第三十六話/解析
科警研第二課――オペレーションルーム。
沈黙は、もはや静寂ではなかった。
それは“圧力”だった。
解析結果が示した地点――水上IC。
そこから先へ踏み込めない現実が、秋山の思考を締め付けている。
だが、止まる理由にはならない。
秋山は一歩、蛇の目へと近づいた。
「――予測で出たリストを、最上位から順に並び替えろ」
間を置かず、条件を追加する。
「水源の近く……もしくは、水が使える施設を優先しろ」
その一言で、解析の軸が変わる。
蛇の目が反応する。
モニター上のリストが一瞬で再構築される。
項目が崩れ、再び積み上がる。
“場所”ではなく、“条件”で再評価されていく。
水。
それは、この犯人にとって重要な要素だ。
拘束。
維持。
加工。
その全てに関わる。
水がなければ成立しない。
逆に言えば、水がある場所に限定される。
リストが動く。
順位が入れ替わる。
いくつかの候補が、機械的に削除されていく。
秋山はその過程を無言で見つめていた。
やがて、最初のフィルタリングが完了する。
表示されたデータ群。
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【再評価条件】
・水源(河川/湧水/貯水設備)へのアクセス可能性
・電力供給履歴(断続的使用含む)
・建造物の遮蔽性(外部視認困難)
・車両進入経路の存在(未舗装路含む)
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【優先候補リスト(再構成)】
① 群馬県利根郡みなかみ町
分類:旧別荘地(放棄)
水源:地下水井戸(使用履歴あり/断続的)
電力:契約残存(微弱使用ログ検出)
アクセス:林道経由(一般車進入可)
遮蔽:高(森林密集)
評価:A+
② 群馬県沼田市山間部
分類:廃業旅館跡地
水源:貯水タンク(容量中)+近隣沢水
電力:完全停止(だが過去改修痕あり)
アクセス:舗装道路あり(交通量極少)
遮蔽:中
評価:A
③ 群馬県利根郡片品村
分類:個人所有別荘(長期未使用)
水源:井戸設備(登録あり)
電力:契約維持(使用ログなし)
アクセス:私道(管理放棄状態)
遮蔽:高
評価:A-
④ 群馬県渋川市外縁
分類:農業用施設(廃棄)
水源:用水路接続
電力:断続的な使用履歴
アクセス:軽車両のみ可
遮蔽:低
評価:B+
⑤ 群馬県利根郡昭和村
分類:旧倉庫施設
水源:近隣河川(距離200m)
電力:完全停止
アクセス:砂利道
遮蔽:中
評価:B
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リストはさらに続く。
だが、上位だけでも十分に“絞られている”はずだった。
それでも――
秋山の表情は、変わらない。
むしろ、わずかに険しくなる。
「……甘いな」
低く呟く。
その理由は明確だった。
「廃墟は削れ」
短く命じる。
蛇の目が即座に再処理を開始する。
廃業旅館。
倉庫。
農業施設。
次々と候補から外されていく。
理由は単純だ。
「維持できない」
秋山は思考を言語化する。
「長期間の拘束、管理……それに“育成”」
わずかに言葉を選ぶ。
「朽ちた建物じゃ無理だ」
水があっても、環境が安定しない。
温度。
衛生。
密閉性。
どれも足りない。
「……別荘」
その可能性は高い。
だが――
秋山は首を横に振る。
「それも違うな」
偽造ナンバー。
この一点が、全てを歪めている。
「わざわざ偽装してるってことは……」
思考が収束する。
「足がつく場所を避けてる」
つまり、
正規に所有している土地ではない。
名義。
契約。
履歴。
それら全てが、リスクになる。
「自己所有地の可能性は低い」
結論だった。
再び、候補が削られる。
リストがさらに減る。
残るのは――
“中途半端な場所”。
誰のものでもないようで、
誰かが使える場所。
秋山は目を細める。
(どこに潜む……)
思考が巡る。
だが、完全な像には至らない。
苛立ちが、わずかに表に出る。
指先が、机を軽く叩く。
一度。
二度。
止まる。
蛇の目の精度は高い。
それは疑いようがない。
だが――
「限界もある」
秋山は理解している。
日本には、“見えない場所”が多すぎる。
監視カメラの網は、万能ではない。
山間部。
過疎地。
そして――
人が多すぎる場所。
記憶が蘇る。
過去の案件。
西成。
山谷。
いわゆるドヤ街。
人は溢れている。
だが、カメラは少ない。
匿名性が極端に高い空間。
「何度も見失った……」
秋山は小さく吐き捨てる。
今回も同じだ。
いや――
それ以上に悪い。
「今回は……カメラが“無い”」
決定的だった。
犯人は理解している。
どこで追跡が切れるか。
どこに入れば、消えるか。
全てを知った上で動いている。
「……狩り慣れているな」
その確信だけが、強まっていく。
やがて、蛇の目の出力が停止する。
最終リスト。
数は、十数件。
完全ではない。
だが、無意味でもない。
秋山は、しばらくそれを見つめた。
そして――
決断する。
右手を操作パネルに置く。
データ送信。
宛先は三人。
吉羽恵美。
渡辺。
片瀬。
送信完了。
静かな通知音が鳴る。
「……後は現場だ」
誰に言うでもなく呟く。
ここから先は、“人間の領域”。
勘。
経験。
執念。
蛇の目では届かない場所に、
彼らは踏み込める。
秋山はゆっくりと背筋を伸ばした。
視線は、すでに次を見ている。
闇の中に潜む“それ”を、
引きずり出すために。




