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蛇の目/美食家  作者: ふゆはる


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第三十二話/優先監視対象

 【優先監視対象(抽出3名)】

 女性A

 - 年齢:19

 - 滞在日数:3日

 - 所持金:極少

 - SNS:位置情報公開

 → リスク:極高

 女性B

 - 年齢:22

 - 糖代謝異常(投稿履歴より推定)

 - 単独行動

 → リスク:高

 女性C

 - 年齢:18

 - 家族連絡なし(2週間)

 - 夜間徘徊頻度高

 → リスク:極高



 秋山の声が、静まり返った室内に落ちた。


「蛇の目。女性A、B、C――名前と住所を出せ」


 間を置かず、モニターが応答する。


 ノイズのような光が一瞬走り、情報が再構成されていく。


 それは“人間”を、ただのデータへと還元する瞬間だった。


 ---


【優先監視対象:女性A】

 **氏名:雨宮あまみや 美咲みさき**

 年齢:19

 住所:東京都新宿区百人町1丁目・簡易宿泊施設(短期滞在)


 ---


 雨宮美咲は、まだ“街に染まりきっていない”匂いを残していた。


 百人町の古びた雑居ビルの三階。

 細い階段を上がった先にある、窓の小さな部屋。


 畳は擦り切れ、壁紙は黄ばんでいる。

 だが彼女は、その部屋を「とりあえずの拠点」として受け入れていた。


 スーツケースはまだ半分も開いていない。


 来て三日。


 まだ戻れる時間だった。


 だが彼女は、戻るという選択肢をすでに手放しかけている。


 スマートフォンの画面には、SNSの通知が並ぶ。


「どこにいるの?」

「今日いける?」

「短時間でいいから」


 位置情報は常に公開されていた。


 無防備というより、“気にしていない”のだ。


 誰かに見られていること。

 誰かに特定されること。


 その危険性を、まだ現実として理解していない。


 所持金はほとんど残っていない。


 財布の中には、数枚の紙幣と小銭。

 それでも彼女は笑っていた。


「なんとかなる」


 その言葉が、何の根拠もないことを知りながら。


 夜になると、自然と足が向く。


 歌舞伎町。


 光と音の渦。


 そこに立てば、誰かが声をかけてくる。


 それが“選ばれること”だと、まだ信じている。


 だが実際には――


 彼女はすでに、**選ばれている側**だった。


 ---


【優先監視対象:女性B】

 **氏名:小南こみなみ 優子ゆうこ**

 年齢:22

 住所:神奈川県川崎市・ワンルームマンション(実質的に不在)


 ---


 小南優子の部屋は、生活の痕跡だけを残して止まっていた。


 シンクには洗いかけの食器。

 テーブルには開きっぱなしの薬の箱。


 糖代謝異常。


 診断は受けていない。

 だが、彼女自身は薄々気づいていた。


 異常な喉の渇き。

 頻繁な倦怠感。

 止まらない空腹。


 それでも、病院には行かなかった。


 行けなかった、が正しい。


 金がない。


 時間もない。


 優先順位の最下位に、“自分の健康”があった。


 スマートフォンには、短い投稿が残っている。


「だるい」

「今日も稼がないと」

「寝てない」


 それは誰かに向けた言葉ではなく、

 ただの“排出”だった。


 夜、彼女は一人で街に立つ。


 誰とも群れない。


 それが彼女なりのルールだった。


 だがその孤立が、逆に際立たせる。


 “誰にも守られていない個体”として。


 彼女は、自分の価値を金額で測ることに慣れていた。


 だが――


 その身体そのものが、別の価値で見られていることには気づいていない。


 より“適した個体”として。


 ---


【優先監視対象:女性C】

 **氏名:白石しらいし 莉音りおん**

 年齢:18

 住所:埼玉県越谷市・実家(家族との接触なし:2週間)


 ---


 白石莉音の部屋は、時間が止まっていた。


 机の上には教科書。

 壁には、少し前の流行のポスター。


 制服はクローゼットにかけられたまま。


 だが、その部屋の主は、もうそこにいない。


 二週間、帰っていない。


 家族からの連絡も無視している。


 既読はつくが、返信はない。


 彼女は今、夜の街を彷徨っている。


 目的はない。


 ただ、家に戻りたくないという感情だけがある。


 歌舞伎町の路地裏。


 コンビニの明かり。


 ベンチ。


 階段。


 そのどれもが、一時的な居場所になる。


 夜になるほど、彼女の動きは活発になる。


 昼間はどこかに身を潜め、

 夜になると現れる。


 その生活は、すでに“正常”から逸脱していた。


 だが本人には、その自覚が薄い。


「まだ大丈夫」


 そう思っている。


 だが、何が“まだ”なのかは分からない。


 彼女は誰かと繋がりたいと思っている。


 だが同時に、誰とも深く関わりたくない。


 その矛盾が、彼女をより孤立させる。


 そして――


 その“揺らぎ”こそが、最も狙われやすい。


 ---


 モニターに並ぶ三人の名前。


 三つの生活。


 三つの孤立。


 秋山は無言でそれを見つめていた。


 片瀬が小さく呟く。


「……まだ助かる」


 だが、その言葉には確信がなかった。


 恵美が一歩前に出る。


 その視線は、すでに一人に定まっている。


「違う」


 低く言う。


「もう“入ってる”」


 狩りの中に。


 蛇の目の画面が、わずかに明滅する。


 三人の名前の横に、同時に表示される確率値。


 ---


 捕捉予測時間:

 雨宮美咲 ―― 36時間以内

 小南優子 ―― 既に捕捉済

 白石莉音 ―― 24時間以内


 ---


 沈黙が落ちる。


 その意味を、全員が理解していた。


 **一人は、もう遅い。**


 そして残り二人も――


 小南優子の拉致がこの犯人の仕業であれば時間は残り少ない

 秋山は糖尿病予備軍である小南に絞って指示を出した

「交通監視カメラ、防犯カメラ全てを攫え」

「まずはこの小南優子の存在と消失を立証しろ」


 その指示を受けモニターは再び大きなとぐろを巻くかのように点滅を繰り返す蛇の目と、作動音が部屋に鳴り響いた。



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