第二十七話/追跡者
二課の面々は、それぞれが別の方向から、“一体目”に迫ろうとしていた。
彼らはそれを、半ば共通認識として——
**「THE FIRST」**と呼んでいた。
最初の個体。
起点。
基準。
あの一体がすべての始まりであり、犯人の“思考の原点”であると、誰もが直感していた。
秋山と片瀬は、オペレーティングルームに籠もっていた。
無機質な光に照らされた空間。
中央に据えられた分析端末。
そして、その奥に鎮座する——蛇の目。
彼らは失踪者リストをベースに、徹底的な絞り込みを行っていた。
「条件をもう一度整理する」
秋山の声は静かだが、鋭い。
「一型糖尿病、自然死、外因性処置なし。その後に遺体が回収されている」
片瀬が端末を操作する。
「死亡後、一定時間以内に回収可能な環境……つまり、発見が遅れるケース」
「独居、あるいは管理の甘い施設」
「……だな」
蛇の目が淡々と候補を提示していく。
数百件。
そこからさらに削る。
年齢。生活環境。既往歴。
死亡推定時刻と発見時刻の乖離。
「ここ、どう見る」
片瀬が一つのデータを指す。
秋山は一瞥し、すぐに首を振る。
「除外。発見が早すぎる」
「こっちは」
「家族同居。難しい」
切り捨てる速度が異様に速い。
迷いがない。
それだけ、“像”が固まりつつあるということだった。
一方で——
渡辺は現場にいた。
群馬県内の医療機関。
資料室。記録庫。
紙と電子データの海の中を、ひたすらに潜っていた。
「……これも違うか」
カルテをめくる手が止まらない。
糖尿病患者の記録。
特に一型。
その中でも、死亡記録。
「多すぎるだろ……」
思わず漏れる。
だが止まらない。
「自然死で……発見が遅れて……」
条件を口に出しながら、ひたすら照合する。
医師への聞き込みも並行して行っていた。
「最近、不自然な遺体の扱いとかありませんでした?」
何度も同じ質問を繰り返す。
だが、決定打はない。
それでも渡辺は止まらない。
「……どっかにいるはずなんだよ」
小さく呟く。
その言葉には、焦りと確信が混じっていた。
そして——
恵美。
彼女は科捜研にいた。
泊まり込み。
昼も夜も関係ない。
五体の遺体データを前に、ひたすら分析を続けていた。
モニターの光が、彼女の顔を青白く照らす。
画面には骨密度の解析結果。
関節の摩耗。
微細な変形。
それらが、ゆっくりと“生活”を語り始める。
「……これ」
恵美の手が止まる。
ズーム。
拡大。
再解析。
骨の密度。
明らかな低下。
骨粗鬆症。
さらに——関節。
特に下肢。
膝、股関節。
不自然な変形。
「……車椅子」
口に出る。
長期間の使用による特徴的な変化。
荷重のかかり方の偏り。
筋力低下に伴う骨の適応。
「動いてない……」
つまり。
「移動能力が低い個体……」
彼女の中で、条件が更新される。
すぐにデータをまとめ、二課へ送信する。
同時に——
地図を開く。
関東圏。
「……広げる」
小さく呟く。
群馬に固執する理由はない。
むしろ——
犯人の性質を考えれば。
「ここ、捨ててる可能性が高い……」
蛇の目のプロファイルが頭をよぎる。
異常な執念。
綿密な計画性。
そして——辛抱強さ。
この犯人は、焦らない。
スプリー化しない。
追い詰められて、短期間に連続犯行に走るタイプではない。
むしろ逆。
“間隔を保つ”。
“条件を整える”。
“完璧な形を再現する”。
それが目的。
だからこそ——
最初の狩場が露見した時点で。
「……もう、いない」
その可能性が高い。
「狩場も、収穫場も……移してる」
恵美の視線が、関東全域をなぞる。
東京。埼玉。神奈川。千葉。
すべてが候補になる。
「……探す」
その言葉には、確かな意志があった。
それは“勘”ではない。
もっと根深いもの。
彼女の中に染み付いた、ある感覚。
——追跡者。
その原点は、幼少期にあった。
彼女は孤独だった。
家でも、学校でも、居場所はなかった。
そんな彼女の居場所は——
小さなタバコ屋の路地だった。
古びた店。
老夫婦が営んでいる。
狭いカウンター。
並べられたタバコ。
そこに来る客たち。
彼女は、そこで遊んでいた。
いや——観ていた。
客が来る。
扉が開く。
その瞬間から、彼女の“観察”は始まる。
この人は、何を買うか。
それを当てる。
ただそれだけの遊び。
最初は簡単だった。
常連。
同じ銘柄。
覚えればいい。
だが、すぐにそれでは物足りなくなる。
「次は?」
未知の客。
初見。
そこからが、本当の遊びだった。
女性。
メンソールを選びやすい。
だが例外もある。
年齢。服装。仕草。
それらを重ねる。
サラリーマン。
スーツ。
だが、よれているか、整っているか。
前者は安価な銘柄。
後者はフレーバー系。
単純な傾向。
だが、完全ではない。
建設業の男。
制服の男。
ここが難しい。
服装からの情報が少ない。
予測が揺らぐ。
だから——
見る。
さらに細かく。
財布。
革の質。
使い込まれ方。
靴。
汚れ。
手入れ。
時計。
あるか、ないか。
ブランド。
手。
ネイル。
荒れ方。
匂い。
整髪料。
柔軟剤。
それらを積み上げる。
一つずつ。
そして——
“像”を作る。
どんな生活をしているか。
どんな習慣を持っているか。
どんな選択をするか。
やがて。
それは見えるようになる。
透けるように。
そして彼女が最も重視したのは——
足音だった。
歩き方。
リズム。
重さ。
それは、嘘をつかない。
ある者は、まっすぐ歩く。
ある者は、引きずる。
気分が乗っている時。
沈んでいる時。
同じ人間でも、音が変わる。
それは——
靴の踵に現れる。
減り方。
偏り。
体重のかけ方。
癖。
それらがすべて、そこに刻まれる。
数年。
それを続けた。
結果——
八割以上。
初見の客でも、当てられるようになった。
それは遊びではなかった。
すでに“技術”だった。
そして——
その技術は、消えなかった。
刑事になった今も。
むしろ、研ぎ澄まされている。
恵美は、画面を見つめる。
データの向こう側。
そこに“人”を見る。
生活を見る。
癖を見る。
そして——
犯人を見る。
「……いる」
小さく呟く。
どこかに。
確実に。
その痕跡は、まだ残っている。
見つける。
必ず。
その目は、もう完全に“追跡者”のものだった。




