第三十一話/獲物
追跡者として開花した吉羽恵美の能力は、兵庫県警の中でも明らかに異質だった。
通常、見当たり捜査は経験と勘に依存する。
顔の記憶。
仕草の違和感。
歩き方の癖。
それらを蓄積し、街の中から「浮いている存在」を拾い上げる。
だが恵美のそれは、次元が違っていた。
彼女は“見る”のではない。
**“一致を検出する”のだ。**
通行人の一人ひとりが、彼女の中に蓄積された膨大な記憶と照合される。
無意識のうちに行われる高速な比較処理。
その結果として浮かび上がる、微細なズレ。
それを、彼女は逃さない。
見当たり捜査による指名手配犯の検挙率は異常だった。
職務質問を行えば、九割方が何らかの犯罪に関与している。
偶然ではない。
再現性のある“異常”。
それが、彼女を組織の中で浮かび上がらせた。
そして――
秋山慎一郎の目に留まった。
科警研第二課。
理論と異常が交差する場所。
そこは、恵美にとって初めて“能力を制限されない場所”だった。
プロファイルが完成した対象。
行動パターンが可視化された標的。
その条件が揃った瞬間、恵美は変わる。
人ではなくなる。
**猟犬になる。**
匂いを追うように、痕跡を辿る。
逃げ場はない。
一度ロックした対象は、必ず捕捉する。
いつしか彼女は、このチームを気に入っていた。
理由は単純だった。
――ここでは、自分が“正常”だったからだ。
その恵美の本能が、今、明確な方向を指し示していた。
次の犯行。
まだ起きていないはずの事件。
だが、確実に“準備されている”それ。
「来る」
その確信が、言葉になる前に存在していた。
そしてそれは、同時に――
蛇の目も同じ結論に至っていた。
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モニター群の中央。
暗く沈んだ室内に、微かな駆動音が満ちる。
蛇の目。
それは単なる解析AIではない。
観測者であり、記録者であり、そして――
**思考を模倣する異物。**
恵美から送信されたデータ。
七人の被害者プロファイル。
それが、蛇の目の内部で分解される。
数値化。
構造化。
関係性の再編成。
そして再構築。
画面に、データが流れ始める。
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【入力データ:被害者プロファイル(7名)】
* 年齢帯:18歳〜26歳(平均 21.4歳)
* 性別:女性(100%)
* 職業傾向:不安定就労(風俗・個人売春・無職)
* 行動圏:新宿区歌舞伎町周辺(トー横・大久保公園)
* 家族関係:希薄(連絡頻度 低)
* SNS使用:高頻度(位置情報投稿あり)
* 健康状態:一部に糖代謝異常(3/7)
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【地理的プロファイル】
* 最終目撃地点:新宿区集中(半径1.2km圏内)
* 移動経路推定:徒歩→車両搬送(中距離)
* 遺棄(収穫)地点:
- 神奈川北部:2件
- 埼玉南部:2件
- 千葉西部:1件
- 茨城南部:1件
- 栃木南部:1件
→ 共通項:
* 首都圏外縁部
* 工業地帯・廃施設付近
* 人口密度低・夜間交通量少
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【狩場選定傾向】
* 条件①:孤立個体(同行者なし)
* 条件②:金銭的困窮
* 条件③:夜間滞在時間が長い
* 条件④:失踪後の発覚遅延が見込める
→ 狩場結論:
「社会的に切断された個体が自然発生する場」
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【収穫場(処理地点)特性】
* 密閉可能空間
* 長期滞在可能
* 臭気・騒音遮断性あり
* 生体反応維持が可能な環境
→ 仮説:
「殺害ではなく“維持”を前提とした施設」
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【犯人思考モデル(サイコパス型)】
* 共感欠如:対象を資源として認識
* 計画性:中〜長期スパン
* 儀式性:高(工程の反復)
* 報酬系:結果ではなく“過程”に依存
→ 行動原理:
「育成 → 観察 → 収穫」
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【次回犯行予測】
* 狩場:新宿区(継続使用)
* 時間帯:22:00〜03:00
* ターゲット条件:新規流入個体(直近1週間)
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【優先監視対象(抽出3名)】
1. 女性A
- 年齢:19
- 滞在日数:3日
- 所持金:極少
- SNS:位置情報公開
→ リスク:極高
2. 女性B
- 年齢:22
- 糖代謝異常(投稿履歴より推定)
- 単独行動
→ リスク:高
3. 女性C
- 年齢:18
- 家族連絡なし(2週間)
- 夜間徘徊頻度高
→ リスク:極高
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データの流れが止まる。
静寂。
その中で、蛇の目のインターフェースがゆっくりと収束していく。
画面上に浮かび上がる、ひとつの形。
それは、蛇だった。
巨大な蛇が、とぐろを巻いている。
円環。
閉じた構造。
その中心に、“目”がある。
秋山と片瀬は、その光景を無言で見つめていた。
それはただのビジュアルではない。
**思考の可視化。**
蛇の目が、推論を終えた証だった。
やがて、低く機械的な声が響く。
「――次の狩りは、既に始まっています」
その言葉は、予測ではなかった。
断定だった。
恵美がゆっくりと顔を上げる。
その目は、完全に“追跡者”のものになっていた。
人の目ではない。
獲物を捉えた、猟犬の目。
「場所は……歌舞伎町」
短く言う。
蛇の目のデータと、彼女の直感が一致していた。
秋山はわずかに息を吐き、言った。
「動くぞ」
その一言で、全てが決まる。
まだ起きていない事件。
だが、それはもう“存在している”。
観測された瞬間から、逃げ場はない。
蛇の目が見つめる先で、
そして恵美が嗅ぎ取った先で、
“それ”は、確実に息を潜めていた。




