第三十八話/糸口
群馬県内――山間部。
舗装の荒れた道路を、捜査車両が何度も往復していた。
昼と夜の境界すら曖昧になるほど、三人は動き続けていた。
秋山から送られてきた優先候補リスト。
それは確かに“絞られている”はずだった。
だが――
「……違う」
何度目かの空振りのあと、渡辺が低く吐き捨てた。
廃業した旅館。
人の気配が消えた別荘。
放置された倉庫。
どれも条件は満たしていた。
水源もある。アクセスもある。
だが、“何もない”。
痕跡が、ない。
人の出入り。
生活の痕跡。
そして――あの異常な犯行を裏付ける何か。
すべてが、欠落していた。
「……ここも外れか」
片瀬が、建物の中から戻ってくる。
靴底に付いた埃を軽く払う仕草に、疲労が滲んでいた。
外は薄暗くなり始めている。
一日の終わり。
だが彼らにとっては、区切りなど意味を持たない。
「あと何件だ……」
渡辺が、端末のリストを睨みつける。
残り――わずか。
数としては少ない。
だが、それが逆に焦燥を煽る。
“これで見つからなければ終わり”という圧。
車内に戻った瞬間、渡辺はシートに体を預けた。
重い。
全身が鉛のようだった。
「……くそ」
小さく吐き出す。
目の奥が焼けるように痛い。
寝ていない。
食べてもいない。
ただ動き続けている。
その状態で、結果が出ない。
精神が削られていく。
---
数十分後。
山を下りた先、小さなロードサイドの店。
自動販売機と簡易な休憩スペースだけの、簡素な場所。
渡辺は無言で水を買い、キャップをひねる。
一気に流し込む。
喉が焼けるように乾いていた。
その時――
「……遅いわね」
背後から声がした。
振り返る。
そこにいたのは、恵美だった。
同じく、疲労の色は隠せない。
だがその目は、まだ死んでいない。
「そっちは?」
渡辺が短く聞く。
恵美は首を横に振る。
「全部外れ」
即答だった。
「痕跡、ゼロ。生活感もない」
一拍。
「“使われた形跡すらない”」
渡辺が顔をしかめる。
「こっちも同じだ」
片瀬も合流する。
三人が並ぶ。
無言の時間。
共有される敗北感。
渡辺が、端末を開く。
残りのリストをスクロールする。
「……なあ」
ぽつりと呟く。
「なんでこんなにも外れる?」
誰に向けたわけでもない疑問。
「蛇の目の精度だぞ?」
スクロールが止まる。
「まるで……」
小さく笑う。
乾いた笑い。
「自給自足でもしてるみたいに、痕跡がねぇ」
その言葉に――
恵美の動きが止まった。
「……え?」
一瞬の沈黙。
「……それ」
ゆっくりと顔を上げる。
「それよ」
渡辺が眉をひそめる。
「何がだ?」
恵美の目が、明らかに変わっていた。
何かを掴んだ目。
「実際……そうだとしたら?」
空気が変わる。
片瀬が口を開く。
「どういう意味だ?」
恵美は、言葉を選ばずに言う。
「犯人が“全部自分で賄ってる”としたら?」
渡辺の思考が一瞬止まる。
「……は?」
恵美は続ける。
「今までの収穫場――廃墟だった」
「ああ」
「失敗してる」
その一言で、渡辺の顔が引き締まる。
「……ああ」
思い出す。
発覚。
露見。
“回収されなかった何か”。
「だったら次は?」
恵美が一歩踏み出す。
「誰にも邪魔されない場所を選ぶ」
「管理されている場所じゃない」
「“自分で管理できる場所”」
沈黙。
そして――
渡辺が小さく呟く。
「……自己所有か」
「そう」
恵美はすでに動いていた。
ポケットから端末を取り出す。
蛇の目とのリンクが立ち上がる。
画面が淡く光る。
「蛇の目」
呼びかけ。
応答。
微かな振動。
「検索条件を更新」
指が、迷いなく動く。
「自己所有」
「水源」
「自家発電」
「それらが可能な建物」
「山間部」
入力。
送信。
一瞬の静寂。
次の瞬間――
画面が再構築される。
リストが流れ込む。
「……来た」
恵美が低く言う。
表示されるカテゴリ。
---
【抽出候補】
・山小屋
・ログハウス
・コンテナハウス
・貸コンテナ
---
渡辺が息を呑む。
「……なるほどな」
だが、まだ多い。
恵美は止まらない。
さらに指示を出す。
「追加条件」
「現在地からの距離」
「犯人の安全圏」
「監視カメラの空白地帯」
「車両移動時間との整合性」
蛇の目が、強く点滅する。
処理が走る。
空気が張り詰める。
数秒。
いや、体感ではもっと長い。
そして――
「……出た」
恵美が呟く。
同時に、渡辺も声を出していた。
「出たな」
画面に表示される件数。
――6件。
内訳。
---
ログハウス:4件
貸コンテナ:2件
---
沈黙。
だが、それはもう“迷い”ではなかった。
選択の時間。
渡辺が言う。
「どっちを追う?」
即答だった。
恵美は迷わない。
「ログハウス」
一歩踏み出す。
「自己所有の可能性が高い」
「管理もできる」
「隠蔽もしやすい」
視線が鋭くなる。
「そして――“育てる”には最適」
その言葉に、二人も頷く。
「行くわよ」
短い命令。
三人が同時に動く。
疲労は消えていない。
だが、それを上回る“確信”があった。
闇の中。
確実に、“そこ”へ近づいている。




