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蛇の目/美食家  作者: ふゆはる


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31/48

第三十一話/獲物

 追跡者として開花した吉羽恵美の能力は、兵庫県警の中でも明らかに異質だった。


 通常、見当たり捜査は経験と勘に依存する。


 顔の記憶。

 仕草の違和感。

 歩き方の癖。


 それらを蓄積し、街の中から「浮いている存在」を拾い上げる。


 だが恵美のそれは、次元が違っていた。


 彼女は“見る”のではない。


 **“一致を検出する”のだ。**


 通行人の一人ひとりが、彼女の中に蓄積された膨大な記憶と照合される。

 無意識のうちに行われる高速な比較処理。


 その結果として浮かび上がる、微細なズレ。


 それを、彼女は逃さない。


 見当たり捜査による指名手配犯の検挙率は異常だった。

 職務質問を行えば、九割方が何らかの犯罪に関与している。


 偶然ではない。


 再現性のある“異常”。


 それが、彼女を組織の中で浮かび上がらせた。


 そして――


 秋山慎一郎の目に留まった。


 科警研第二課。


 理論と異常が交差する場所。


 そこは、恵美にとって初めて“能力を制限されない場所”だった。


 プロファイルが完成した対象。


 行動パターンが可視化された標的。


 その条件が揃った瞬間、恵美は変わる。


 人ではなくなる。


 **猟犬になる。**


 匂いを追うように、痕跡を辿る。


 逃げ場はない。


 一度ロックした対象は、必ず捕捉する。


 いつしか彼女は、このチームを気に入っていた。


 理由は単純だった。


 ――ここでは、自分が“正常”だったからだ。


 その恵美の本能が、今、明確な方向を指し示していた。


 次の犯行。


 まだ起きていないはずの事件。


 だが、確実に“準備されている”それ。


「来る」


 その確信が、言葉になる前に存在していた。


 そしてそれは、同時に――


 蛇の目も同じ結論に至っていた。


 ---


 モニター群の中央。


 暗く沈んだ室内に、微かな駆動音が満ちる。


 蛇の目。


 それは単なる解析AIではない。


 観測者であり、記録者であり、そして――


 **思考を模倣する異物。**


 恵美から送信されたデータ。


 七人の被害者プロファイル。


 それが、蛇の目の内部で分解される。


 数値化。

 構造化。

 関係性の再編成。


 そして再構築。


 画面に、データが流れ始める。


 ---


【入力データ:被害者プロファイル(7名)】


 * 年齢帯:18歳〜26歳(平均 21.4歳)

 * 性別:女性(100%)

 * 職業傾向:不安定就労(風俗・個人売春・無職)

 * 行動圏:新宿区歌舞伎町周辺(トー横・大久保公園)

 * 家族関係:希薄(連絡頻度 低)

 * SNS使用:高頻度(位置情報投稿あり)

 * 健康状態:一部に糖代謝異常(3/7)


 ---


【地理的プロファイル】


 * 最終目撃地点:新宿区集中(半径1.2km圏内)

 * 移動経路推定:徒歩→車両搬送(中距離)

 * 遺棄(収穫)地点:

   - 神奈川北部:2件

   - 埼玉南部:2件

   - 千葉西部:1件

   - 茨城南部:1件

   - 栃木南部:1件


 → 共通項:


 * 首都圏外縁部

 * 工業地帯・廃施設付近

 * 人口密度低・夜間交通量少


 ---


【狩場選定傾向】


 * 条件①:孤立個体(同行者なし)

 * 条件②:金銭的困窮

 * 条件③:夜間滞在時間が長い

 * 条件④:失踪後の発覚遅延が見込める


 → 狩場結論:

「社会的に切断された個体が自然発生する場」


 ---


【収穫場(処理地点)特性】


 * 密閉可能空間

 * 長期滞在可能

 * 臭気・騒音遮断性あり

 * 生体反応維持が可能な環境


 → 仮説:

「殺害ではなく“維持”を前提とした施設」


 ---


【犯人思考モデル(サイコパス型)】


 * 共感欠如:対象を資源として認識

 * 計画性:中〜長期スパン

 * 儀式性:高(工程の反復)

 * 報酬系:結果ではなく“過程”に依存


 → 行動原理:

「育成 → 観察 → 収穫」


 ---


【次回犯行予測】


 * 狩場:新宿区(継続使用)

 * 時間帯:22:00〜03:00

 * ターゲット条件:新規流入個体(直近1週間)


 ---


【優先監視対象(抽出3名)】


 1. 女性A

   - 年齢:19

   - 滞在日数:3日

   - 所持金:極少

   - SNS:位置情報公開

   → リスク:極高


 2. 女性B

   - 年齢:22

   - 糖代謝異常(投稿履歴より推定)

   - 単独行動

   → リスク:高


 3. 女性C

   - 年齢:18

   - 家族連絡なし(2週間)

   - 夜間徘徊頻度高

   → リスク:極高


 ---


 データの流れが止まる。


 静寂。


 その中で、蛇の目のインターフェースがゆっくりと収束していく。


 画面上に浮かび上がる、ひとつの形。


 それは、蛇だった。


 巨大な蛇が、とぐろを巻いている。


 円環。


 閉じた構造。


 その中心に、“目”がある。


 秋山と片瀬は、その光景を無言で見つめていた。


 それはただのビジュアルではない。


 **思考の可視化。**


 蛇の目が、推論を終えた証だった。


 やがて、低く機械的な声が響く。


「――次の狩りは、既に始まっています」


 その言葉は、予測ではなかった。


 断定だった。


 恵美がゆっくりと顔を上げる。


 その目は、完全に“追跡者”のものになっていた。


 人の目ではない。


 獲物を捉えた、猟犬の目。


「場所は……歌舞伎町」


 短く言う。


 蛇の目のデータと、彼女の直感が一致していた。


 秋山はわずかに息を吐き、言った。


「動くぞ」


 その一言で、全てが決まる。


 まだ起きていない事件。


 だが、それはもう“存在している”。


 観測された瞬間から、逃げ場はない。


 蛇の目が見つめる先で、


 そして恵美が嗅ぎ取った先で、


 “それ”は、確実に息を潜めていた。


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