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蛇の目/美食家  作者: ふゆはる


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第三十五話/点と線

 科警研第二課――オペレーションルーム。

 喧騒は去り、部屋には秋山ただ一人が残っていた。

 つい先ほどまで人の気配で満ちていた空間は、嘘のように静まり返っている。

 残されているのは、微かな機械音と、未だ消えない熱だけだった。

 椅子に深く腰を下ろすこともなく、秋山は立ったまま蛇の目の前に立つ。

 視線は既に次の段階へと移っていた。

「――蛇の目」

 呼びかけに応じるように、中央モニターが淡く明滅する。

 その光は、生物の“瞬き”にも似ていた。

「例の高級車を、交通監視カメラを使って追えるだけ追え」

 一切の迷いのない命令。

「拉致現場から、すべての導線を接続しろ」

 間を置かずに続ける。

「その上で――予測しろ」

 “再現”ではない。

 “予測”。

 それはこのシステムにしかできない領域だった。

 一瞬の沈黙。

 次の瞬間――

 空間が変わった。

 壁面すべてに展開される映像群。

 都内各所の監視カメラ、道路上の記録、交差点、駐車場、ビルの影。

 無数の断片。

 それらが同時に流れ始める。

 車両の映像。

 角度の違う複数のカメラ。

 夜の街に溶け込む黒い車体。

 蛇の目は、それらを一つずつ“拾い上げて”いく。

 モニター上に地図が展開される。

 点。

 点。

 点。

 車両の通過地点が、次々とプロットされていく。

 まるで獣の足跡のように。

 秋山は腕を組み、その軌跡を黙って追う。

 都心部。

 環状線。

 幹線道路。

 高速入口。

 流れは自然だった。

 不自然さがない。

 それが逆に異様だった。

「……計算されている」

 秋山が小さく呟く。

 追跡を前提にした“移動”。

 その可能性が、頭をよぎる。

 その時だった。

 一枚の画像が、他とは違う形で拡大される。

 静止画。

 車両後部。

 ナンバープレート。

 鮮明。

「……来たか」

 秋山の視線が鋭くなる。

 ついに、決定的な識別情報。

 だが――

 蛇の目の処理は、そこで止まらなかった。

 むしろ加速した。

 解析ウィンドウが増殖する。

 照合。

 再照合。

 データベース検索。

 ヒット数――ゼロ。

 秋山の眉が、わずかに動く。

「……どういうことだ」

 再度、照合。

 同一番号。

 一致なし。

 登録情報――存在せず。

 そこでようやく、結論が浮かび上がる。

「偽造ナンバーか」

 いや――

 それよりも精度の高い異常。

 “存在しないナンバープレート”。

 登録も、抹消も、履歴すら存在しない。

 完全な空白。

 蛇の目は、その矛盾を無視しない。

 むしろそこから先へと踏み込む。

「……続けろ」

 秋山が低く命じる。

 解析は続行される。

 映像はさらに地方へと移行する。

 都市の光が減り、暗闇が増えていく。

 高速道路。

 交通量の減少。

 カメラの間隔が広がる。

 それでも蛇の目は、断片を繋ぎ続ける。

 一秒にも満たない映像。

 わずかな反射光。

 ヘッドライトの軌跡。

 それらすべてを拾い、補完し、繋げる。

 時間が流れる。

 数分。

 数十分。

 やがて――一時間を越えた。

 その間、秋山は一歩も動かなかった。

 瞬きすら、少ない。

 完全に、思考を同期させている。

 そして――

 不意に、全ての映像が停止した。

 地図だけが残る。

 一点が、強く明滅している。

 拡大。

 表示された名称。

 ――水上IC(関越自動車道)

 群馬。

 山間部。

 人の流れが急激に減る地点。

 秋山の視線がそこに固定される。

「……ここか」

 蛇の目は、それ以上を示さない。

 解析終了。

 そこが“最後に確定できる地点”。

 それが意味するものは明白だった。

 “ここから先は、カメラがない”

 あるいは――

 “意図的に、痕跡を断ち切った”

 秋山は、ゆっくりと息を吐く。

 そして、呟く。

「……二度目だな」

 蛇の目の解析が“ここで止まる”のは。

 前回も同じだった。

 完全には辿れない。

 だが、確実に“核心の手前”までは来ている。

「ここから先……」

 視線を落とさずに問いかける。

「どこへ拉致されたか、予測できないか?」

 数秒。

 いや、数十秒。

 沈黙が続く。

 その間、蛇の目は思考している。

 単なる検索ではない。

 地理。

 人の流れ。

 廃棄物処理履歴。

 電力使用量。

 過去の事件。

 全てを横断している。

 そして――

 結果が出る。

 モニターに、リストが展開される。

 一つではない。

 複数。

 いや――

 数十。

 項目が並ぶ。

 ・廃墟

 ・放棄された別荘

 ・長期未使用の山間施設

 ・登記のみ残る空き家

 ・電力使用が不自然に途絶えた建造物

 次々とスクロールされる。

 地図上に、点が増えていく。

 山の中。

 林道の奥。

 人の目が届かない場所。

 秋山は、その全てを見渡した。

 そして――

 小さく、吐き捨てるように言う。

「……これでは、絞り込めないな」

 数が多すぎる。

 だが、それは同時に意味している。

 犯人は、この“盲点”を熟知している。

 監視の切れ目。

 追跡の限界。

 その先にある、完全な闇。

 秋山は再び蛇の目を見る。

 光は、静かに脈打っている。

 まるで、まだ“何か”を掴んでいるかのように。

「……いい」

 低く言う。

「ここまでは上出来だ」

 完全ではない。

 だが、十分だ。

 狩場は見えた。

 次は――

 “踏み込む”段階だ。

 静まり返ったオペレーションルームに、

 新たな緊張だけが、静かに満ちていった。

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