第三十四話/消失点
科警研第二課――オペレーションルーム。
数日ぶりに、全員が揃っていた。
誰一人として無駄な動きをしない。
椅子の引き方、資料の置き方、視線の配り方。
それぞれが、この場に呼ばれた意味を理解している。
秋山からの招集は、無駄がない。
呼ばれる時は――何かが“繋がった時”だけだ。
室内は暗く落とされ、モニターの光だけが浮かび上がる。
その中心にあるのは、蛇の目。
微かな駆動音が、空気を震わせている。
解析は終わった。
その事実だけで、場の温度が一段下がる。
秋山はゆっくりと前に出た。
視線を全員に一度だけ走らせる。
確認。
覚悟の確認。
そして、口を開く。
「蛇の目の解析が完了した」
短い言葉。
だが、それだけで十分だった。
「“The FIRST”――最初の個体の身元は、まだ割れていない」
わずかな間。
「だが」
その一言で、空気が変わる。
「吉羽が拾い上げた失踪者リストと照合した結果、犯人が“狩った”、もしくは“狩ろうとしている”対象が、かなりの精度で浮かび上がってきた」
モニターに、一つの名前が表示される。
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氏名:小南 優子
年齢:22
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静寂。
その名前に、誰も言葉を挟まない。
秋山が続ける。
「蛇の目の監視ログによると、一週間前――新宿区大久保公園にて、足取りが途絶えている」
画面が切り替わる。
夜の公園。
街灯の光に照らされた、曖昧な輪郭。
そこに立つ、一人の女。
「以降、スマートフォンの位置情報は完全に消失」
“消えた”。
その事実が、重く落ちる。
「現時点で、我々が追っている犯人の仕業と断定はできない」
秋山の声は冷静だった。
だが次の言葉には、わずかな硬さが混じる。
「だが――拉致されたのは、ほぼ確実だ」
画面がさらに切り替わる。
「これを見てくれ」
再生される映像。
粗い。
だが、決定的な瞬間は映っていた。
路肩に停車した一台の車。
黒塗りの高級車。
ドアが開く。
小南優子が、わずかな躊躇もなく近づく。
そして――
自ら乗り込む。
ドアが閉まる。
車は、静かに発進する。
数秒後、画面から消える。
沈黙。
ナンバーは見えない。
だが、重要なのはそこではなかった。
片瀬が小さく息を吐く。
「……抵抗がない」
その一言が、全てを物語っていた。
秋山が頷く。
「この後、周辺の監視カメラを全て繋いだ」
次々と映像が流れる。
交差点。
幹線道路。
料金所手前。
車は途切れずに追跡される。
だが――
「群馬方面に入ったところで、完全にロストした」
画面が止まる。
最後のフレーム。
夜の道路に消えていくテールランプ。
それが最後だった。
秋山が、もう一度操作する。
「そして――これだ」
別の映像。
同じ場所。
大久保公園。
だが時間は違う。
複数の日付が高速で切り替わる。
そこには、小南優子がいた。
毎晩のように。
同じ場所に立つ。
通り過ぎる男たち。
声をかける者。
立ち止まる者。
交渉。
そして――
一人、また一人と、男と共に画面から消える。
数時間後、戻ってくる。
同じ場所に立つ。
また繰り返す。
機械的ですらある反復。
生きるための行動。
だが同時に――
“消えても不思議ではない存在”としての記録。
映像が止まる。
恵美が、ぽつりと呟いた。
「……消えても怪しまれない」
誰も否定しない。
それが現実だった。
存在していても、記録されない人間。
消えて初めて、問題になる存在。
渡辺が腕を組み、低く言う。
「拉致されて……どこに連れて行かれたか、だな」
その言葉に、恵美がすぐに反応する。
「違う」
短く、断定的に。
全員の視線が向く。
「無理やりじゃない」
間。
「自分から乗り込んでる」
その言葉は、映像の解釈を一変させた。
拉致ではない。
“誘導”だ。
秋山が静かに頷く。
「その通りだ」
そして続ける。
「だが、人物の特定には至っていない」
画面に車両データが表示される。
「該当車種――群馬県内登録だけでも数十台」
数字が並ぶ。
無機質な羅列。
「東京を含めれば、その数はさらに増える」
膨大。
だが、無限ではない。
恵美が画面を見つめたまま、呟く。
「……その中にいる」
確信。
推測ではない。
すでに“見えている”者の言葉だった。
「犯人は、この中にいる」
室内の空気が、さらに張り詰める。
秋山が、わずかに口元を引き締めた。
「現在、蛇の目には――」
一拍置く。
「ここ一ヶ月間、小南優子と接触した“全ての男”を抽出させている」
画面が切り替わる。
顔。
顔。
顔。
無数の男の映像。
ぼやけたもの。
横顔だけのもの。
一瞬だけ映るもの。
「画像のクリア化と照合に、数日かかる可能性がある」
だが、それでもいい。
ここまで来ている。
あと一歩だ。
秋山は、二人を見る。
恵美。
そして、渡辺。
「そこから先は――お前たちの領域だ」
任せる、ではない。
**任せられる**者への指示。
「吉羽、渡辺」
名前を呼ぶ。
それが合図だった。
「小南優子を消した人物の特定から始める」
短い命令。
だが、その中に全てが含まれている。
恵美はゆっくりと頷いた。
その目は、すでに獲物を捉えている。
渡辺は小さく息を吐き、肩を回した。
「……ようやく“顔”が見えるか」
誰にともなく言う。
蛇の目の画面が、静かに明滅する。
無数のデータの中で、
一つの“異物”が、確実に浮かび上がろうとしていた。




