家族を得た私、森へ行きます①
***
「──様。コレッティーナ様っ!」
「へ? あ、アンネ。どうしましたか?」
「こぼれていますよ」
そう言いながら、アンネが私の口元を拭いてくれる。
「……すみません」
「少しお休みになられてはどうですか?」
「いえ。働かざる者食うべからずですから!」
心配そうな顔をしているアンネに、腕まくりをして元気ポーズをする。
「お仕事行ってきます!」
そう宣言して、旦那様の執務室へと向かったのだが──。
「奥様、休みましょう」
「大丈夫です」
今度はギーツに止められた。
「ですが、最近様子が──」
「大丈夫です!」
自分でもわかっている。
ミカナ先生がいなくなってから、急に悲しくなるし、前よりもウィンナー様にときめかない。
だけど、どうしようもないのだ。
──コンコンコン。
「旦那様、失礼します。コレッティーナです」
扉を開けながら言えば、旦那様はすぐにこっちに来てくれた。
「今日は休みだ」
「どうしてですか!?」
「ギーツに森に連れて行ってもらえ。木登りしてもいいぞ」
普段なら絶対に言わない言葉に、思わず旦那様を見上げる。
「本当は俺も一緒に行きたかったんだが、悪いな」
「旦那様、お仕事いっぱいありますから。私も手伝います」
旦那様の脇を抜けて、定位置のソファーへ向かおうとした。のだが──。
「ぐぇっ」
「あ、悪い……」
つかまれた襟首を慌てたように離される。
「…………森に行くのは仕事だ」
「仕事ですか?」
「そうだ。ほら、前に領地の果物加工を考えてくれると話していただろ、森でヒントを探してこい」
「街ならともかく、森にヒントはないです」
そう言うと、旦那様は露骨にため息をついた。
「いいか、コレッティーナ。既に街へは調査に行ったんだ。より良いアイデアを出すには、場所を変えるべきじゃないか?」
「……そうですかね」
「何より、リラックスするとよい案が浮かぶことがある。それが、コレッティーナにとっての森だ」
……なるほど。
一理あるような気がしてきた。
「わかりました。森に仕事へ行ってきます」
「アンネに軽食を作ってもらうといい。ギーツ、コレッティーナを頼んだぞ」
「…………はい」
ギーツが、ものすごく微妙そうな顔をしている。
「森、嫌ですか?」
虫が苦手とか?
「安全確保が難しいんですよ」
「あー、森は隠れる場所がたくさんですからね。でも、命を狙う人はいないと思います」
「「…………」」
ん? 旦那様もギーツも黙っちゃった。
敵がいるのか?
「武器……。包丁を借りてきます」
「借りるな!」
「借りないでください!」
おぉ、ハモった。
仲良いなぁ……。いいなぁ……。
「戦うには、武器が必要です」
「コレッティーナ。ギーツの敵はコレッティーナだ」
「……? 私とギーツは仲良しですよ」
「そうじゃない。ギーツはコレッティーナのお守りも仕事だからだ」
意味が分からない。
ギーツはギーツで頷いてるし。
「私はもう大人です!」
「年齢的にはな。だけど、俺からしたらまだまだ子どもだよ」
「そりゃ、十も離れてれば、そうかもですけど……」
この国の成人は十六歳。
社交デビューも一般的には十六歳。
「社会的には、大人です」
「……子どもなんて言って、悪かった。ただ、俺もギーツもコレッティーナが大切だから心配なんだよ」
濃紺の瞳は、優しい。
だから、お守りと言われたことに、いつまでも腹を立ててたら、それこそ子どもだ。
「大人だから、その気持ちを受け入れます」
「そうだな。ありがとな」
旦那様が頭を撫でてくれる。
「奥様、良かったですね」
「はい。伝わったようで安心しました。貴族としても、バッチリ夫人となれるよう、ミカナ先生にもたくさん教えてもらいました。いつまでも子ども扱いなんて……」
ふっと、ミカナ先生のことを思い出して、鼻の奥がツンとする。
「ミカナ先生の生徒として、情けないですから!」
でも、もう泣かない。
ミカナ先生がいなくなったあと、泣きたいだけ泣いたのだ。
涙を止められたなら、ミカナ先生の生徒として背筋を伸ばしていないといけない。
「……コレッティーナ。無理に大人になるなよ」
「どういうことですか?」
「十八歳は社会的に大人でも、大人になってまだ二年。大人になりたてだ。十二年経った俺だって、まだまだ大人になりきれていない。そんなもんなんだよ」
……旦那様の言うとおりかも。
「デザーは大人だけど、父も義母も大人じゃなかったです。人によってなんですね」
なるほど、なるほど。
歳を重ねる=大人。とは、ならないわけだ。
「頑張って、大人になります!」
「無理のない範囲でな。そのままのコレッティーナが、その…………みんな好きだと思ってる……から」
ふいっと視線を逸らして、旦那様が言う。
その耳は真っ赤だ。
……あっ! なるほど。
最近、ふいっとされるのは照れてたからか。
旦那様、照れ屋なんだ!
「ありがとうございます。でも、次にミカナ先生に会った時に、立派な大人になってたいです」
だから、頑張る。
「立派な大人は、しっかり働きます。絶対に森で、名案を思いついてきます!!」
「そんなに肩肘張らなくていいぞ」
「任せてください!」
やる気満々で、アンネにお弁当を用意してもらい、ギーツとアイラ、アンネと一緒に森へと向かった。




