第二十話/不完全なプロファイル
科警研第二課、オペレーティングルーム。
窓のないその空間は、外界と切り離されたように静まり返っていた。
壁一面に並ぶモニター。無機質な光が、室内を青白く照らしている。
中央には大型のメインディスプレイ。
その前に並ぶ四つの椅子。
吉羽恵美、片瀬、渡辺——そして秋山慎一郎。
誰もが言葉を発さず、ただ画面を見つめていた。
空気は重い。
二週間。
いや、それ以上。
解剖、鑑識、解析——あらゆる手を尽くしてなお、犯人には届かない。
だが、確実に一つの像は浮かび上がりつつあった。
人ではない。
“栽培者”。
恵美は無意識に拳を握っていた。
あの報告。
あの遺体。
あの説明。
頭の奥で何度も再生される。
——生きたまま菌床にされた。
「……」
奥歯を噛みしめる。
その横で、渡辺が静かに言った。
「……被害者の共通点、出揃ってきましたね」
片瀬が腕を組んだまま応じる。
「女、二十代、生活に何らかの歪み……」
「加えて糖尿病、あるいは予備軍」
渡辺が補足する。
「完全に“選んでる”」
短い沈黙。
秋山がゆっくりと口を開いた。
「選別だな」
低く、確信に満ちた声。
「偶然じゃない。条件を満たした個体だけを狙っている」
恵美が顔を上げる。
「個体……」
その言葉に、わずかな怒りが滲む。
秋山は視線をモニターから外さずに続けた。
「犯人にとって人間は“材料”だ。人格でも生活でもない。機能で見ている」
「……」
恵美の胸の奥で、何かが軋む。
理解してしまう自分がいる。
それが余計に苛立たしい。
渡辺がデータパネルを操作しながら言った。
「地理的プロファイルも、ほぼ固まってきてます」
画面に円がいくつも描かれる。
被害者の居住地。
発見場所。
それらを結ぶ線。
そして——中心。
「ここが……」
片瀬が呟く。
「犯人の拠点」
群馬県山間部。
人の少ないエリア。
秋山が頷く。
「可能性は高い」
そして椅子に深く腰掛け直した。
「だが足りない」
その一言で、場の空気が引き締まる。
「決定打がない。踏み込めるだけの確証が」
恵美が低く言う。
「時間をかけてる間に、次が出る可能性があります」
「その通りだ」
秋山は即答した。
「だから使う」
その視線が、ゆっくりと正面へ向けられる。
メインディスプレイ。
そこに表示されているのは——
蛇の目。
黒い画面に、微細なノイズのような光が揺らめいている。
まるで、何かがこちらを“見ている”かのような錯覚。
室内の空気が、わずかに変わる。
恵美は無意識に背筋を伸ばしていた。
秋山が静かに口を開く。
「蛇の目」
音声認識。
即座に反応が返る。
画面がわずかに明滅する。
「今までの証拠から、被害者プロファイルに取り掛かってくれ」
一拍。
「どんな違和感からでもいい。予測し、それをすべて我々に示せ」
沈黙。
ほんの数秒。
だがその時間が、異様に長く感じられる。
そして——
モニターが点滅を始めた。
ピッ、ピッ、ピッ——
規則的な電子音。
画面に文字列が流れ始める。
【解析開始】
【データ統合中】
【被害者プロファイル生成】
渡辺が思わず息を呑む。
「……来るぞ」
表示が一気に加速する。
年齢、性別、既往歴、生活環境、交友関係、金銭状況——
あらゆるデータが重ね合わされ、再構築されていく。
やがて、画面が切り替わる。
【共通項抽出:完了】
音声が再生される。
機械的で、感情のない声。
『被害者群における共通特徴を提示します』
画面にリストが表示される。
・女性
・年齢層:20代前半〜後半
・社会的孤立傾向
・不安定な収入源
・慢性的な健康リスク(特に糖代謝異常)
恵美が呟く。
「……ここまでは予想通り」
だが蛇の目は止まらない。
『追加分析を提示します』
画面がさらに細分化される。
顔画像データ。
四人の被害者の顔が並ぶ。
その上に、幾何学的な線が引かれていく。
骨格。
目の位置。
口の形。
輪郭。
渡辺が目を見開く。
「……顔の類似性……」
片瀬が低く言う。
「好み、か」
蛇の目が続ける。
『犯人は無意識下で特定の顔立ちを選択している可能性が高い』
恵美が眉をひそめる。
「無意識……?」
秋山が答える。
「意識してないからこそ、再現性がある」
蛇の目の音声が続く。
『次に行動特性の推定を提示します』
画面が切り替わる。
地図。
円。
移動経路。
『被害者は自宅近辺で接触された可能性が高い』
『強制連行ではなく、短時間で無力化』
恵美がすぐに反応する。
「スタンガン……」
渡辺が頷く。
「首筋の火傷痕とも一致します」
『犯人は監視環境を熟知している可能性』
『都市部での犯行リスクを最小化するため、対象選定および接触地点を限定』
片瀬が低く唸る。
「慣れてるな……」
秋山が静かに言った。
「学習している」
その一言に、全員の意識が集中する。
蛇の目が続ける。
『最重要項目を提示します』
画面が暗転し、再び表示される。
一つの項目だけが、強調されている。
【最初の被害者:未特定】
沈黙。
空気が凍る。
『当該個体は他被害者と異なる特性を持つ可能性が極めて高い』
『行方不明届未提出の可能性:高』
『犯人との関係性:近親、または長期接触者の可能性』
恵美が息を呑む。
「……近しい人物……」
渡辺が小さく言う。
「最初だから、か……」
秋山がゆっくりと頷いた。
「最初の殺人は特別だ」
その声は静かだったが、重みがあった。
「衝動か、実験か、あるいは——」
一瞬の間。
「欲望の原点か」
誰も言葉を発さない。
蛇の目のモニターだけが、静かに光っている。
まるで、すべてを見透かしているかのように。
秋山が最後に言った。
「そこを突く」
低く、断定的に。
「最初の被害者を見つける。それが、この事件の核だ」
恵美は画面を見つめたまま、強く拳を握った。
——必ず見つける。
それだけが、彼女を突き動かしていた。




