押収するって言われたよ」

「押収されるのではなく、私が渡します」

 二階堂は一拍置いた。

「それも大事な違いだね」

 朱里はベッド脇の鞄から記録媒体を出した。

「母の声を、証拠として使ってください。ただし、七禍の再現映像には重ねないでください」

「約束した」

「記事を書く時も、全文は載せません」

「もう記事を書くつもりなんだ」

「それが仕事です」

「犯罪の反省記事?」

「母の記事です。私の犯罪も書きます」

 朱里は鳳を見る。

「お兄さんのことも、書いていいですか」

「捜査が終わり、僕が確認してからなら」

「条件が多いですね」

「兄が条件を増やす人だった可能性があるので、僕は必要な条件だけにします」

 二階堂が笑う。

「鳳先生、少し元気になった?」

「元気ではありません」

「自己申告はできるようになったね」

 朱里が赤いスカーフを手に取った。

「これも、もう外した方がいいでしょうか」

「なぜです」

「母の代わりに巻いていたから」

 鳳は少し考えた。

「あなたが選んで買った物なら、あなたのものです」

 朱里はスカーフを膝に置いた。

 外すとも、巻き直すとも決めなかった。

 決める時間が残っていること自体が、二十一年前にはなかった選択だった。


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