「お前を愛することはない」と言われたので、労働対価に食事を要求します③
けれど、旦那様は変な顔をした。
「気持ちは嬉しいが、食事の対価ってどういうことだ?」
「私が食事をもらうだけだと、旦那様が損しますから」
「妻を養うのは当然の役目だ」
「……え? 損するのが趣味なんですか?」
変な趣味……。
いや、待てよ。これは対価不足の通告なのかも。
妻を養うのは当然って言うけど、そもそも旦那様は私を愛さないって話してた。つまり、私を妻として認めていないということ。だから、もっと対価を払え的なやつでは?
……あれ? でもさっき、妻って私のことを言ってたよね。
「分かりました! お外では妻の役割もきちんとこなしましょう!!」
何という名推理。
愛のない結婚だけれど、対外的には仲の良い夫婦を演出したいということか。
きちんと言葉にしてくれればいいのに。
これで満足でしょ? と、旦那様を見る。
けれど──。
「…………………ふっ……ふふっ」
え? 笑うとこあった?
「そうか。何も求めないのか……」
「食事ください!!」
「ぶふっ…………」
労働搾取のみは困る!
空かさず言えば、旦那様はまた笑う。意外とよく笑う人だな。
「では、コレッティーナのために毎日美味しい食事と甘味を料理長に用意させないとな」
「甘味ももらえるんですか!?」
今世で食べれたの、最後はいつだったっけ?
嬉しい!!
ほくほくと旦那様を見上げれば、ぎこちなく旦那様の手のひらが頭のうえに乗る。
「よく噛んで、たくさん食べろよ」
そう微笑んだ旦那様の手をどかす。
「こういう接触は不要です。私のことは使用人兼、雇われ妻だとお考えください」
「いや、コレッティーナは正式な妻で──」
「書類上はそうですね。ですが、屋敷内で妻として扱っていただかなくて結構です。愛のない結婚ですから」
にっこりと笑って言うと、旦那様の顔が引きつった。
「根に持ってるのか? 俺が悪かったよ」
「そうですね。また食事が出てこなかったら、化けて出ますからね。あ、もし次に同じよなことが起きたら、使用人を解雇する権限をください」
散々こき使ってから、解雇してやるんだから。
「コレッティーナは女主人になるんだ。屋敷の采配は好きにしていいぞ」
「……なるほど。甘味の対価がそれですね。理解しました」
「何でそうなる!?」
何でと言われても……。
きちんと解釈した結果だ。
不満げに私を見る旦那様を、ヤバい人から面倒くさい人へと印象を書き換える。
──コンコンコン。
軽やかなノック音がして、食事が運ばれてきた。
「豪華っ!!」
朝食の時間を過ぎたというのに、次々と室内にはワゴンがやってくる。
「奥様、簡単なものではございますが、お食事を用意させていただきました。此度のこと、誠に申し訳ございませんでした」
深々と頭を下げるデザーに、私は首を横に振る。
「謝罪は、このお食事と一緒に受け取りますね。こんなにたくさん用意してくれて、ありがとうございます」
お皿に被せられているクローシュが開かれ、見るからに新鮮な野菜のサラダや、ぷりぷりのウィンナー、卵の黄色やトマトの赤など見た目も美しいサンドイッチ、一口サイズに切られたフルーツなどがローテーブルに並べられていく。
「……デザー。まさか、ここで食事をするのか?」
「もちろんでございます。朝食を用意されず、お腹を空かせた奥様をこれ以上お待たせしろということでしょうか?」
「そんなことは言ってない」
「それは良うございました。奥様、お好きなものを取り分けせていただきます」
デザーの言葉に、ローテーブルの上に並べられた数々の料理を見る。
ど、どうしよう……。全部食べたい!!
少しずつ全種類もらう?
それでも、かなりの量になるよね……。
「食べ切れなかったものは、今日の夕飯と、明日以降の食事としてもらえますか?」
「はっ? 何を言って…………ふぐぅ」
怪訝な顔をした旦那様の口に、デザーは一切れのサンドイッチを押し込むと、凄みのある笑みを浮かべた。
「旦那様、少しお口を閉じていましょうか?」
サンドイッチを口にくわえたまま、無言で旦那様は頷く。
「奥様」
「はっ、はいぃ!!」
ビシッと背筋を伸ばして返事をすれば、デザーは小さい子を見るような、優しい目をする。
「残った食事は、私共、使用人たちに下げ渡されるのですよ」
「そう……なんですね……」
捨てるわけじゃないんだ。
それなら、勿体なくはない。
けど、やっぱり手放したくない。
「お気に召すものがあれば、また料理長に作ってもらいましょうね」
「本当ですか!?」
「はい。ですので、おいしいと思うものがあれば、教えていただけますか?」
「分かりました!」
嬉しい! 食事がでるだけでも嬉しいのに、好きな食べ物をまた作ってもらえるなんて!!
「どれから召し上がりますか?」
「全部、一口ずつ食べたいです」
デザーは私の希望通り、お皿に盛ってくれる。
「いただきます!」
パクリとまずはやわらかくて真っ白なパンを食べる。
一口かじれば、口の中にやさしい甘さが広がっていく。
「あたたかい……」
いつぶりか分からないあたたかな食事に、涙腺がゆるむ。
「…………」
「どうした?」
食べていた私の手が急に止まったからか、旦那様が心配そうに私を見る。
「いえ。何でもありません。旦那様も一緒に召し上がりませんか? すっごくおいしいですよ」
「そうだな」
そう言って食べ始めた旦那様は、優雅なのに一口が多く、食事ペースも私の三倍速い。
「時間がないからって早食いするとお腹壊しますよ」
なんて言いながら、私も自分のペースで食べ進めていく。
さすが、金のある伯爵家は違う。実家のパンはいつも硬いもんなぁ。
うーん。こんなに美味しいと、仕事も高そうだな。
って、あれ?
あ、これはまずいかも……。
食事中に行儀が悪いけど、仕方ない。
「すみません。ちょっとお手洗いに……」
そう言って立とうとした瞬間、胃をつねられたような痛みに、動けなくなった。




