第二十二話/TheFIRST②
秋山の言葉が落ちたあとも、誰もすぐには動かなかった。
「意味が違う……って、どういう意味ですか」
最初に声を出したのは渡辺だった。だがその声には、いつもの軽さがない。
秋山はすぐには答えない。視線は依然としてモニターに固定されたまま。
「まず確認する」
低く、整理するような口調。
「一体目は自然死だ。外因性の薬物投与も、拘束も、電撃もない。つまり“生きている間に犯人と接触した痕跡がない”」
「……はい」
恵美が小さく頷く。
「だが死後には処理されている。他の四体と同様に、“菌床化”されている」
片瀬が腕を組んだまま言う。
「つまり、死体は確実に犯人の手に渡ってる」
「そうだ」
秋山は短く答える。
「ここで問題になるのは、“どこで拾ったか”だ」
渡辺が顔を上げる。
「拾った……?」
「自然死体だ。病院か、自宅か、あるいは介護施設か。いずれにせよ、“死は日常の中で発生している”」
恵美の目がわずかに細まる。
「……その中から、選んでる?」
秋山が初めて恵美の方を見る。
「選別している」
断言だった。
沈黙が落ちる。
蛇の目の機械音だけが、一定のリズムを刻んでいる。
渡辺がゆっくりと口を開く。
「でも……おかしくないですか」
「何がだ」
「最初の一体目だけ、そんな“偶然の死体”を使ってるのに、二体目以降は完全に“生きてる人間を加工してる”」
「……」
「方針が違いすぎる。普通は逆だろ。最初に生きた人間で試して、あとから効率化するはずだ」
もっともな指摘だった。
だが秋山は、わずかに首を振る。
「違うな」
「え?」
「順序は正しい」
その言葉に、三人の視線が再び集まる。
秋山はゆっくりと言葉を選ぶ。
「最初に“死体”を使ったのは、試験じゃない」
「……じゃあ何ですか」
恵美が問う。
秋山は一拍置いた。
「確認だ」
その一言で、空気が変わる。
「確認……?」
片瀬が低く繰り返す。
「何を」
秋山はモニターを指で軽く叩いた。
「“死は再現できるかどうか”だ」
一瞬、意味が通らない。
だが次の瞬間——
渡辺が息を呑む。
「……ああ……」
恵美の中でも、何かが繋がる。
「待って……それって……」
秋山が続ける。
「自然死体を加工して、“あの状態”にできるかどうか。つまり——」
「菌床化の成立条件の確認……」
片瀬が低く言う。
「そうだ」
秋山は頷いた。
「生きている必要があるのか、それとも死体でも成立するのか。その検証だ」
渡辺が額に手を当てる。
「……で、結果が“成立した”」
「だから次に進んだ」
恵美の声は静かだった。
「生きている人間に対して、同じ状態を“作る”方向に」
沈黙。
重い理解が、ゆっくりと場に広がっていく。
蛇の目が、補足するように新たなデータを表示する。
【組織侵食速度比較】
初期個体:死後進行
他四体:生体内進行
片瀬が画面を睨む。
「……速度が違う」
「当然だな」
秋山が言う。
「死体は抵抗しないが、反応もしない。生体は防御もするが、条件が揃えば“増殖環境”としては優秀だ」
渡辺が顔をしかめる。
「最悪だな……」
恵美が低く言う。
「……だから抗生物質を入れてる」
全員の視線が再び画面へ向かう。
「腸内細菌を潰して、“競合を排除”してる……」
「その上で栄養を流し込む」
片瀬が続ける。
「完全に“培養”だ」
秋山は無言で頷いた。
「一体目は、その前段階……」
渡辺が呟く。
「いわば“原型”だ」
その言葉に、秋山は小さく反応した。
「違うな」
また否定。
渡辺が顔を上げる。
「え?」
秋山は静かに言う。
「原型じゃない」
一拍。
「基準だ」
空気が、さらに重くなる。
「基準……?」
恵美が繰り返す。
「自然死体を基準にして、“どこまで操作すれば同じ状態に到達できるか”を測っている」
「……」
「つまり犯人は、“死そのもの”を設計している」
誰も、言葉を挟めなかった。
蛇の目の画面に、新たな比較項目が追加される。
【終末組織状態一致率】
数値が表示される。
初期個体と他四体——
一致率:98.7%
渡辺の声が震える。
「……ほぼ同じだ……」
片瀬が低く吐き捨てる。
「狂ってる……」
恵美は画面から目を離さない。
「……違う」
ぽつりと呟く。
「狂ってるんじゃない」
その声は静かだったが、はっきりしていた。
「理解してる」
秋山がわずかに目を細める。
「何をだ」
恵美はゆっくりと言う。
「“死の条件”を」
沈黙。
その言葉は、どこか決定的だった。
蛇の目の機械音が、ほんのわずかに変調する。
ピッ——ピッ——
まるで、その結論に反応するかのように。
渡辺が小さく笑う。乾いた笑いだった。
「……つまり何だよ」
顔を上げる。
「医者気取りか?」
誰も笑わない。
秋山が静かに言う。
「違うな」
「……じゃあ何ですか」
秋山は答える。
「観測者だ」
その言葉に、恵美の背筋がわずかに粟立つ。
「観測して、再現している」
片瀬が低く言う。
「科学者ってことですか」
秋山は首を横に振る。
「科学者なら、“説明”を求める」
一拍。
「こいつは違う」
モニターを見つめたまま、言う。
「“一致”を求めている」
その瞬間。
蛇の目の画面が、わずかに明滅した。
偶然か。
それとも——
誰も判断できない。
恵美がゆっくりと息を吐く。
「……じゃあ次は」
誰にともなく言う。
「どう動く」
秋山は即答した。
「一体目の発生源を特定する」
渡辺が頷く。
「病院、施設、自宅……全部洗うか」
「違う」
またしても否定。
「絞る」
「どうやって」
片瀬が問う。
秋山は画面に表示されたデータの一つを指す。
【一型糖尿病】
「ここだ」
恵美が理解する。
「インスリン管理……」
「そうだ。完全な自然死だとしても、“管理履歴”は残る」
渡辺がすぐに続く。
「医療機関、処方履歴、血糖ログ……」
「全部トレースできる」
片瀬が言う。
秋山が頷く。
「時間はかからん」
その声には確信があった。
「一体目の“人生”を特定する」
恵美が静かに言う。
「そこから……犯人の“最初の接点”が見える」
秋山は短く答えた。
「ああ」
そして——
わずかに間を置いて、付け加える。
「そしてそこに、“意図”がある」
蛇の目のモニターは、何も言わない。
ただ静かに、次の入力を待っている。
だがその沈黙は——
どこか、肯定しているようにも見えた。




