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蛇の目/美食家  作者: ふゆはる


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第十六話/二課の焦り

 三体の遺体の身元が判明してから、五日が経過していた。

 科警研第二課のオペレーションルームでは、巨大モニターにいくつもの地図が映し出されている。

 その中央には、蛇の目の解析画面。

 青白いラインが、関東一帯の地図の上にいくつも描かれていた。

 片瀬がキーボードを操作する。

「……出ました。」

 恵美と渡辺がモニターに視線を向ける。

 円がひとつ表示される。

 その中心には、赤い点。

 渡辺が眉を寄せる。

「これが?」

 片瀬が頷く。

「蛇の目の地理的プロファイルです。」

 秋山も腕を組んで画面を見つめていた。

「中心点……つまり犯人の拠点。」

 片瀬が補足する。

「農場、あるいは拠点となる場所の可能性が高いと蛇の目は判断しています。」

 画面にはさらに円が描かれていく。

 それぞれの円の外周には名前が表示されている。

 安曇佳代。

 坂口葵衣。

 八雲梓。

 新井由美。

 被害者の居住地。

 それらが円として描かれ、重なり合っていく。

 恵美が言った。

「犯人の行動圏……」

 片瀬が頷く。

「安全圏の予測です。」

 秋山が静かに続ける。

「犯人が心理的に安心して活動できる範囲。」

 蛇の目の画面には、淡い色の楕円が浮かび上がる。

 そこが犯人の生活圏。

 渡辺が腕を組む。

「拉致場所は?」

 片瀬は画面を切り替える。

 被害者の住所周辺の拡大図が表示される。

「蛇の目の見立てでは――」

 一瞬、画面が点滅する。

「自宅近く。」

 恵美が呟いた。

「やっぱり。」

 渡辺が振り返る。

「根拠は?」

 恵美は答えた。

「首の火傷。」

 モニターに遺体写真が表示される。

 首筋の赤黒い痕。

「スタンガン。」

 片瀬が言う。

「被害者全員の頸部に同様の痕跡がありました。」

 秋山が低く言う。

「路上で一瞬。」

 恵美が頷く。

「近距離でスタンガンを当てるなら、相手が油断している必要がある。」

 渡辺が理解したように言う。

「自宅近くなら警戒しない。」

「そういうこと。」

 恵美は画面を見つめたまま言った。

「生活圏で狩ってる。」

 秋山が短く言う。

「合理的だ。」

 モニターの画面が切り替わる。

 今度は被害者プロファイル。

 身体データ。

 血液分析。

 医療履歴。

 片瀬が説明を始めた。

「死因はすべて糖尿病による合併症。」

 渡辺が苦い顔をする。

「生きながら菌床、か。」

 恵美が低く言う。

「そう。」

 片瀬はさらにデータを表示した。

「ですが、新しい情報があります。」

 秋山が視線を向ける。

「言え。」

 片瀬が指を動かす。

 画面に二つの名前が強調表示される。

 八雲梓。

 身元不明遺体。

「この二名ですが。」

「一型糖尿病ではありません。」

 恵美が顔を上げる。

「……違う?」

「はい。」

 片瀬は頷く。

「二型糖尿病ですらない。」

 渡辺が眉をひそめる。

「じゃあ何だ?」

 片瀬は資料を指差した。

「糖尿病予備軍。」

 室内が一瞬静まる。

 恵美が言った。

「作られたのね。」

 片瀬が静かに頷く。

「血糖代謝異常の誘導痕跡が確認されています。」

 モニターに胃内容物分析が表示される。

 高栄養液。

 大量のブドウ糖。

 そして――

 抗生物質。

「投与量が異常です。」

 渡辺が呆れた声を出す。

「これ……医者でもやらない量だぞ。」

 恵美が腕を組む。

「常在菌を全部殺すためよ。」

 片瀬が言う。

「はい。」

「体内の細菌が壊滅状態。」

「その結果――」

 モニターに菌糸増殖モデルが映る。

「真菌が優位になる。」

 渡辺が吐き捨てる。

「完全に栽培だな。」

 秋山が言った。

「人間農業だ。」

 短い言葉だった。

 だが重い。

 画面が再び切り替わる。

 今度は顔写真。

 四人の被害者の顔が並ぶ。

 恵美が首を傾げる。

「……?」

 片瀬が言った。

「新しく分かったことです。」

「顔立ちに共通点があります。」

 渡辺が画面に近づく。

「ほんとだ。」

 顎のライン。

 目の形。

 頬骨の位置。

 完全に同じではない。

 だが似ている。

 恵美が呟く。

「好み……」

 片瀬が頷く。

「無意識選択の可能性が高いと蛇の目は判断しています。」

 秋山が言う。

「犯人の美的嗜好。」

 恵美が言った。

「つまりターゲットはランダムじゃない。」

 渡辺が頷く。

「好みの女を選んでる。」

 秋山が静かに言う。

「これは重要だ。」

 画面の端に、もう一つの項目が表示される。

 身元不明遺体 No.1

 最も古い遺体。

 死後一年以上。

 蛇の目の分析ログが流れる。

 片瀬が読み上げる。

「蛇の目の提案。」

「最優先で身元確認を行うべき。」

 渡辺が言う。

「そんなに重要か?」

 片瀬が答える前に、秋山が口を開いた。

「重要だ。」

 恵美が秋山を見る。

 秋山はゆっくり言った。

「最初の被害者は、犯人にとって特別な意味を持つ。」

 渡辺が聞き返す。

「統計ですか?」

 秋山が頷く。

「そうだ。」

 モニターに蛇の目の過去データが表示される。

 歴代シリアルキラー。

 秋山が言った。

「最初の殺人は、たいてい雑だ。」

「未熟で、衝動的で、凡庸だ。」

 恵美が小さく笑う。

「蛇の目にいる連中も?」

「そうだ。」

 秋山が頷く。

「奴らは最初から怪物じゃない。」

「最初は普通の犯罪者だ。」

 渡辺が腕を組む。

「だんだんエスカレートする。」

「そう。」

 秋山が画面を指差す。

「例えば和葉。」

 恵美が小さく息を吐く。

 死の天使――秋山和葉。

 彼女の最初の殺人。

 それは殺人というより――

「自殺幇助。」

 恵美が言った。

 秋山が頷く。

「そうだ。」

「本人は善意のつもりだった。」

「だがそこから歪んだ。」

 渡辺が言う。

「つまり今回も?」

 秋山は答えた。

「犯人がミスをしているとすれば。」

 一拍。

「最初の被害者。」

 三人が黙る。

 恵美が低く言う。

「犯人に近い人間……」

 秋山が頷いた。

「可能性は高い。」

 渡辺が言う。

「でも行方不明届がない。」

「それが問題だ。」

 秋山が言った。

「つまり――」

 恵美が先に言う。

「失踪しても誰も気にしない人。」

 片瀬が補足する。

「あるいは。」

「犯人の知人。」

 室内に重い沈黙が落ちた。

 モニターには、最古の遺体の骨格写真が映っている。

 名前のない被害者。

 だが蛇の目は断定していた。

 極めて重要な証拠。

 秋山が静かに言った。

「必ず見つける。」

 恵美が頷く。

「ええ。」

 渡辺も言う。

「この事件の始まりだ。」

 モニターの光が、静かに部屋を照らしていた。

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